『冥府の門番は今日も忙しい!――聞いてないぞ! 死神が仕事放棄とか!――』
木魂おじさんの顔が少し引きつる。

「……俺、逃げていい?」

「駄目」

「軍釟」

「駄目」

「窓路」

「駄目です、木魂様」

「咲良」

「もっと駄目です」

 逃げ道なし。

 その時、また神楽の声が俺の心へ響いた。

『軍釟』

「何」

『母さんにも連絡した方がいいよ』

「何で」

『たぶん、このあともっと面倒になるから』

「何その予言!」

『星を読まなくても分かる』

 それ、昨日から何回目だよ。

 俺は即座に母さんへ通信を飛ばした。

「母さん」

『なぁに?』

「緑子さん来る」

 一瞬の間。

『あら』

 声が楽しそうになった。

 嫌な予感しかしない。

「頼むから普通に来てくれよ」

『分かったわよ〜』

 絶対分かってない。

 俺は親父へも通信を繋いだ。

「親父!」

『何だよ』

「悪い、片方だけまた外してくれ」

『え? また?』

「緑子さん来る!」

『あー』

 親父も察したらしい。

『分かった』

「一個だけだからな!」

『分かってるって』

 次の瞬間、足元へ白銀の魔法陣が広がった。

 昨日と同じく、片足首の制御魔術だけが解除される。

 黒髪が銀へ変わり、背中まで長く伸びると同時に、抑え込まれていた魔力が周囲へ一気に広がった。

「……またこれかよ」

 咲良がすぐに指示を出す。

「全員、会議室周辺の防御を強化。軍釟の結界へ各自重ねて」

 各部門長たちも一斉に動き始める。

 俺は円卓の周囲へ幾重もの防御結界を展開しながら、木魂おじさんを見る。

「おじさん」

「何」

「緑子さん、どれくらい怒ってると思う」

「かなり」

「逃げる?」

「出来るなら」

「無理」

「だよね」

 その瞬間、会議室の巨大な扉が外側から吹き飛びそうな勢いで揺れた。

 ドン――!

 全員がそちらを見る。

 二度目。

 ドンッ!

 黒い魔力が扉の隙間から漏れ込み、部屋中の照明が一斉に暗くなる。

 俺は結界へさらに力を込めた。

「……来たぞ」

 三度目。

 轟音とともに扉が大きく開いた。

 黒と金を纏った、息を呑むほど美しい女が、長い髪を魔力で逆立てながら中央会議室へ踏み込んでくる。

 その顔は、まったく笑っていなかった。

「吊し上げとは何だー! お前ら何をしたー! 私のダーリンに!」

 俺は思わず天井を仰いだ。

 ……ああ。

 やっぱり今日も、普通には終わらないらしい。
< 69 / 89 >

この作品をシェア

pagetop