君のとなり〜拓実と〜
第54章 君は、俺の彼女
十一月。
今日は、高校最後の文化祭。
朝から校内は、いつも以上に賑やかだった。
廊下には色とりどりの装飾が飾られ、教室からは楽しそうな声が聞こえてくる。
「瑠夏、どこから行く?」
「うーん……あっち!」
「あっちって、また食べ物?」
「だって文化祭だもん」
「それ、昨日も言ってたよね」
「いいの!」
友達と笑いながら、校内を歩く。
今日は実行委員でもない。
部活の出し物もない。
だから、朝から一日中、文化祭を楽しめる。
展示を見たり、模擬店を回ったり。
友達と写真を撮ったり。
笑って、騒いで。
高校最後の文化祭を、思いきり楽しんでいた。
そんなときだった。
スマホが震えた。
画面を見る。
拓実。
胸が、一瞬で高鳴った。
「もしもし?」
『瑠夏、今どこにいる?』
「え? 学校だけど?」
『そっか』
「……どうしたの?」
『いや……ちゃんといるなって思って』
「え?」
意味が分からず、私は首を傾げる。
『じゃあ――』
『そのまま、後ろ見て』
「……え?」
『ゆっくりでいいから』
言われた通り、私はゆっくり振り返った。
そして――
そこに、拓実がいた。
満面の笑顔で、私を見ている。
「……拓実?」
拓実は何も言わず、両腕を広げた。
おいで。
そう言われている気がした。
「……っ」
気づけば、私は走り出していた。
拓実の胸に飛び込む。
「拓実……!」
ぎゅっと抱きつく。
拓実の腕が、すぐに私の背中へ回った。
「……会いたかった」
耳元で囁かれた声に、胸がいっぱいになる。
「私も……」
拓実の胸に顔を埋める。
ずっと会いたかった。
そう思っていたことを、今さら隠せなかった。
「びっくりした?」
「びっくりしたよ……」
「ふふ」
拓実が笑う。
その声が近くて、また胸が高鳴った。
「文化祭、楽しんでる?」
「うん!」
「じゃあ、俺も混ぜて」
「……うん!」
私は笑った。
拓実と一緒に文化祭を回る。
模擬店を覗いたり、展示を見たり。
友達と写真を撮ったり。
拓実が隣にいるだけで、いつもの学校が少し違って見えた。
「これ、瑠夏好きそう」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ食べたい!」
「買ってくる」
「私も行く!」
「……ふふ」
拓実が笑う。
「そんなに離れたくない?」
「……だって」
久しぶりに会えたのに。
せっかく会えたのに、離れているなんてもったいない。
「……一緒にいたいもん」
「そっか」
拓実が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、一緒に行こ」
並んで模擬店へ向かう。
そんな何気ない時間さえ、嬉しかった。
しばらくして、私たちは買ったものを手に、友達のところへ戻った。
「美味しい?」
「うん!」
「よかった」
拓実が笑う。
その笑顔が好き。
隣にいるだけで、こんなに嬉しい。
そう思っていたときだった。
「拓実じゃん!」
声に振り返る。
そこには、拓実の高校時代の同級生が三人いた。
「久しぶり!」
「おお、久しぶり」
「拓実、大学生になっても変わんないな」
「そう?」
「背、高っ!」
「それ、今さら?」
「いや、改めて見るとやっぱ高いわ」
みんなで笑う。
久しぶりに会った友達との会話は、自然と昔話になっていった。
「大学どう?」
「まあまあ」
「ちゃんと大学生やってる?」
「やってるよ」
「そういや、拓実って大学でも相変わらずモテてる?」
「……知らない」
「またまた」
「高校のとき、すごかったじゃん」
「知らないって」
拓実は笑いながら答える。
私もつられて笑った。
だけど――
「大学でも相変わらずモテてる?」
その言葉だけが、なぜか胸に残った。
大学。
私の知らない場所。
私の知らない女の子たち。
もしかしたら、拓実の周りには、たくさんの女の子がいるのかもしれない。
大学生になった拓実は、どんなふうに過ごしているんだろう。
女の子に告白されたりしてないかな。
……可愛い子と、一緒にいるのかな。
考え始めると、胸の奥が少しだけざわついた。
「じゃあ、またな」
「おう」
拓実が同級生たちと別れる。
私たちのところへ戻ってくると、友達も一緒に歩き出した。
「久しぶりに会えてよかったね」
「うん。懐かしかった」
拓実が笑う。
その横顔を見ながら、私はさっきの言葉を思い出していた。
――大学でも相変わらずモテてる?
「瑠夏?」
「……なに?」
「さっきから、なんか静かじゃない?」
「そう?」
「うん」
拓実が私の顔を覗き込む。
「もしかして、ヤキモチ?」
「……違うもん」
「ふふ」
「笑わないで」
「ごめん」
そう言いながら、拓実は嬉しそうだった。
その様子を見ていた友達が、突然笑った。
「拓実先輩、余裕ですね」
「え?」
「瑠夏がヤキモチ焼いてるの分かって、嬉しそう」
「ちょっと!」
私は慌てて友達を見る。
「だって、拓実先輩ばっかり余裕なの、なんか悔しいじゃん」
友達がニヤッと笑った。
「じゃあ、拓実先輩にも聞いてみよ」
「何を?」
「体育祭のハチマキ交換のこと」
「えっ……」
「瑠夏、何人から申し込まれたんだっけ?」
「言わなくていいって!」
友達は楽しそうに笑う。
「結構いたよね?」
拓実の表情が変わった。
「……何人?」
「ほら」
友達が笑う。
「拓実先輩も気になるんじゃないですか?」
「……うん」
拓実が私を見る。
「瑠夏、本当に何人?」
「……えっと」
私は思い出しながら、指を一本ずつ折っていく。
「一人……二人……それから……」
「……もういい」
拓実が、私の手をそっと握った。
「え?」
「それ以上聞いたら、俺、本当に余裕なくなりそう」
「……ふふ」
思わず笑ってしまう。
「何笑ってんの」
「だって……」
さっきまで私のことを笑っていたくせに。
今度は拓実がヤキモチを焼いている。
それが、なんだか嬉しかった。
「拓実先輩、瑠夏のことになると余裕なくなるんですね」
友達が笑う。
「……うるさい」
拓実が少し照れたように笑う。
「瑠夏のことになると、仕方ないだろ」
胸が、きゅっとなる。
拓実はそのまま、握った私の手を離さなかった。
むしろ――
指を絡めるように、しっかりと握り直した。
「……拓実?」
「ん?」
「手……」
「嫌?」
「……嫌じゃないけど」
「じゃあ、このまま」
そう言って、何でもないことのように歩き出す。
だけど。
その横顔は、さっきまでとは少し違っていた。
余裕たっぷりに笑っていた拓実が、今は私の手をしっかり握っている。
まるで、
――俺の彼女だから。
そう言っているみたいだった。
友達が、そんな私たちを見て笑う。
「じゃあ、私たち先に行ってるね」
「え?」
「まだ見たいところあるし」
「ちょっと……」
「ゆっくりしてきて」
そう言って、友達はもう一人の友達と一緒に、人混みの中へ消えていった。
「……行っちゃった」
「うん」
二人きりになる。
「大学のこと、気にしてた?」
「……ちょっとだけ」
「俺がモテるかどうか?」
「……うん」
拓実が笑う。
「そんな心配しなくていいよ」
「でも……」
「俺が好きなのは、瑠夏だから」
まっすぐに見つめられる。
「俺の彼女は、瑠夏だけ」
「……私も」
「ん?」
「拓実が好き」
拓実の目が、優しく細められた。
「知ってる」
「……もう」
「だって、顔に書いてある」
「書いてないもん」
「書いてるよ」
そう言って笑ったあと、拓実は私の肩を抱いた。
「……拓実?」
「ん?」
「みんな見てるよ」
「いいよ」
「でも……」
「俺の彼女なんだから」
さらっと言われて、胸が跳ねる。
拓実はそのまま、私を自分のほうへ引き寄せた。
「高校では、まだ俺がいない時間のほうが長いだろ?」
「……うん」
「だから」
少しだけ声を落とす。
「俺の知らないところで、変な男に近づかれたら困る」
「……ふふ」
「何?」
「拓実、やっぱりヤキモチ焼いてる」
「焼いてるよ」
今度は迷わず認めた。
「瑠夏のことだから」
そう言って、私の額に軽く唇が触れる。
「……っ」
「これで分かるだろ」
「何が?」
「瑠夏には彼氏がいるってこと」
拓実が笑う。
いつもの余裕のある笑顔。
だけど、私を抱く腕だけは、ほんの少し強かった。
「……俺の彼女だから」
耳元で囁かれて、胸がいっぱいになる。
私も、拓実の腕の中で小さく笑った。
高校最後の文化祭。
拓実と一緒に過ごせるだけで、特別な一日になっていた。
夕方。
文化祭も終わり、校内から少しずつ人が減っていく。
「楽しかったね」
「うん」
「最後の文化祭、満喫できた?」
「できた!」
拓実と並んで歩く。
昇降口へ向かおうとしたとき、ふと足を止めた。
「……あ」
「どうした?」
「忘れ物した」
「教室?」
「うん」
「じゃあ、取りに行こう」
「ごめんね」
「いいよ」
二人で教室へ戻る。
さっきまで賑やかだった校舎は、少しずつ静かになっていた。
教室の扉を開ける。
誰もいない。
私は自分の机へ向かい、忘れていたものを手に取った。
「見つかった?」
「うん」
振り返る。
その瞬間――
ふと、あの日のことを思い出した。
日直だった私が、教室に残っていた日。
拓実が、迎えに来てくれた。
瑠夏と一緒に帰りたかったから。
そう言って。
あの日、拓実は私にキスをしようとした。
でも私は――
「……待って」
そう言ってしまった。
拓実も、私の表情に気づいたみたいだった。
「……覚えてる?」
「……うん」
「ここで、俺……止められた」
「……うん」
拓実が、一歩近づく。
私は、思わず一歩後ろへ下がった。
もう一歩。
また一歩。
背中に、壁が触れた。
拓実の顔が近づく。
「今度は……大丈夫?」
胸が大きく鳴る。
私は小さく頷いた。
「……うん」
拓実の腕が、私の横の壁につく。
逃げ道を塞ぐような仕草なのに、不思議と怖くない。
むしろ――
今は、この距離が嬉しい。
拓実の指が、そっと私の頬に触れる。
「……可愛い」
「……恥ずかしいよ」
「なんで?」
「だって……」
拓実が少し笑う。
「俺は、今の瑠夏が一番好き」
「……拓実」
「大好き」
「……私も」
拓実の顔が近づいてくる。
今度は、止めなかった。
目を閉じる。
唇が重なる。
ほんの一瞬。
それなのに、胸の奥まで熱くなる。
離れた拓実が、私を見つめる。
「……瑠夏」
「……なに?」
「大丈夫?」
「……うん」
私は自分から、拓実の服をそっと掴んだ。
「……もう一回」
「え?」
「……キス」
拓実が、一瞬だけ目を見開く。
それから――
嬉しそうに笑った。
「……うん」
もう一度、唇が重なる。
今度は、さっきより少しだけ長く。
拓実の腕の中で、私は目を閉じた。
文化祭の最後に残った教室。
誰もいない静かな場所で、私は拓実の胸にそっと顔を寄せた。
「……幸せ」
「俺も」
拓実の声が、すぐそばで聞こえる。
その腕に包まれながら思った。
高校最後の文化祭。
きっと私は、ずっと忘れない。
拓実と過ごした、この一日を。
今日は、高校最後の文化祭。
朝から校内は、いつも以上に賑やかだった。
廊下には色とりどりの装飾が飾られ、教室からは楽しそうな声が聞こえてくる。
「瑠夏、どこから行く?」
「うーん……あっち!」
「あっちって、また食べ物?」
「だって文化祭だもん」
「それ、昨日も言ってたよね」
「いいの!」
友達と笑いながら、校内を歩く。
今日は実行委員でもない。
部活の出し物もない。
だから、朝から一日中、文化祭を楽しめる。
展示を見たり、模擬店を回ったり。
友達と写真を撮ったり。
笑って、騒いで。
高校最後の文化祭を、思いきり楽しんでいた。
そんなときだった。
スマホが震えた。
画面を見る。
拓実。
胸が、一瞬で高鳴った。
「もしもし?」
『瑠夏、今どこにいる?』
「え? 学校だけど?」
『そっか』
「……どうしたの?」
『いや……ちゃんといるなって思って』
「え?」
意味が分からず、私は首を傾げる。
『じゃあ――』
『そのまま、後ろ見て』
「……え?」
『ゆっくりでいいから』
言われた通り、私はゆっくり振り返った。
そして――
そこに、拓実がいた。
満面の笑顔で、私を見ている。
「……拓実?」
拓実は何も言わず、両腕を広げた。
おいで。
そう言われている気がした。
「……っ」
気づけば、私は走り出していた。
拓実の胸に飛び込む。
「拓実……!」
ぎゅっと抱きつく。
拓実の腕が、すぐに私の背中へ回った。
「……会いたかった」
耳元で囁かれた声に、胸がいっぱいになる。
「私も……」
拓実の胸に顔を埋める。
ずっと会いたかった。
そう思っていたことを、今さら隠せなかった。
「びっくりした?」
「びっくりしたよ……」
「ふふ」
拓実が笑う。
その声が近くて、また胸が高鳴った。
「文化祭、楽しんでる?」
「うん!」
「じゃあ、俺も混ぜて」
「……うん!」
私は笑った。
拓実と一緒に文化祭を回る。
模擬店を覗いたり、展示を見たり。
友達と写真を撮ったり。
拓実が隣にいるだけで、いつもの学校が少し違って見えた。
「これ、瑠夏好きそう」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ食べたい!」
「買ってくる」
「私も行く!」
「……ふふ」
拓実が笑う。
「そんなに離れたくない?」
「……だって」
久しぶりに会えたのに。
せっかく会えたのに、離れているなんてもったいない。
「……一緒にいたいもん」
「そっか」
拓実が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、一緒に行こ」
並んで模擬店へ向かう。
そんな何気ない時間さえ、嬉しかった。
しばらくして、私たちは買ったものを手に、友達のところへ戻った。
「美味しい?」
「うん!」
「よかった」
拓実が笑う。
その笑顔が好き。
隣にいるだけで、こんなに嬉しい。
そう思っていたときだった。
「拓実じゃん!」
声に振り返る。
そこには、拓実の高校時代の同級生が三人いた。
「久しぶり!」
「おお、久しぶり」
「拓実、大学生になっても変わんないな」
「そう?」
「背、高っ!」
「それ、今さら?」
「いや、改めて見るとやっぱ高いわ」
みんなで笑う。
久しぶりに会った友達との会話は、自然と昔話になっていった。
「大学どう?」
「まあまあ」
「ちゃんと大学生やってる?」
「やってるよ」
「そういや、拓実って大学でも相変わらずモテてる?」
「……知らない」
「またまた」
「高校のとき、すごかったじゃん」
「知らないって」
拓実は笑いながら答える。
私もつられて笑った。
だけど――
「大学でも相変わらずモテてる?」
その言葉だけが、なぜか胸に残った。
大学。
私の知らない場所。
私の知らない女の子たち。
もしかしたら、拓実の周りには、たくさんの女の子がいるのかもしれない。
大学生になった拓実は、どんなふうに過ごしているんだろう。
女の子に告白されたりしてないかな。
……可愛い子と、一緒にいるのかな。
考え始めると、胸の奥が少しだけざわついた。
「じゃあ、またな」
「おう」
拓実が同級生たちと別れる。
私たちのところへ戻ってくると、友達も一緒に歩き出した。
「久しぶりに会えてよかったね」
「うん。懐かしかった」
拓実が笑う。
その横顔を見ながら、私はさっきの言葉を思い出していた。
――大学でも相変わらずモテてる?
「瑠夏?」
「……なに?」
「さっきから、なんか静かじゃない?」
「そう?」
「うん」
拓実が私の顔を覗き込む。
「もしかして、ヤキモチ?」
「……違うもん」
「ふふ」
「笑わないで」
「ごめん」
そう言いながら、拓実は嬉しそうだった。
その様子を見ていた友達が、突然笑った。
「拓実先輩、余裕ですね」
「え?」
「瑠夏がヤキモチ焼いてるの分かって、嬉しそう」
「ちょっと!」
私は慌てて友達を見る。
「だって、拓実先輩ばっかり余裕なの、なんか悔しいじゃん」
友達がニヤッと笑った。
「じゃあ、拓実先輩にも聞いてみよ」
「何を?」
「体育祭のハチマキ交換のこと」
「えっ……」
「瑠夏、何人から申し込まれたんだっけ?」
「言わなくていいって!」
友達は楽しそうに笑う。
「結構いたよね?」
拓実の表情が変わった。
「……何人?」
「ほら」
友達が笑う。
「拓実先輩も気になるんじゃないですか?」
「……うん」
拓実が私を見る。
「瑠夏、本当に何人?」
「……えっと」
私は思い出しながら、指を一本ずつ折っていく。
「一人……二人……それから……」
「……もういい」
拓実が、私の手をそっと握った。
「え?」
「それ以上聞いたら、俺、本当に余裕なくなりそう」
「……ふふ」
思わず笑ってしまう。
「何笑ってんの」
「だって……」
さっきまで私のことを笑っていたくせに。
今度は拓実がヤキモチを焼いている。
それが、なんだか嬉しかった。
「拓実先輩、瑠夏のことになると余裕なくなるんですね」
友達が笑う。
「……うるさい」
拓実が少し照れたように笑う。
「瑠夏のことになると、仕方ないだろ」
胸が、きゅっとなる。
拓実はそのまま、握った私の手を離さなかった。
むしろ――
指を絡めるように、しっかりと握り直した。
「……拓実?」
「ん?」
「手……」
「嫌?」
「……嫌じゃないけど」
「じゃあ、このまま」
そう言って、何でもないことのように歩き出す。
だけど。
その横顔は、さっきまでとは少し違っていた。
余裕たっぷりに笑っていた拓実が、今は私の手をしっかり握っている。
まるで、
――俺の彼女だから。
そう言っているみたいだった。
友達が、そんな私たちを見て笑う。
「じゃあ、私たち先に行ってるね」
「え?」
「まだ見たいところあるし」
「ちょっと……」
「ゆっくりしてきて」
そう言って、友達はもう一人の友達と一緒に、人混みの中へ消えていった。
「……行っちゃった」
「うん」
二人きりになる。
「大学のこと、気にしてた?」
「……ちょっとだけ」
「俺がモテるかどうか?」
「……うん」
拓実が笑う。
「そんな心配しなくていいよ」
「でも……」
「俺が好きなのは、瑠夏だから」
まっすぐに見つめられる。
「俺の彼女は、瑠夏だけ」
「……私も」
「ん?」
「拓実が好き」
拓実の目が、優しく細められた。
「知ってる」
「……もう」
「だって、顔に書いてある」
「書いてないもん」
「書いてるよ」
そう言って笑ったあと、拓実は私の肩を抱いた。
「……拓実?」
「ん?」
「みんな見てるよ」
「いいよ」
「でも……」
「俺の彼女なんだから」
さらっと言われて、胸が跳ねる。
拓実はそのまま、私を自分のほうへ引き寄せた。
「高校では、まだ俺がいない時間のほうが長いだろ?」
「……うん」
「だから」
少しだけ声を落とす。
「俺の知らないところで、変な男に近づかれたら困る」
「……ふふ」
「何?」
「拓実、やっぱりヤキモチ焼いてる」
「焼いてるよ」
今度は迷わず認めた。
「瑠夏のことだから」
そう言って、私の額に軽く唇が触れる。
「……っ」
「これで分かるだろ」
「何が?」
「瑠夏には彼氏がいるってこと」
拓実が笑う。
いつもの余裕のある笑顔。
だけど、私を抱く腕だけは、ほんの少し強かった。
「……俺の彼女だから」
耳元で囁かれて、胸がいっぱいになる。
私も、拓実の腕の中で小さく笑った。
高校最後の文化祭。
拓実と一緒に過ごせるだけで、特別な一日になっていた。
夕方。
文化祭も終わり、校内から少しずつ人が減っていく。
「楽しかったね」
「うん」
「最後の文化祭、満喫できた?」
「できた!」
拓実と並んで歩く。
昇降口へ向かおうとしたとき、ふと足を止めた。
「……あ」
「どうした?」
「忘れ物した」
「教室?」
「うん」
「じゃあ、取りに行こう」
「ごめんね」
「いいよ」
二人で教室へ戻る。
さっきまで賑やかだった校舎は、少しずつ静かになっていた。
教室の扉を開ける。
誰もいない。
私は自分の机へ向かい、忘れていたものを手に取った。
「見つかった?」
「うん」
振り返る。
その瞬間――
ふと、あの日のことを思い出した。
日直だった私が、教室に残っていた日。
拓実が、迎えに来てくれた。
瑠夏と一緒に帰りたかったから。
そう言って。
あの日、拓実は私にキスをしようとした。
でも私は――
「……待って」
そう言ってしまった。
拓実も、私の表情に気づいたみたいだった。
「……覚えてる?」
「……うん」
「ここで、俺……止められた」
「……うん」
拓実が、一歩近づく。
私は、思わず一歩後ろへ下がった。
もう一歩。
また一歩。
背中に、壁が触れた。
拓実の顔が近づく。
「今度は……大丈夫?」
胸が大きく鳴る。
私は小さく頷いた。
「……うん」
拓実の腕が、私の横の壁につく。
逃げ道を塞ぐような仕草なのに、不思議と怖くない。
むしろ――
今は、この距離が嬉しい。
拓実の指が、そっと私の頬に触れる。
「……可愛い」
「……恥ずかしいよ」
「なんで?」
「だって……」
拓実が少し笑う。
「俺は、今の瑠夏が一番好き」
「……拓実」
「大好き」
「……私も」
拓実の顔が近づいてくる。
今度は、止めなかった。
目を閉じる。
唇が重なる。
ほんの一瞬。
それなのに、胸の奥まで熱くなる。
離れた拓実が、私を見つめる。
「……瑠夏」
「……なに?」
「大丈夫?」
「……うん」
私は自分から、拓実の服をそっと掴んだ。
「……もう一回」
「え?」
「……キス」
拓実が、一瞬だけ目を見開く。
それから――
嬉しそうに笑った。
「……うん」
もう一度、唇が重なる。
今度は、さっきより少しだけ長く。
拓実の腕の中で、私は目を閉じた。
文化祭の最後に残った教室。
誰もいない静かな場所で、私は拓実の胸にそっと顔を寄せた。
「……幸せ」
「俺も」
拓実の声が、すぐそばで聞こえる。
その腕に包まれながら思った。
高校最後の文化祭。
きっと私は、ずっと忘れない。
拓実と過ごした、この一日を。