君のとなり〜拓実と〜

第23章 青葉カップ

 五月の連休。

青葉カップ――新体操の大会の日。

会場には、選手たちの緊張感と、応援する人たちの熱気が満ちていた。

色とりどりのレオタードを着た選手たちが、出番を待ちながら準備をしている。

瑠夏も鏡の前で髪を整え、ゆっくりと深呼吸した。

最後に大会へ出たのは、もうずいぶん前だった。

それでも、不思議と怖くはなかった。

瑠夏は出番を待ちながら、静かに息を整えていた。

身体は、ちゃんと覚えている。

音楽が始まれば、きっと身体が動いてくれる。

そう信じて、瑠夏は顔を上げた。

客席に目を向ける。

その中に、拓実の姿を見つけた。

応援に来てくれた。

それだけで、胸の奥に小さな力が湧いてくる。

瑠夏は拓実に気づかれないくらい小さく笑って、演技の開始位置についた。

音楽が流れ始める。

瑠夏は、軽やかに動き出した。

一つ目の技。

綺麗に決まった。

続く難しい技も、迷いなく決めていく。

身体のしなやかな動き。

音楽に合わせたステップ。

そして、手具を操る正確さ。

会場から拍手が起こる。

瑠夏はその音を感じながら、最後まで集中を切らさなかった。

ブランクなんて、感じさせない。

まるで、ずっとこの場所に立っていたかのように。

そして、演技の終盤。

ボールを高く投げる。

瑠夏の身体が、くるりと回転する。

そして――

受ける。

……はずだった。

コトン。

ボールが、手からこぼれ落ちた。

一瞬だけ、瑠夏の表情が固まる。

けれど、すぐに演技へ戻った。

何事もなかったように、最後まで笑顔を崩さない。

そして、演技終了。

会場から大きな拍手が起こる。

瑠夏は深く一礼した。

顔を上げたとき、再び客席を見る。

拓実が、立ち上がって拍手をしていた。

目が合う。

拓実は笑っていた。

その笑顔を見た瞬間、瑠夏の胸が少しだけ熱くなった。

***

結果は、二位だった。

「惜しかったね、瑠夏」

友達が声をかける。

瑠夏は少しだけ苦笑した。

「うん……あそこで落とさなかったらなぁ」

悔しい。

やっぱり、悔しかった。

表彰台に立っても、喜びきれない。

あと少しだった。

最後のボールを、ちゃんと受けていたら。

そう思うと、悔しさが込み上げる。

でも、瑠夏は顔を上げる。

「次も頑張ろう」

そう笑った。

***

応援に来ていた拓実が、瑠夏のもとへ歩いてくる。

「惜しかったな」

「……悔しいです」

瑠夏が少ししょんぼりすると、拓実は優しく笑った。

「じゃあ、次は落とさなきゃいい」

「簡単に言いますね」

瑠夏が頬を膨らませる。

「だって、瑠夏ならできるだろ」

「……」

迷いのない言葉だった。

拓実は、まっすぐ瑠夏を見つめる。

「俺、今日の演技好きだったよ」

瑠夏の目が、少しだけ大きくなる。

「……優勝してないのに?」

「順位なんか関係ない」

そう言って、拓実は笑った。

そして、少ししょんぼりしている瑠夏の頭に、そっと手を乗せる。

ぽん、ぽん。

優しく頭を撫でられて、瑠夏は驚いたように拓実を見上げた。

「また見に行くから」

その言葉に、瑠夏の胸が大きく跳ねた。

顔が熱くなる。

悔しかったはずなのに。

今は、胸の奥がふわっと軽くなっていた。

自分のために頑張ったはずなのに。

拓実が見ていてくれたことが、こんなにも嬉しい。

次はもっと上手くなりたい。

また、この人に見てもらいたい。

――拓実は、本当に私のことを大事にしてくれる。

見た目だけじゃない。

こういうところまで、かっこいい。

瑠夏は照れながら、小さく笑った。

「……ありがとう、拓実」
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