君のとなり〜拓実と〜
第50章 インターハイ
会場へ着いたのは、まだ朝だった。
それなのに、もう暑い。
照りつける太陽と、遠くから聞こえてくる蝉の声。
全国から集まった選手たちが、会場へ吸い込まれるように入っていく。
インターハイ。
ここまで来るために、何度も練習してきた。
そう思うと、胸の奥が少しだけ震えた。
会場の前まで来ると、見慣れた姿が目に入った。
「あっ……!」
コーチだ。
「コーチ!」
駆け寄る。
「来てくれたんですね!」
「当たり前じゃない! あなたの勇姿、ちゃんと見に来たわよ」
「ありがとうございます!」
嬉しくて、自然と笑顔になる。
すると、コーチの顔が少し引き締まった。
「最後で雑にならないこと。疲れてくると身体が縮むから、最後までしっかり伸ばして」
「はい!」
「今日が最後よ。胸を張って、楽しんできなさい」
「はい!」
力強く返事をした。
会場の中へ入ると、顧問の先生がいた。
「瑠夏は32番目だから、まだだいぶ時間があるわね」
「はい!」
「焦らなくていいからね。招集がかかったら声をかけるから」
「お願いします」
瑠夏は椅子に腰掛けた。
しばらく、何もせずにフロアを見つめる。
全国から集まった選手たちが、次々と演技をしている。
ここで、私も演技をする。
そう思うと、また少しだけ緊張した。
ふーっ。
ゆっくり息を吐く。
そして、小さく呟いた。
「よし」
気持ちを切り替える。
右足首にテーピングを巻き、演技の準備を始めた。
しばらくすると、見慣れた顔が次々と見えてきた。
「瑠夏先輩ー!」
「みんな!」
部員たちが笑顔で駆け寄ってくる。
「来てくれたの?」
「来ますよー! 全国大会ですよ?」
「応援するって言ったじゃないですか!」
「でも、遠いのに……」
「そんなの関係ないです!」
「瑠夏先輩の演技、絶対見たいもん!」
「ねー!」
みんなが口々に言うから、思わず笑ってしまう。
「ありがとう!」
「瑠夏先輩、緊張してます?」
「ちょっとだけ!」
「えー、瑠夏先輩でも緊張するんだ!」
「するよ!」
「じゃあ、私たちがいっぱい応援します!」
「うん、お願い!」
「任せてください!」
みんなで笑い合う。
いつもの部活みたいで、なんだかホッとした。
そのとき――。
「あ!」
一人の後輩が、私の後ろを見て声を上げた。
「拓実先輩だ!」
「えっ、どこどこ?」
「ほら、あそこ!」
「ほんとだ!」
「相変わらずカッコいい……」
「瑠夏先輩、彼氏さん来てくれたんですね!」
「えっ……」
急にみんなの視線が私に集まる。
「ちょっと、みんな!」
「だって気になるじゃないですかー!」
「もう!」
恥ずかしくなって笑っていると、拓実がこちらへ歩いてきた。
「おはよう」
「おはよう、拓実」
目が合う。
拓実が小さく笑う。
私も笑い返した。
「大丈夫?」
「うん!」
その一言だけで、不思議と緊張が軽くなる。
「瑠夏先輩、頑張ってくださいね!」
「うん! 頑張る!」
みんなの笑顔を見ていると、自然と元気が出てきた。
その少し後――。
「瑠夏!」
聞き慣れた声がする。
振り向くと、お父さんとお母さんが立っていた。
「お父さん、お母さん!」
「頑張ってね」
「うん!」
まさか、両親まで来てくれるなんて。
嬉しくて、自然と笑顔になる。
今日、頑張ろう。
みんなが来てくれたんだから。
最高の演技を見せたい。
やがて、私の出番が近づいてきた。
招集がかかる。
「瑠夏、行ってらっしゃい」
顧問の先生が声をかけてくれる。
「はい!」
立ち上がる。
心臓が、少し速くなる。
だけど、不思議と怖くない。
観客席を見る。
部員のみんな。
お父さんとお母さん。
そして、拓実。
みんながいる。
それだけで、大丈夫だと思えた。
名前が呼ばれる。
私は、ゆっくりとフロアへ向かった。
中央に立つ。
深く息を吸う。
会場が静まり返る。
その瞬間――。
「瑠夏先輩! ファイトー!」
後ろから、聞き慣れた声が飛んできた。
「頑張ってー!」
私は振り返らない。
だけど、自然と笑顔になった。
そして――。
音楽が流れ始める。
身体を動かす。
一つ一つの動きを、丁寧に。
音楽を感じながら、身体を伸ばしていく。
手具を受け取る。
投げる。
追う。
身体の軸をぶらさない。
練習してきた動きを、一つずつつないでいく。
音楽が進むにつれて、身体も大きく動いていく。
そして――。
アチチュード。
片脚で身体を支え、もう一方の脚を後方へ大きく引き上げる。
その形に入った瞬間、背後から落ちてきたボールを、腰と引き上げた脚で挟み込む。
――キャッチ。
決まった。
次の動きへ。
身体を伸ばす。
回る。
跳ぶ。
最後まで、絶対に気を抜かない。
音楽が終わる。
最後のポーズ。
静止。
一瞬の沈黙のあと――。
会場いっぱいに拍手が広がった。
私はゆっくりと顔を上げる。
大きな拍手。
その中に、みんなの声も混じっている。
観客席を見ると、部員たちが笑顔で拍手している。
お父さんも、お母さんも。
そして、拓実も。
まっすぐ私を見ながら、嬉しそうに拍手していた。
胸がいっぱいになる。
終わった。
ちゃんと、最後までできた。
私は小さく息を吐いた。
そして――。
ひときわ大きな歓声と拍手が、観客席から響いた。
「瑠夏先輩ー!」
「最高ー!」
私は思わず笑顔になった。
その頃――。
拓実の隣に、一人の男が腰を下ろした。
「お久しぶりです、先輩」
「翔! 来てたのか」
「はい」
拓実が翔を見る。
翔は、まだフロアのほうを見ていた。
「瑠夏、すごかったですね」
「ああ」
拓実が少し笑う。
「本物の妖精みたいだろ?」
「はい。可愛かったです」
「だな」
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
やがて翔が口を開いた。
「先輩、去年俺、先輩に瑠夏が好きだって言いましたよね」
「ああ。覚えてる」
「俺、体育祭の後、瑠夏に告白したんです」
拓実の目が、ほんの少し揺れた。
「まぁ、振られましたけど」
翔は苦笑する。
「中学の時は好きだったって。でもそれは、中学の時に終わった初恋だったって言われました」
拓実は、黙って翔を見る。
あの日。
瑠夏が泣いていた理由が、今になって分かった。
「俺、中学の頃から瑠夏が頑張ってきたの、ずっと見てきたんです」
「……うん」
「だから、最後まで見届けたかった」
拓実は、静かに頷いた。
「じゃあ、俺、帰ります」
「瑠夏に会っていかなくていいのか?」
翔は、一度だけフロアのほうへ視線を向けた。
少し離れた場所に、瑠夏の姿が見える。
けれど――。
「いいんです。会わずに帰ります」
「……そうか」
「はい」
翔が立ち上がる。
「ありがとうございました、先輩」
「ああ」
それだけ言って、翔は歩き出した。
振り返らなかった。
そして――。
すべての演技が終わり、結果発表の時間になった。
フープとボールの合計点で、順位が決まる。
発表された結果を、私は息を止めて見つめた。
一つずつ名前を追っていく。
そして――。
自分の名前を見つけた。
8位。
「……8位」
思わず、声が漏れた。
全国で、8位。
嬉しい。
もちろん、もっと上を目指したかった気持ちもある。
だけど――。
ここまで来られた。
最後まで、自分の演技をやり切った。
それが、今は嬉しかった。
振り返る。
そこには、拓実がいる。
目が合う。
「おめでとう」
その笑顔を見た瞬間、私も笑った。
夏の蝉の声が、会場の外から聞こえていた。
今年の夏を、私はきっと忘れない。
それなのに、もう暑い。
照りつける太陽と、遠くから聞こえてくる蝉の声。
全国から集まった選手たちが、会場へ吸い込まれるように入っていく。
インターハイ。
ここまで来るために、何度も練習してきた。
そう思うと、胸の奥が少しだけ震えた。
会場の前まで来ると、見慣れた姿が目に入った。
「あっ……!」
コーチだ。
「コーチ!」
駆け寄る。
「来てくれたんですね!」
「当たり前じゃない! あなたの勇姿、ちゃんと見に来たわよ」
「ありがとうございます!」
嬉しくて、自然と笑顔になる。
すると、コーチの顔が少し引き締まった。
「最後で雑にならないこと。疲れてくると身体が縮むから、最後までしっかり伸ばして」
「はい!」
「今日が最後よ。胸を張って、楽しんできなさい」
「はい!」
力強く返事をした。
会場の中へ入ると、顧問の先生がいた。
「瑠夏は32番目だから、まだだいぶ時間があるわね」
「はい!」
「焦らなくていいからね。招集がかかったら声をかけるから」
「お願いします」
瑠夏は椅子に腰掛けた。
しばらく、何もせずにフロアを見つめる。
全国から集まった選手たちが、次々と演技をしている。
ここで、私も演技をする。
そう思うと、また少しだけ緊張した。
ふーっ。
ゆっくり息を吐く。
そして、小さく呟いた。
「よし」
気持ちを切り替える。
右足首にテーピングを巻き、演技の準備を始めた。
しばらくすると、見慣れた顔が次々と見えてきた。
「瑠夏先輩ー!」
「みんな!」
部員たちが笑顔で駆け寄ってくる。
「来てくれたの?」
「来ますよー! 全国大会ですよ?」
「応援するって言ったじゃないですか!」
「でも、遠いのに……」
「そんなの関係ないです!」
「瑠夏先輩の演技、絶対見たいもん!」
「ねー!」
みんなが口々に言うから、思わず笑ってしまう。
「ありがとう!」
「瑠夏先輩、緊張してます?」
「ちょっとだけ!」
「えー、瑠夏先輩でも緊張するんだ!」
「するよ!」
「じゃあ、私たちがいっぱい応援します!」
「うん、お願い!」
「任せてください!」
みんなで笑い合う。
いつもの部活みたいで、なんだかホッとした。
そのとき――。
「あ!」
一人の後輩が、私の後ろを見て声を上げた。
「拓実先輩だ!」
「えっ、どこどこ?」
「ほら、あそこ!」
「ほんとだ!」
「相変わらずカッコいい……」
「瑠夏先輩、彼氏さん来てくれたんですね!」
「えっ……」
急にみんなの視線が私に集まる。
「ちょっと、みんな!」
「だって気になるじゃないですかー!」
「もう!」
恥ずかしくなって笑っていると、拓実がこちらへ歩いてきた。
「おはよう」
「おはよう、拓実」
目が合う。
拓実が小さく笑う。
私も笑い返した。
「大丈夫?」
「うん!」
その一言だけで、不思議と緊張が軽くなる。
「瑠夏先輩、頑張ってくださいね!」
「うん! 頑張る!」
みんなの笑顔を見ていると、自然と元気が出てきた。
その少し後――。
「瑠夏!」
聞き慣れた声がする。
振り向くと、お父さんとお母さんが立っていた。
「お父さん、お母さん!」
「頑張ってね」
「うん!」
まさか、両親まで来てくれるなんて。
嬉しくて、自然と笑顔になる。
今日、頑張ろう。
みんなが来てくれたんだから。
最高の演技を見せたい。
やがて、私の出番が近づいてきた。
招集がかかる。
「瑠夏、行ってらっしゃい」
顧問の先生が声をかけてくれる。
「はい!」
立ち上がる。
心臓が、少し速くなる。
だけど、不思議と怖くない。
観客席を見る。
部員のみんな。
お父さんとお母さん。
そして、拓実。
みんながいる。
それだけで、大丈夫だと思えた。
名前が呼ばれる。
私は、ゆっくりとフロアへ向かった。
中央に立つ。
深く息を吸う。
会場が静まり返る。
その瞬間――。
「瑠夏先輩! ファイトー!」
後ろから、聞き慣れた声が飛んできた。
「頑張ってー!」
私は振り返らない。
だけど、自然と笑顔になった。
そして――。
音楽が流れ始める。
身体を動かす。
一つ一つの動きを、丁寧に。
音楽を感じながら、身体を伸ばしていく。
手具を受け取る。
投げる。
追う。
身体の軸をぶらさない。
練習してきた動きを、一つずつつないでいく。
音楽が進むにつれて、身体も大きく動いていく。
そして――。
アチチュード。
片脚で身体を支え、もう一方の脚を後方へ大きく引き上げる。
その形に入った瞬間、背後から落ちてきたボールを、腰と引き上げた脚で挟み込む。
――キャッチ。
決まった。
次の動きへ。
身体を伸ばす。
回る。
跳ぶ。
最後まで、絶対に気を抜かない。
音楽が終わる。
最後のポーズ。
静止。
一瞬の沈黙のあと――。
会場いっぱいに拍手が広がった。
私はゆっくりと顔を上げる。
大きな拍手。
その中に、みんなの声も混じっている。
観客席を見ると、部員たちが笑顔で拍手している。
お父さんも、お母さんも。
そして、拓実も。
まっすぐ私を見ながら、嬉しそうに拍手していた。
胸がいっぱいになる。
終わった。
ちゃんと、最後までできた。
私は小さく息を吐いた。
そして――。
ひときわ大きな歓声と拍手が、観客席から響いた。
「瑠夏先輩ー!」
「最高ー!」
私は思わず笑顔になった。
その頃――。
拓実の隣に、一人の男が腰を下ろした。
「お久しぶりです、先輩」
「翔! 来てたのか」
「はい」
拓実が翔を見る。
翔は、まだフロアのほうを見ていた。
「瑠夏、すごかったですね」
「ああ」
拓実が少し笑う。
「本物の妖精みたいだろ?」
「はい。可愛かったです」
「だな」
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
やがて翔が口を開いた。
「先輩、去年俺、先輩に瑠夏が好きだって言いましたよね」
「ああ。覚えてる」
「俺、体育祭の後、瑠夏に告白したんです」
拓実の目が、ほんの少し揺れた。
「まぁ、振られましたけど」
翔は苦笑する。
「中学の時は好きだったって。でもそれは、中学の時に終わった初恋だったって言われました」
拓実は、黙って翔を見る。
あの日。
瑠夏が泣いていた理由が、今になって分かった。
「俺、中学の頃から瑠夏が頑張ってきたの、ずっと見てきたんです」
「……うん」
「だから、最後まで見届けたかった」
拓実は、静かに頷いた。
「じゃあ、俺、帰ります」
「瑠夏に会っていかなくていいのか?」
翔は、一度だけフロアのほうへ視線を向けた。
少し離れた場所に、瑠夏の姿が見える。
けれど――。
「いいんです。会わずに帰ります」
「……そうか」
「はい」
翔が立ち上がる。
「ありがとうございました、先輩」
「ああ」
それだけ言って、翔は歩き出した。
振り返らなかった。
そして――。
すべての演技が終わり、結果発表の時間になった。
フープとボールの合計点で、順位が決まる。
発表された結果を、私は息を止めて見つめた。
一つずつ名前を追っていく。
そして――。
自分の名前を見つけた。
8位。
「……8位」
思わず、声が漏れた。
全国で、8位。
嬉しい。
もちろん、もっと上を目指したかった気持ちもある。
だけど――。
ここまで来られた。
最後まで、自分の演技をやり切った。
それが、今は嬉しかった。
振り返る。
そこには、拓実がいる。
目が合う。
「おめでとう」
その笑顔を見た瞬間、私も笑った。
夏の蝉の声が、会場の外から聞こえていた。
今年の夏を、私はきっと忘れない。