君のとなり〜拓実と〜

第42章 合格

 卒業式から、何日か経った。

 私は今日も、体育館で新体操の練習をしていた。

 卒業した拓実は、もうこの学校にはいない。

 それでも、私の日常は変わらない。

 練習をして。

 友達と笑って。

 いつものように帰る。

 ただ――。

 ふとした瞬間に、スマートフォンを見てしまう。

 拓実から連絡が来ていないかな。

 そんなことを考えてしまう自分に、少しだけ笑った。

 今日は、拓実の大学の合格発表の日。

 結果は、まだ知らない。

 聞きたい。

 でも、自分から聞くのも少し怖くて。

 私は練習に集中しようと、もう一度ボールを手に取った。

 * * *

 練習が終わり、帰宅する。

 制服から着替えて、部屋で一息ついたときだった。

 スマートフォンが鳴った。

 画面に表示された名前を見た瞬間、胸が跳ねる。

「……拓実」

 急いで電話に出る。

「もしもし?」

『瑠夏?』

「うん」

 聞き慣れた声。

 それだけで、自然と笑顔になる。

『今、大丈夫?』

「うん。大丈夫だよ」

 少しだけ、拓実の声がいつもと違う。

 どこか緊張しているような。

 私は黙って次の言葉を待った。

『……合格した』

「……え?」

 一瞬、意味が分からなかった。

『大学』

「……本当?」

『うん』

「本当に……?」

『本当だよ』

 その瞬間。

「……よかった」

 胸の奥から、喜びが込み上げてきた。

「拓実、おめでとう!」

『ありがとう』

「すごい……本当に、よかったね」

『うん』

 電話の向こうから、拓実の笑い声が聞こえる。

 その声を聞いているだけで、私まで嬉しくなった。

「ずっと頑張ってたもんね」

『瑠夏が応援してくれたから』

「私は応援しただけだよ」

『それが嬉しかった』

「……そっか」

 胸が温かくなる。

 拓実の努力が、ちゃんと結果になった。

 それが嬉しかった。

 でも――。

 少しだけ胸が痛む。

 関東。

 拓実がこれから暮らす場所。

 もうすぐ、本当に離れる。

 その現実は、消えたわけじゃない。

 それでも。

 私は笑った。

「本当におめでとう、拓実」

『ありがとう、瑠夏』

 少しの沈黙。

 そして、拓実が言った。

『これから、結構忙しくなるんだ』

「うん?」

『部屋も探さないといけないし、引っ越しの準備もしないといけないから』

「あ……そっか」

 大学に合格したら、それで終わりじゃない。

 新しい生活を始めるために、これからやることがたくさんある。

『だから、しばらく連絡できる時間も減るかもしれない』

「うん。大丈夫だよ」

『ごめ――』

「大丈夫」

 私は笑った。

「拓実の新しい生活の準備だもん」

『……瑠夏』

「ちゃんと応援してるから」

 少しだけ、声が震えそうになる。

 でも、笑っていた。

「頑張ってね」

『うん』

 電話の向こうで、拓実が小さく息を吐いた。

『ありがとう』

「ううん」

『落ち着いたら、また連絡する』

「うん」

 そこで、私は少し迷ってから聞いた。

「……出発の日は?」

『もちろん会おう』

「……うん」

 その言葉だけで、胸が少し温かくなった。

 それまでに、もう一度くらい会えるかもしれない。

 そう思った。

 でも――。

 合格した拓実には、これから忙しい毎日が待っている。

 部屋を探して。

 荷物をまとめて。

 新しい生活の準備をして。

 そうやって、少しずつ旅立つ日が近づいていく。

 電話を切ったあと。

 私はスマートフォンを胸に抱いた。

「……おめでとう、拓実」

 嬉しい。

 本当に嬉しい。

 拓実が頑張ってきたことが、ちゃんと実った。

 その未来を、私は応援したい。

 離れてしまうことは、やっぱり寂しい。

 それでも――。

 今は、拓実の夢を笑顔で送り出せる自分でいたい。

 窓の外には、春の気配が少しずつ近づいていた。

 そして私たちの間にも――。

 旅立ちの日が、少しずつ近づいていた。
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