君のとなり〜拓実と〜

第30章 会えない時間も、君を想う

 二学期が始まった。

 夏休みが終わると、毎日が一気に忙しくなった。

 拓実は本格的に受験勉強が始まり、放課後は塾へ行く日が増えた。

 私も文化祭の実行委員と部活。

 お互いに忙しくなって、毎日のように一緒に帰ることはできなくなった。

 それでも朝は、駅で待ち合わせる。

 昼休みには、屋上で一緒にお弁当を食べる。

 短い時間でも、顔を見られるだけで嬉しかった。

 だけど――。

 そんな私たちを見て、周りではいつの間にか、こんな噂が流れ始めていた。

「ねえ、拓実先輩と瑠夏って……別れたんじゃない?」

「えっ?」

「最近、放課後一緒にいるところ見ないよね」

「そういえば……」

「受験で忙しいのかな?」

「でも、前はいつも一緒だったじゃん」

 噂は少しずつ広がっていった。

 もちろん、私たちは別れてなんかいない。

 ただ、会える時間が減っただけ。

 そんな私の周りでは、別の変化も起きていた。

「瑠夏ってさ……」

「ん?」

「前より可愛くなったよね」

「え?」

「なんか、雰囲気変わった」

 別の友達も頷く。

「分かる。付き合い始めた頃より、今のほうが女の子っぽい」

「そうかな……」

「そうだよ。なんか、柔らかくなったっていうか」

 私は照れたように笑った。

 もともと、可愛い子だった。

 けれど、高校生になって少しずつ大人っぽくなったこと。

 そして、拓実と恋をしていたこと。

 好きな人と一緒にいる時間が増えるにつれて、表情も自然と柔らかくなっていった。

 笑うことも増えた。

 誰かを好きになることで、女の子らしさも少しずつ増していった。

 そんな変化に、男子たちも気づいていた。

 廊下ですれ違うと、声をかけられることが増えた。

 友達を通して、連絡先を聞かれることもあった。

 そして――。

「瑠夏ちゃん」

「はい?」

「俺、瑠夏ちゃんのことが好きです」

 突然の告白。

 胸が少しだけ跳ねた。

 でも――。

「ごめんなさい」

 私は相手の目を見た。

「私、好きな人がいるの」

 その言葉を口にすると、不思議なくらい心が落ち着いた。

 私の好きな人。

 それは――拓実。

 その頃、拓実のところにも女子からの告白が増えていた。

「拓実先輩、好きです」

 拓実は少し困ったように笑って、それから静かに首を横に振る。

「ごめん」

 そして――。

「大切にしたい人がいるんだ」

 その言葉に、告白した女子は少し寂しそうに笑って去っていく。

 拓実の頭に浮かぶのは、いつも同じ女の子だった。

 瑠夏。

 その噂が広がっていることも、二人への告白が増えていることも――。

 私たちは、まだ知らなかった。

 そして、昼休み。

 私は屋上へ向かった。

 重い扉を開ける。

「拓実」

「瑠夏」

 フェンスの近くにいた拓実が、私を見つけて笑った。

「来た」

「約束したもん」

「うん」

 拓実の隣に座る。

 二人でお弁当を広げた。

「いただきます」

「いただきます」

 並んでお弁当を食べる。

 教室とは違って、ここには私たちしかいない。

 風が気持ちいい。

「今日の実行委員、何するの?」

「文化祭のタイムスケジュール決めたり、出し物の確認したり」

「大変そう」

「拓実だって受験勉強、大変でしょ?」

「まあね」

 拓実が苦笑する。

「でも、瑠夏に会えるから頑張れる」

「……そういうこと、さらっと言うんだから」

「本当のことだよ」

「……もう」

 頬が熱くなる。

 お弁当を食べ終えると、拓実が空を見上げた。

「あと五分くらいか」

「うん」

 昼休みは短い。

 分かっている。

 だからこそ、少し寂しくなる。

「ねえ、拓実」

「ん?」

「最近……あんまり一緒にいられないね」

「うん」

「前は毎日のように一緒に帰ってたのに」

「俺も寂しいよ」

 拓実が私を見る。

「でも、今は受験があるから」

「うん。分かってる」

 私は笑った。

「拓実、頑張ってるもんね」

「ありがとう」

 拓実が、私の髪をそっと撫でる。

 優しい手。

 それだけで胸が温かくなった。

「……拓実」

「ん?」

「もうちょっとだけ、ここにいたい」

「俺も」

 私は拓実の肩に、そっと頭を預けた。

 拓実の腕が、自然に私の肩を抱く。

「落ち着くね」

「うん」

 しばらく、何も言わなかった。

 ただ隣にいる。

 それだけで幸せだった。

 でも――。

 ふと思い出した。

「ねえ、拓実」

「ん?」

「今日、告白された?」

 拓実が少しだけ目を丸くする。

「聞いたの?」

「うん」

「……された」

「そっか」

 胸の奥が、少しだけざわつく。

「私も」

「え?」

「今日、告白された」

 今度は拓実の表情が変わった。

「……誰に?」

「同じ学年の人」

「そう……」

 拓実の声が、ほんの少し低くなる。

「断った?」

「うん」

「なんて?」

 私は少しだけ笑った。

「好きな人がいるの、って」

 拓実が黙る。

「……そっか」

「拓実は?」

「俺も断ったよ」

「なんて言ったの?」

 拓実が私を見る。

「俺には、大切にしたい人がいるって」

「……」

 胸が、きゅっと締めつけられた。

「それって……私?」

「他に誰がいるの?」

 思わず笑ってしまう。

 拓実も笑った。

 だけど――。

「でも、嫌だった」

「え?」

「瑠夏が告白されたって聞いたの」

 拓実が少しだけ眉を寄せる。

「俺、結構嫉妬するみたい」

「……私も」

「瑠夏も?」

「うん」

 私は拓実の肩に、もう一度頭を預けた。

「拓実が誰かに好きって言われるの、嫌」

「……嬉しい」

「どうして?」

「瑠夏が俺のこと好きだって分かるから」

 私は顔を上げた。

 拓実と目が合う。

 そのまま、少しだけ身体を近づける。

「……瑠夏?」

 私は答えなかった。

 ただ、目を閉じる。

 そして、ほんの少しだけ顔を上げた。

 拓実が息を止める気配がした。

「……それ、ずるい」

 小さな声。

 次の瞬間、拓実の手が私の頬に触れる。

 そして――。

 優しく唇が重なった。

 ほんの一瞬。

 唇が離れる。

 頬が熱い。

 だけど今度は、ちゃんと拓実の顔を見ることができた。

 目が合う。

 拓実は、しばらく何も言わなかった。

「……拓実?」

「……いや」

 拓実が困ったように笑う。

「可愛すぎて、どうしたらいいか分からない」

「……え?」

「そんな顔されたら……我慢できないだろ」

 そう言って、拓実は照れたように目を逸らした。

「……参ったな」

 その表情が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

 そのとき――。

 屋上に予鈴が響いた。

「あ……」

「戻らないと」

「うん」

 拓実が立ち上がり、私に手を差し出す。

「行こう」

「うん」

 その手を取る。

 会える時間は減った。

 放課後に一緒に帰ることも、前より少なくなった。

 それでも――。

 私たちは、ちゃんと恋人だった。

 忙しい毎日の中で、ほんの少しでも二人の時間を作る。

 その時間が、今は何より愛おしかった。
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