君のとなり〜拓実と〜

第55章 私が選ぶ未来

 文化祭が終わって、少しだけ静かになった十一月。

 教室では、少しずつ進路の話が増えていた。

 廊下を歩けば、友達同士で大学の名前を話している声が聞こえる。

「どこ受ける?」
「私は推薦で決まったよ」
「いいなぁ。私は一般だから、まだまだこれから」

 そんな会話を聞きながら、私は自分の机に置いた大学案内のパンフレットを見つめていた。

 私も、大学へ行きたい。

 それは、ずっと変わらなかった。

 でも――。

 新体操を引退してから、私は何度も考えるようになった。

 これから、何をしたいんだろう。

 新体操を続ける未来は、もうない。

 あれだけ毎日向き合っていたものがなくなって、最初はぽっかりと心に穴が開いたようだった。

 だけど、少しずつ。

 その空いた場所に、新しいものを入れていけばいいんじゃないかと思えるようになった。

 そんなとき、以前声をかけてもらったモデルの仕事のことを思い出した。

 母と一緒に事務所を訪れて、話を聞いた。

 まだ何も決まっていない。

 それでも――。

 新体操とは違う形で、自分を表現してみたい。

 そう思った。

 だから私は、大学でちゃんと勉強をしながら、少しずつモデルの仕事にも挑戦してみたいと考えるようになった。

 大学選びも、ただ名前や場所だけで決めたくなかった。

 自分が学びたいことが学べること。

 そして、勉強を第一にしながら、新しいことにも挑戦できる環境があること。

 いくつもの大学の資料を見比べて、説明会にも参加して。

 私は少しずつ、自分の未来を思い描いていった。

 そして――。

「ここがいい」

 そう思える大学が見つかった。

 関東にある大学だった。

 もちろん、関東には拓実がいる。

 だけど、それを理由に選んだわけじゃない。

 私が学びたいことがあって。

 私が挑戦したいことがあって。

 その両方を叶えられると思ったから。

 私は、その大学を志望校に決めた。

 そのことを、家で両親に話した。

「私、この大学を受けたい」

 テーブルの上に大学案内を置く。

 母も父も、黙ってそれを見た。

「どうして、ここなの?」

 母に聞かれて、私は自分の考えを一つずつ話した。

 大学で学びたいこと。

 新体操を引退して、新しいことに挑戦したいこと。

 モデルの仕事にも興味があること。

 でも、モデルだけをやりたいわけじゃないこと。

 大学での勉強を一番にして、その中でできることから少しずつ挑戦していきたいこと。

 全部、自分の言葉で伝えた。

 話し終えると、少しだけ静かな時間が流れた。

「……本当に、ここに行きたいのね?」

 母が聞く。

「うん」

 迷いなく答えた。

「自分で決めたの?」

「うん。私が決めた」

 母はしばらく私を見つめてから、ふっと笑った。

「じゃあ、頑張ってみなさい」

「……お母さん」

「瑠夏がそこまで考えて決めたなら、お母さんは応援するよ」

 胸の奥が、じんと熱くなる。

「ありがとう」

 父も大学案内を閉じると、静かに頷いた。

「自分で決めたなら、最後までやってみればいい」

「うん」

「ただし、勉強はちゃんとやれよ」

「分かってる」

 思わず笑ってしまう。

 私の未来は、私が決める。

 そのことを、初めてちゃんと実感した気がした。

     *

 そして、三者面談の日。

「失礼します」

 私は母と一緒に教室へ入った。

 担任の先生と向かい合って座り、志望校について話をする。

「瑠夏さんは、一般選抜で受験する予定でいいですね?」

「はい」

「志望校は?」

 私は、大学名を告げた。

 先生は資料を確認しながら頷いた。

「分かりました。これからは入試科目を確認して、冬に向けて本格的に対策していきましょう」

「はい」

 十一月。

 志望校を決めた。

 ここからは、勉強だ。

 面談が終わり、母と教室を出る。

 廊下を歩きながら、母がぽつりと言った。

「でも、関東かぁ」

「うん」

「拓実くんがいるから、安心ね」

「……え?」

 思わず母を見る。

「だって、拓実くんがいるんでしょう?」

「……いるけど」

「それなら、お母さんも少し安心」

「……ふふ」

 拓実は、私のことをちゃんと大切にしてくれる。

 離れていても、私が不安にならないように、いつもそばにいてくれる。

 そんな拓実だから――。

 きっと、お母さんも安心してくれているんだと思う。

「でも、私が自分で決めた大学だから」

「分かってるわよ」

 母が笑う。

「それが一番大事でしょ」

「……うん」

 家に帰って、その話を父にも伝えた。

「関東の大学に決めたのか」

「うん」

 父は少し黙ってから、母を見る。

「……拓実くんも関東だったな」

「そうね」

 母が頷く。

「まぁ、そうだな」

 父はそれだけ言って、大学案内に目を落とした。

「拓実くんなら、まぁ大丈夫だろ」

「……お父さん」

 思わず笑ってしまう。

 いつの間にか、両親からこんなに信用されているなんて。

 なんだか少し、可笑しかった。

     *

 その夜。

 拓実からメールが届いた。

『今日、三者面談だったんだろ?』

『うん』

『進路、決まった?』

 画面を見つめる。

 拓実になら、何でも話せる。

 隠したいわけじゃない。

 ただ――。

 まだ、言いたくなかった。

 もし、受験に失敗したら。

 「ここを受ける」って言っておいて、そこに行けなかったら。

 ……ちょっと恥ずかしい。

 だから。

『……まだ秘密』

 送信する。

 すぐに返事が来た。

『そっか』

 それだけ。

 拓実は、それ以上聞いてこなかった。

 でも、少しして。

『……でも、気になる』

 思わず笑ってしまう。

『ふふ』

『何笑ってんの』

『拓実、ちょっと可愛い』

『彼氏なのに、何も教えてもらえないんだけど』

 その文字を見て、胸がきゅっとなる。

『ごめんね』

『いいよ』

 少し間を置いて。

『瑠夏が決めたことなら、俺は応援する』

 その言葉に、胸が温かくなった。

『ありがとう』

『だから、ちゃんと頑張れ』

『うん』

 スマホを伏せる。

 机の上には、参考書と大学の過去問。

 十一月。

 私は、自分の未来を決めた。

 十二月からは、もっと本気で勉強する。

 そして――。

 合格したら。

 そのときは、ちゃんと拓実に伝えよう。

 私はもう一度、参考書を開いた。

 今度は、迷わなかった。
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