君のとなり〜拓実と〜

第34章 恋人として迎える文化祭

 文化祭当日。

 朝から校内は、いつもとはまるで違う空気に包まれていた。

 廊下にはたくさんの人が行き交い、あちこちから笑い声が聞こえる。

 私は午前中、文化祭実行委員の仕事に追われていた。

 案内をしたり、備品を運んだり、急に足りなくなったものを探しに走ったり。

 その合間には、部活の模擬店の当番もある。

「瑠夏、こっちお願い!」

「はーい!」

 気づけば、お昼を過ぎていた。

 忙しかったけれど、不思議と疲れは感じなかった。

 みんなで一つのものを作って、笑って、走り回る。

 やっぱり、こういう時間が好き。

 去年と同じように忙しい文化祭。

 でも――今年は、去年とは違う。

 だって今日は、拓実と一緒に文化祭を回る約束をしている。

 そう思っただけで、胸の奥がふわっと熱くなった。

 午後になり、ようやく自由になった私は、廊下を急いで歩いていた。

 会いたい。

 朝からずっと、そう思っていた。

 人の波の向こうに、見慣れた姿を見つける。

「――拓実!」

 声をかけると、拓実が振り返った。

「瑠夏」

 その瞬間、拓実の顔に笑みが浮かぶ。

 人の間を縫うように、こちらへ歩いてくる。

「やっと会えた」

「うん。お待たせ」

「待ってた」

 その一言だけで、胸がきゅっとなる。

 拓実も、私に会いたいと思ってくれていた。

 そう思うだけで嬉しい。

「拓実、お団子食べる?」

 私は、部活の模擬店で買ったみたらし団子を見せた。

「食べる」

「どれがいい?」

 拓実は団子を見て、それから私を見る。

「それ」

「これ?」

「うん」

 私は一本取り出して、拓実に差し出した。

「はい」

 拓実は少し笑って、それを受け取る。

「ありがとう」

 ぱくっと一口。

「……美味しい」

「ほんと?」

「うん」

 拓実が笑う。

 その笑顔を見ているだけで、私まで嬉しくなる。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 歩き出そうとしたとき、拓実が私の手に持っていた荷物に気づいた。

「それ、持つよ」

「え?」

「貸して」

「大丈夫だよ。これくらい」

「いいから」

 拓実は自然に私の荷物を受け取った。

「でも……」

「今日は俺が持つ」

 さらっと言われて、胸が跳ねる。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 拓実は何でもないことのように笑った。

 そして、人の多い廊下を歩き出す。

「こっち」

 拓実が少し前を歩く。

 人とぶつかりそうになった瞬間、私の肩にそっと手を添えた。

「気をつけて」

「うん」

 そのまま自然に、人の少ないほうへ私を誘導してくれる。

 その動きがあまりにも自然で、私は思わず拓実を見上げた。

「……どうした?」

「ううん」

 なんでもない。

 ただ――こういうところ。

 拓実は、いつも私が気づくより先に、さりげなくエスコートしてくれる。

 少し先に階段が見えてくる。

 拓実は先に一段下りて、私のほうへ手を差し出した。

「ほら」

「……?」

「階段」

「あ……」

 私はその手に自分の手を重ねる。

「ありがとう」

「うん」

 手を引かれるまま、一段ずつ下りる。

 階段を下り終えると、拓実はそのまま私の手を離さなかった。

 指を絡める。

 ぎゅっと握られた手が温かい。

「……拓実?」

「ん?」

「手……」

「繋ぎたい?」

 私は少しだけ恥ずかしくなって頷いた。

「……うん」

 拓実が嬉しそうに笑った。

「じゃあ、このまま」

「……うん」

 人でいっぱいの校内を、拓実と並んで歩く。

 すれ違う生徒たちが、ちらちらとこちらを見る。

「あれ、拓実先輩じゃない?」

「え、瑠夏と一緒?」

「手、繋いでる……」

 そんな声が聞こえてきて、私は少し恥ずかしくなる。

 けれど拓実は気にする様子もない。

 むしろ、繋いだ手にほんの少し力を込めた。

「どこから行く?」

「えっと……」

 私が考えていると、拓実が笑った。

「今日は瑠夏の行きたいところ、全部付き合う」

「全部?」

「うん」

「いいの?」

「もちろん」

 拓実は、当たり前のように答えた。

「じゃあ、いっぱい行きたい!」

「いいよ」

「疲れない?」

「大丈夫」

「ほんと?」

「瑠夏と一緒なら」

「……もう」

 また胸がきゅっとなる。

 拓実は、こういうことをさらっと言う。

「じゃあ、最初はあっち!」

 私が指差すと、

「了解」

 拓実は笑って、私の手を引いた。

 去年の文化祭は、友達と一緒に過ごした。

 拓実とは、まだ恋人じゃなかった。

 そして――文化祭の後夜祭。

 あの日、拓実から想いを伝えられた。

 それから、もうすぐ一年。

 今年は違う。

 私は今、拓実の隣にいる。

 恋人として。

 繋いだ手の温もりを感じながら、私は笑った。

「ねえ、拓実」

「ん?」

「今年の文化祭、すごく楽しいね」

 拓実が私を見る。

「うん」

 その笑顔は、いつもと変わらない。

 でも、その胸の奥には――静かに刻まれているものがあった。

 高校生活最後の文化祭。

 去年は、こんなふうに思わなかった。

 来年も、この学校で文化祭を迎える。

 そんな未来が、当たり前にあると思っていた。

 けれど今年は違う。

 少しずつ、高校生活の終わりが近づいている。

 だからこそ――。

 今日という一日を、瑠夏と一緒に楽しみたい。

 この笑顔を。

 この温もりを。

 今はまだ、何も知らない瑠夏の隣で。

 拓実は、繋いだ手を優しく握り直した。
< 34 / 58 >

この作品をシェア

pagetop