総長の溺愛は、夜よりあぶない。
するとその時、建物の奥から聞き慣れた低い声が落ちてくる。

「……おまえら、うるせぇ」

全員が一瞬で静かになった。

紗月が顔を上げると、薄暗い入口の向こうから蓮が出てきた。
昨日と同じく無表情で、近寄りがたい空気をまとっている。なのに紗月を見た瞬間、その目がほんの少しだけやわらいだ気がした。

「紗月」

自分の名前を呼ばれて、胸が跳ねる。

「こ、これ……上着、返しにきたの」

紗月が差し出すと、蓮は上着ではなく、紗月の顔をじっと見た。

「ちゃんと昼に来たんだな」

「う、うん」

「えらい」

「……へ?」

あまりにも自然に言われて、紗月は固まる。
まわりの仲間たちも同じように固まっていた。

「え、今の聞いた?」

「蓮さんが褒めた」

「幻覚?」

ざわっとした空気の中、蓮は眉ひとつ動かさない。

「おまえら」

低い声で呼ばれただけで、みんなぴんと背筋を伸ばした。

「紗月、怖がってんだろ。囲むな」

その一言に、今度は別の意味で場がざわつく。

紗月は目をぱちぱちさせた。
蓮は自分のすぐ近くまで来ると、当たり前みたいに紗月の頭にぽんと手をのせる。

「来るなら連絡しろ」

「連絡先、知らないよ……?」

そう言った瞬間、仲間たちがまた息をのんだ。

蓮は少し黙ってから、ポケットからスマホを取り出す。

「じゃあ、今入れろ」

「えっ」

「何かあった時すぐ出ろ。夜は特に」

それは連絡先交換というより、ほとんど保護だった。

紗月が戸惑いながらスマホを取り出すと、蓮の仲間たちは少し離れたところでこそこそ騒いでいる。

「本気じゃん」

「やば……」

「特別ってレベルじゃなくね?」

顔が熱くなる。
けれど蓮はそんなこと気にした様子もなく、登録が終わると紗月のスマホを返した。

「これで、勝手に危ない場所来る前に連絡できるだろ」

「……心配しすぎじゃない?」

紗月が小さく言うと、蓮は少しだけ目を細めた。

「おまえが無防備すぎる」

その言い方は相変わらずぶっきらぼうなのに、声はひどく甘かった。

紗月の胸がまた騒ぎ出す。

そんなふたりを見ていた仲間のひとりが、にやっと笑って口を開いた。

「蓮さん、その子、もしかして――」

「余計なこと言うな」

ぴしゃりと遮る蓮。
でも、その耳が少しだけ赤い気がして、紗月は思わず見つめてしまう。

蓮はそれに気づくと、軽く咳払いをした。

「……とりあえず、中入れ」

「え?」

「ここで立たせとくほうが危ねぇ」

そう言って、ごく自然に紗月の手を取る。

まただ。
昨日もこうして引かれた。

でも今日は、怖さより先にうれしさが胸に広がる。

危険な町。
怖い人たち。
なのに、蓮の隣だけは不思議なくらい安心できた。

そして紗月はまだ知らない。
このあと宵闇の仲間たちに、蓮の紗月への過保護っぷりがどんどんバレていくことを。
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