総長の、夜よりもあぶない溺愛。
その瞬間、紗月は初めて知った。
守られるだけの恋じゃ、蓮の隣には立てないのだと。

重たい空気を切り裂いたのは、乾いた着信音だった。

相沢がスマホを見た瞬間、顔色が変わる。

「総長」

その声だけで、全員の空気が一気に張りつめる。

「昨日の連中じゃない。別口だ」

相沢の目が鋭く細まる。

「しかも、こっちの場所を嗅ぎつけてる」

白石が立ち上がる。

「は? 早すぎんだろ」

神崎は即座に状況を整理した。

「内通者か、監視がいたかですね」

桐生はすでに窓際に立ち、外を見ていた。

「来る」

そのひと言の直後。
外から激しい物音が響いた。

紗月の肩がびくっと揺れる。
けれどその瞬間にはもう、蓮の手が紗月の肩を抱き寄せていた。

「下がれ」

低い声。
紗月は息をのむ。

けれど、ただ震えていたくなかった。

「私も――」

「紗月」

蓮の声が鋭く落ちる。

「今は俺の言うこと聞け」

その強さに、紗月はぐっと言葉を飲みこんだ。
悔しい。でも今は感情で動く時じゃない。

神崎が紗月の前へ立つ。

「黒瀬さん、こちらへ」

相沢は入り口のほうへ回りこみ、白石はすでに拳を握っていた。
桐生は無言のまま、外の気配を読んでいる。

扉の向こうで、複数の足音が止まった。

次の瞬間、勢いよくドアが開く。

「っ!」

なだれ込んできたのは、見知らぬ男たち。
昨日の連中とは違う。空気がもっと荒い。

白石が真っ先に前へ出る。

「邪魔だ、失せろ!」

神崎が短く指示を飛ばす。

「相沢、右。桐生、後ろ!」

一気にぶつかる気配。
室内の空気が張り裂ける。

紗月は息を詰めながら、その様子を見つめた。

強い。
やっぱりみんな強い。
けれど敵も数が多い。

その時だった。

ひとりの男が、混戦の隙をついて紗月のほうへ手を伸ばす。

「紗月!」

蓮の声が響く。

動けない。
そう思った瞬間、目の前に誰かの背中が飛びこんできた。

鈍い音。

「……っ、桐生くん!?」

紗月の前にいたのは、桐生だった。
紗月をかばうように立ったその腕に、鋭く何かがかすめた。

白いシャツに、赤い色がにじむ。

空気が止まる。

「桐生!」

白石が叫ぶ。

神崎の目つきが一瞬で変わった。
相沢の笑みも完全に消える。

そして蓮の空気が、ぞっとするほど冷えた。

「……てめぇ」

低い。
静か。
なのに、今まででいちばん怖い声だった。

紗月は目の前の桐生の腕を見て、呼吸を忘れる。

「ご、ごめ……っ、ごめんなさい、私……!」

声が震える。
胸が苦しい。
自分のせいで、桐生が。

すると桐生は傷を押さえながらも、いつも通り静かな声で言った。

「泣かないで」

「でも……!」

「無事ならいい」

短いひと言。
それだけなのに、涙があふれそうになる。

白石が怒りをにじませながら前へ出る。

「ふざけんな……!」

神崎も冷静な顔のまま、声だけが冷たかった。

「総長、下がらせます。ここは片づけてください」

相沢はすでに紗月の逃げ道を作る位置へ動いている。 「紗月ちゃん、こっち」

でも紗月は動けなかった。

怖い。
悔しい。
苦しい。
そして、もうこれ以上、誰かが自分をかばって傷つくのは嫌だった。

「……やだ」

小さな声が、自分でも驚くほどはっきり落ちる。

蓮が振り返る。

「何だ」

紗月はぎゅっと拳を握った。
足が震えている。でも、逃げたくなかった。

「もうやだよ……!」

目に涙が浮かぶ。
それでも逸らさず、まっすぐ蓮を見る。

「私のせいで、みんなが傷つくの……もう見たくない!」

その声に、部屋が静まり返る。

桐生も、神崎も、白石も、相沢も、みんなが紗月を見た。

紗月は震える喉で、それでも言い切る。

「守られてるだけなんて嫌!」

胸の奥にあった想いが、とうとうあふれた。

「私もちゃんと立つ。怖くても逃げない。蓮くんの隣にいるって決めたから!」

そのひと言は、泣きそうなくらい必死だった。
でも、誰にも負けないくらい本気だった。

蓮はしばらく何も言わなかった。
ただ、その瞳だけが大きく揺れている。

白石が最初に息をのむ。

「……まじかよ」

相沢も目を見開いた。

「ほんとに強いな、この子」

神崎は静かに目を伏せる。

「だから惹かれるんですね」

桐生は痛みをこらえながら、それでも少しだけ口元をゆるめた。

「やっぱり、放っておけない」

紗月の目から、とうとう涙がこぼれる。
でもそれは弱さだけの涙じゃなかった。

蓮はゆっくり紗月のもとへ戻ると、その涙を指でぬぐった。

「……泣きながら言うな」

低い声。
でも、さっきまでの鋭さとは違う。

「余計、守りたくなんだろ」

そのひと言に、胸が詰まる。

「でも、隣にいたいんだろ」

蓮が聞く。

紗月は涙のまま、何度も頷いた。

「うん……!」

蓮は深く息をついて、それから紗月の額にこつんと自分の額を触れさせた。

「分かった」

近い距離で、まっすぐ目を見て言う。

「だったら、守られるだけの女にしねぇ」

紗月の息が止まる。

「俺の隣で立てるように、全部教える」

その宣言に、部屋の空気が変わった。

白石がにやっと笑う。

「それ、もう総長の女確定じゃん」

「黙れ」 蓮は低く返す。

神崎は小さく肩をすくめる。

「ですが、いい判断です」

相沢もようやく笑みを戻した。

「紗月ちゃんがさらに強くなったら、もう全員落ちるね」

桐生は傷を押さえながら、静かに紗月を見る。

「期待してる」

その言葉に、紗月は涙をぬぐって強くうなずいた。

もう、守られるだけじゃない。
この危険な町で、蓮の隣に立つために。
自分の意志で、一歩ずつ前へ進む。

そう決めた紗月の目は、もう昨日までのものとは違っていた。
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