君のとなり〜拓実と〜

第33章 去年と同じ場所

 11月。

 文化祭まで、あと一週間。

 廊下には色とりどりの画用紙や模造紙が並び、教室のあちこちから準備に追われる声が聞こえてくる。

「そこ、もう少し右!」

「これ、どこに貼るの?」

「実行委員、こっち手伝ってー!」

 そんな声を聞きながら、私は掲示物を抱えて廊下を歩いていた。

 今年も私は、文化祭実行委員。

 去年と同じように、文化祭の準備に追われる毎日を過ごしている。

 掲示物を貼ろうと、廊下の壁際で椅子を引き寄せる。

 その上に立った瞬間――ふと、去年のことを思い出した。

 ここで、私はバランスを崩した。

 そして――拓実に抱き止められた。

 あのときのことを思い出すと、今でも少しだけ胸がくすぐったくなる。

 あのあと、拓実が私の代わりに掲示物を貼ってくれた。

 そして文化祭の後夜祭で――私に告白してくれた。

 あれから、もうすぐ一年。

 付き合って、もうすぐ一年なんだ……。

 そう思うと、胸の奥がふわっと温かくなった。

「……懐かしいな」

 小さく呟いて、掲示物を持ち上げる。

 そのときだった。

「――瑠夏?」

 聞き慣れた声に、心臓が跳ねた。

 振り返る。

「拓実!」

 廊下の向こうから、拓実が歩いてくる。

「何してるの?」

「掲示物貼ってるの」

 拓実は私を見る。

 それから、椅子に視線を落とした。

「また椅子の上?」

「うん」

「危ないよ」

「大丈夫だよ」

「ほんと?」

「もう。私、そんなに危なっかしくないです」

 私は少し胸を張った。

「これでも新体操部だから、バランスは得意」

 拓実が、ふっと笑う。

「よく言うよ」

 拓実は笑いながら、私の手から掲示物を受け取った。

「ほら。降りて」

「でも、まだ途中……」

「俺が貼る」

 そう言って、拓実が手を差し出した。

「足元、気をつけて」

「……うん」

 私はその手を取る。

 拓実に支えられながら、ゆっくり椅子から降りた。

 床に足がつくと、拓実は私の手をそっと離す。

「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「なら、よかった」

 拓実はそう言って、私が持っていた掲示物を壁に合わせる。

「ここ?」

「うん。そこ」

「じゃあ、押さえてて」

「はい」

 二人で掲示物を貼っていく。

 去年と同じ場所。

 でも、去年とは違う。

 去年は、ここで拓実に抱き止められた。

 今は――その拓実が、私の恋人として隣にいる。

「……去年も、ここだったね」

 私が言うと、拓実が笑った。

「うん」

「なんか不思議」

「何が?」

「一年経ったんだなって」

 拓実が一瞬だけ私を見る。

「……そうだな」

 掲示物を貼り終える。

「できた」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 私は完成した掲示物を見上げた。

「そういえば……」

「ん?」

「もうすぐ一年記念日だね」

 口にすると、なんだか照れくさくなった。

 拓実も少しだけ目を細める。

「もうそんなになるか」

「早いよね」

「うん」

 拓実が笑う。

「いろいろあったな」

「うん」

 私も笑った。

 付き合い始めた日のこと。

 一緒に帰ったこと。

 休日に出かけたこと。

 何気ない時間まで、全部大切な思い出になっている。

「今年の文化祭さ」

 拓実が言った。

「一緒に回ろう」

「え?」

「俺、今年は実行委員じゃないから」

「三年生は実行委員できないもんね」

「そう」

 拓実は笑った。

「だから、今年は瑠夏と一緒に文化祭を楽しみたい」

「……うん!」

 嬉しくて、自然と笑顔になる。

「約束ね?」

「約束」

 拓実が小指を差し出す。

「ふふっ」

 私は笑いながら、その小指に自分の小指を絡めた。

「約束」

「うん」

 指先が繋がる。

 たったそれだけなのに、胸が温かくなる。

「楽しみだね」

「俺も」

 拓実が優しく笑った。

 けれど――。

 その胸の奥には、瑠夏には見せないものがあった。

 高校生活最後の文化祭。

 去年は、そんなことを考えもしなかった。

 来年も、この学校で文化祭を迎える。

 そう思っていた。

 けれど今年は違う。

 高校生活の終わりが、少しずつ近づいている。

 まだ先だと思っていた卒業が、一日ずつ近くなっている。

 だからこそ――。

 この文化祭も。

 瑠夏と過ごす一日一日も。

 大切にしたいと思う。

「じゃあ、俺そろそろ塾行くわ」

「うん」

「準備、頑張って」

「拓実も頑張ってね」

「ありがとう」

 拓実が歩き出す。

 数歩進んだところで、振り返った。

「瑠夏」

「ん?」

「文化祭の日、楽しみにしてる」

「うん! 私も!」

 瑠夏の笑顔を見て、拓実も笑った。

 そして、廊下の向こうへ歩いていく。

 私はその背中を見送った。

 去年と同じ場所。

 同じ季節。

 同じ文化祭。

 でも、私たちはもう恋人同士だ。

「……楽しみだな」

 小さく呟く。

 その頃、廊下を歩く拓実は、ふと足を止めた。

 振り返ると、まだ瑠夏が見える。

 拓実は静かに笑った。

 そして、心の中でそっと呟く。

 ――高校最後の文化祭。

 もう、そんな時期なんだ。

 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 卒業が近づいていた。
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