総長の、夜よりもあぶない溺愛。
気づけば外は、夕方から夜へ変わりかけていた。

アジトの窓の向こうで空が少しずつ暗くなっていく。紗月がその色に気づいて立ち上がると、蓮の視線もすぐに向いた。

「……もう帰るのか」

その低い声に、紗月の胸がちくりとした。

「う、うん。あんまり遅くなると心配されるし」

「そうか」

短い返事。
それだけなのに、少しだけ不機嫌そうに見える。

紗月がそっとバッグを持つと、まわりにいた宵闇の仲間たちがにやにやし始めた。

「蓮さん、送るでしょ」

「むしろ送らない選択ある?」

「ひとりで帰すわけないじゃん」

その瞬間、蓮は何も言わずに立ち上がった。

「あ、やっぱり」

「うるせぇ」

ぶっきらぼうに返しながら、蓮は紗月のバッグを自然に持つ。

「えっ、自分で持てるよ」

「いい」

「でも……」

「俺が持つ」

有無を言わせない言い方なのに、強引さより先に優しさが伝わってくる。

紗月の頬がまた少し熱くなった。

アジトの出口まで並んで歩くと、仲間のひとりが後ろから声をかけてくる。

「紗月ちゃん、また来てよ」

紗月が振り返ろうとした瞬間、蓮がすっと肩を抱き寄せた。

「っ」

「気安く呼ぶな」

静かな声なのに、妙に迫力がある。

仲間たちは一瞬しんとなって、それから大笑いした。

「独占欲つよ」

「わっかりやす」

「蓮さん、余裕なさすぎ」

蓮は顔色ひとつ変えないまま、紗月を連れて外へ出る。
でも肩に回された手はそのままで、紗月はどきどきしっぱなしだった。

夜風が少し冷たい。
蓮は歩幅を紗月に合わせながら、人気の少ない道を選んで進んでいく。

「……あの」

「なんだ」

「さっきの、びっくりした」

「何が」

「その、肩……」

そう言うと、蓮は少しだけ紗月を見た。

「嫌だったか」

その聞き方が思ったよりやわらかくて、紗月は慌てて首を振る。

「嫌じゃない、けど……びっくりしただけ」

「ならいい」

ほっとしたように言って、蓮はまた前を向く。

しばらく沈黙が続いたあと、紗月は小さく笑った。

「蓮くんって、意外とやきもちやきなのかも」

その瞬間、蓮の足がぴたりと止まった。

紗月もつられて立ち止まる。

「……意外ってなんだよ」

少し低くなった声。
でも怒っているというより、見透かされたくないみたいな響きだった。

「だって、仲間の人に名前呼ばれただけなのに」

「それが嫌だった」

まっすぐ言われて、紗月の呼吸が止まりそうになる。

蓮は紗月のほうへ向き直ると、逃がさないみたいな目で見つめた。

「おまえ、無防備すぎる」

「え……」

「誰にでもあんなふうに笑うな」

その言葉は、命令みたいに強いのに。
どこか切実で、胸がぎゅっとなる。

「……蓮くんだけにしたら、いいの?」

気づけば、そんな言葉がこぼれていた。

言った瞬間に恥ずかしくなって、紗月は目をそらしそうになる。
けれど蓮の指がそっとあごに触れて、顔を上げさせられた。

「それ、期待していいってことか」

近い。
低い声が甘くて、頭がくらくらする。

「ち、違っ……」

「違わねぇだろ」

蓮は少しかがんで、紗月の顔をのぞきこんだ。

「そんなこと言っといて、今さら逃げんな」

耳まで熱い。
心臓の音がうるさいくらい響いている。

すると蓮は、小さく息をついてから紗月の頭をやさしく撫でた。

「……ほんと、ずるい」

「え?」

「天然で、そういうこと言うから」

困ったように笑う蓮は、いつものクールな顔よりずっと反則だった。

やがて家の前まで着くと、蓮はバッグを返しながら紗月を見つめた。

「着いたらすぐ入れ」

「うん」

「戸締まりちゃんとしろ」

「うん」

「知らない番号から電話きても出るな」

「……うん」

紗月が返事をするたび、蓮は少し安心したように目を細める。

そして最後に、ふっと息を吐いて言った。

「明日も会いに来い」

「え」

「来ないなら、俺が行く」

昨日と同じ言葉。
でも今日は、そこにもっと強い独占欲が混じっていた。

紗月がどきどきしながら見上げると、蓮はそっと前髪に触れる。

「おまえがどこで誰といるか、気になる」

その一言だけで、胸がいっぱいになる。

怖い町。
危険な人。
なのに、こんなにも大切にされてしまったら、もう離れられない。

「……また明日」

紗月が小さく言うと、蓮は少しだけ笑った。

「ああ。明日も、おまえを迎えに来る」

そうして蓮は夜の中へ戻っていく。

けれど紗月には分かっていた。
自分の心はもう、とっくに蓮に連れていかれてしまっていることを。
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