君のとなり〜拓実と〜

第58章 受験

 試験前日。

 新幹線を降りると、私は駅の人波の中を歩いた。

 インターハイのときにも、ここへ来た。

 あのときは、新体操のためだった。

 今度は、自分の未来のため。

 そう思うと、同じ場所なのに、少し違って見えた。

 そして――。

 この街には、拓実がいる。

 そう思っただけで、胸の奥がふっと軽くなる。

 今日は明日の試験に集中しよう。

 そう決めて、私はホテルへ向かった。

 部屋に入ると、静けさが広がった。

 窓の外には、夕暮れの街。

 明日は、ここで試験を受ける。

 そう思うと、さっきまでとは違う緊張が胸に広がった。

 私はスマートフォンを手に取る。

 拓実に連絡した。

『拓実、今何してる?』

 少しして、返信が来る。

『今、家。瑠夏は?』

『ホテルだよ』

『そっか』

 すると、

『ちゃんとごはん食べた?』

 と届いた。

 思わず笑ってしまう。

『うん、食べたよ』

『何食べた?』

『お好み焼き』

 既読がつく。

 少し間があって――。

『……え?』

 続けて、

『関西?』

「……ふふっ」

 思わず声が漏れる。

 違うよ。

 そう返そうとして、指が止まる。

 大学のことは、まだ秘密。

 だから、今は言わない。

 拓実は、きっと考えている。

 もしかしたら、関西の大学なのかもしれない。

 だから大学名を教えてくれなかったのかもしれない。

 そうだとしたら――。

 今より、もっと遠くなる。

 そんなことまで考えているのかもしれない。

 少しだけ胸が痛んだ。

 でも、もう少しだけ。

 この秘密を大切にしていたかった。

『明日、頑張ってくるね』

『うん』

『終わったら連絡して』

『うん』

 画面を閉じる。

 さっきまでの緊張が、少しだけ和らいでいた。

 私はベッドに横になる。

 明日は、自分の力を出そう。

 そう思いながら、目を閉じた。

 翌朝。

 カーテンを開けると、朝の光が差し込んだ。

 私は身支度を整え、ホテルを出た。

 試験会場へ向かう。

 駅から続く道には、同じように受験生らしい人たちが歩いていた。

 参考書を手にしている人。

 友達と話している人。

 ひとりで静かに歩いている人。

 みんな、それぞれの思いを抱えている。

 私も、その中のひとりだった。

 会場に入り、席に着く。

 教室の中は、まだ小さな話し声で満ちていた。

 けれど、開始時間が近づくにつれて、少しずつ静かになっていく。

 私は机の上に手を置いた。

 大丈夫。

 ここまでやってきた。

 そう思っても、胸の鼓動は少し速い。

 私はそっと、胸ポケットに手を当てた。

 指先に、小さなお守りの感触。

 初詣の日、拓実が私のために選んでくれたもの。

 その向こうに――。

 小さな拓実が、ここにいるような気がした。

「……大丈夫」

 そっと手を離す。

 開始の合図が響いた。

 私は問題用紙をめくった。

 問題に目を落とす。

 知っている。

 そう思った瞬間、ほんの少しだけ口元が緩んだ。

 ペンを走らせる。

 ひとつずつ。

 焦らない。

 分からない問題はいったん飛ばす。

 時計を見る。

 まだ時間はある。

 気づけば、周りの音が耳に入らなくなっていた。

 目の前の問題だけに向き合う。

 そうしているうちに、時間が過ぎていった。

「終了してください」

 その声に、私はペンを置いた。

 ゆっくり息を吐く。

 答案を提出して、教室を出る。

 外へ出ると、空は夕暮れの色に染まっていた。

 冷たい風が頬を撫でる。

 私は空を見上げた。

「……終わった」

 小さく笑う。

 ここまで来た。

 最後まで、やった。

 あとは、結果を待つだけ。

 スマートフォンを見る。

 拓実からメッセージが届いていた。

『終わった?』

 私はすぐに返す。

『うん。終わったよ』

『お疲れ』

『ありがとう』

 短いやり取り。

 でも、それだけで嬉しかった。

 帰りの新幹線。

 窓の外を流れていく景色を眺める。

 昨日、この街に来た。

 拓実には会わなかった。

 でも、それでよかった。

 私は、自分で決めた道を歩いている。

 そう思うと、胸の奥に静かな自信が生まれていた。

 私はシートに身体を預け、窓の外を眺める。

 この先、どんな景色が待っているんだろう。

 まだ知らない毎日を想像すると、自然と笑みがこぼれた。

 新幹線は、流れていく景色の向こうへ、静かに走り続けていた。
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