君のとなり〜拓実と〜

第53章 最後のハチマキ

 十月。

 朝から、雲ひとつない青空が広がっていた。

 校庭には色とりどりの旗が並び、生徒たちの声が響いている。

「瑠夏、早く! 次、始まるよ!」

「待ってー!」

 友達に呼ばれて、私は笑いながら駆け出した。

「もう、早く行こう!」

「うん!」

 みんなで笑う。

 綱引きに、玉入れ。

 クラスのみんなと声を合わせて応援して、競技が終われば笑い合う。

 勝って喜んで、負けて悔しがって。

 そんな時間が、今日はいつも以上に楽しかった。

 高校最後の体育祭。

 そう思うと、少しだけ寂しい。

 でも――

 今日は、そんなことを考えたくなかった。

 最後だからこそ。

 思いきり楽しみたかった。

「瑠夏ー! 次、応援行こう!」

「うん!」

 友達と一緒に走り出す。

 校庭には、まだまだ大きな歓声が響いていた。

 そして――

 最後の種目。

 クラス対抗四百メートルリレー。

 私はスタート地点へ目を向けた。

 アンカーのところに、翔がいる。

「翔くーん!」

 思いきり手を振る。

「頑張ってー!」

 翔がこちらを見る。

 一瞬だけ目が合って、翔が笑った。

 ピストルの音が鳴り響く。

 一人目が走り出す。

 バトンが渡る。

 また渡る。

 順位が何度も入れ替わる。

「頑張れー!」

「いけー!」

 そして、最後のバトンが翔へ渡った。

「翔くん!」

 私は夢中で叫んだ。

 翔が走り出す。

 前を走る選手との距離を、一気に縮めていく。

「頑張ってー!」

 最後の直線。

 翔が一人を抜いた。

 そのまま――

 ゴール。

「やったー!」

 翔のクラスが一位になった。

 歓声が一気に大きくなる。

 翔は仲間たちに囲まれ、肩を叩かれながら笑っていた。

 私も思わず笑顔になる。

 去年は、翔と拓実がアンカーで競った。

 あのときは、二人の走りから目が離せなかった。

 今年は、翔ひとり。

 私はただ、翔の頑張りを嬉しく思いながら、拍手を送った。

 閉会式が終わる。

 校庭から少しずつ人が減っていく。

「瑠夏、帰ろう!」

「うん!」

 友達と一緒に荷物をまとめる。

 昇降口を出たところで、友達が手を振った。

「じゃあ、また来週ね!」

「うん。また来週!」

 私も手を振り返す。

 友達と別れ、ひとりで歩き出した。

 すると――

「あの……」

 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、同じ学年の男の子が立っていた。

「あの……ハチマキ、交換しない?」

 差し出されたハチマキを見る。

 私は少しだけ驚いて、それから首を横に振った。

「ごめんね」

 そして、笑って伝える。

「大切な人がいるの」

「……そっか」

 男の子は少しだけ目を伏せた。

「……やっぱり、いるんだ」

「うん」

「そっか。……ごめん、困らせたよね」

「そんなことないよ」

「ありがとう」

 そう言って、少し寂しそうに笑った。

「じゃあね」

「うん。じゃあね」

 男の子と別れる。

 私は再び歩き出した。

 そのとき。

 少し離れたところに、翔の姿が見えた。

 翔の前に、ひとりの女の子が立っている。

 手には、ハチマキ。

 何かを話している。

 そして――

 女の子が、そのハチマキを翔へ差し出した。

 私は、足を止めた。

 一瞬だけ、二人を見る。

 翔がどうするのか。

 受け取るのか。

 断るのか。

 私は知らない。

 知らなくていい。

 私は静かに前を向いた。

 そして、そのまま歩き出す。

 ――翔。

 幸せになってね。

 もう、振り返らなかった。

 校門を出る。

 秋の風が、ふわりと頬を撫でた。

 高校最後の体育祭。

 今日は、いっぱい笑った。

 友達と騒いで。

 声が枯れるくらい応援して。

 最後まで、思いきり楽しんだ。

 きっと、忘れない。

 私の高校生活に残る、大切な一日。

 私は青空を見上げて、そっと笑った。
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