春の月明かり
それぞれの夢へ、君を送り出す
十二月。
冬の冷たい風が、校庭の木々を揺らしていた。
中学三年生の教室では、受験に向けた話が増えていた。
進路希望調査。
高校の説明会。
受験勉強。
そして、部活動も引退の時期を迎えていた。
明凛は、美術部の活動を終えたあと、スケッチブックを抱えて校庭の花壇へ向かった。
そこには、麗がいた。
「神志那くん」
「あ、明凛。お疲れさま」
「お疲れさま。今日も花壇のお世話?」
「うん。そろそろ園芸部も引退だからね」
麗は、花壇に咲くビオラを見つめた。
「この花壇のお世話も、後輩たちに任せることになるんだ」
「そっか……」
明凛も、花壇に目を向けた。
春のネモフィラ。
夏のひまわり。
秋の花。
そして、冬のビオラ。
麗と一緒に見てきた花たち。
その景色には、二人の思い出がたくさん詰まっていた。
「ちょっと寂しいね」
明凛が言うと、麗は小さく頷いた。
「うん。でも、後輩たちがこれからも育ててくれるから」
麗らしい言葉だった。
大切にしてきた花を、次の人へつないでいく。
明凛は、そんな麗の優しさが好きだった。
けれど、今日はもうひとつ、話したいことがあった。
「ねえ、神志那くん。高校、決めた?」
「うん。俺は、私立の星ヶ丘高校を受験しようと思ってる」
「星ヶ丘高校……」
明凛も、その高校の名前を知っていた。
自分が進学を考えている桜ヶ丘高校よりも、偏差値が高い高校だった。
「明凛は?」
「私は、私立の桜ヶ丘高校にしようと思ってる」
「そっか。桜ヶ丘なんだね」
麗は、優しく笑った。
その笑顔を見て、明凛の胸が少しだけ苦しくなった。
本当は、同じ高校に行きたかった。
同じ教室で授業を受けて。
休み時間に話して。
放課後、一緒に帰って。
中学校で過ごしてきたような時間を、高校でも続けたかった。
けれど、麗には麗の夢があった。
「神志那くんは、どうして星ヶ丘高校にしたの?」
明凛が尋ねると、麗は少し真剣な表情になった。
「俺、将来は教師になりたいんだ」
「教師……?」
「うん。高校の先生になりたい」
麗は、花壇を見つめながら話し始めた。
「星ヶ丘高校には、系列の星ヶ丘大学があるんだ。そこに進学して、先生になるための勉強をしたいと思ってる」
「そうなんだ……」
「まだ、これから頑張らなきゃいけないことはたくさんあるけどね」
麗は少し照れたように笑った。
「でも、ちゃんと夢を目指したいんだ」
明凛は、麗の言葉を聞きながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
花を大切に育ててきた麗。
そんな麗が、いつか高校の先生になって、生徒たちを見守る。
きっと、優しい先生になるんだろうな。
明凛は、そう思った。
「神志那くんらしいね」
「そうかな?」
「うん。きっと、優しい先生になると思う」
麗は、少し驚いたように明凛を見た。
「ありがとう」
その笑顔を見て、明凛は嬉しくなった。
でも、心の奥には、言えずにいる気持ちがあった。
本当は、同じ高校に行きたかった。
毎日、麗に会いたかった。
高校が違えば、今までのように毎日隣の席で話すことはできなくなる。
それだけではなかった。
桜ヶ丘高校と星ヶ丘高校は、隣の市にある。
同じ市内ではないから、今までよりも簡単には会えなくなる。
そして、麗は高校に通うため、おじいちゃんの家へ引っ越すことも決めていた。
今まで当たり前だった距離が、これからは遠くなる。
そのことを考えると、明凛の胸がきゅっとなった。
「……神志那くん」
「ん?」
「おじいちゃんの家に引っ越すって、本当?」
麗は、少し頷いた。
「うん。星ヶ丘高校に通うために、おじいちゃんの家から通うことにしたんだ」
「そっか……」
「今の家からだと通うのが大変だからね」
麗は、いつもの穏やかな声で話した。
「高校に入ったら、勉強も頑張らないといけないし」
明凛は、頷いた。
わかっている。
麗が自分の未来のために決めたこと。
それを応援したい。
でも、寂しい。
その二つの気持ちが、明凛の中で揺れていた。
放課後の帰り道。
二人は、いつものように並んで歩いていた。
冬の空は、少しずつ夕焼けに染まっていく。
「明凛」
「なに?」
「受験、頑張ろうね」
「うん」
麗は、前を向いたまま続けた。
「高校が違っても、これからも一緒に花を見に行こう」
明凛は、思わず麗を見た。
「……いいの?」
「もちろん。俺、明凛と花を見る時間が好きだから」
その言葉に、明凛の胸が温かくなった。
高校が違っても、会えなくなるわけじゃない。
それでも、毎日隣にいられなくなることが、少し寂しかった。
「私ね……」
明凛は、勇気を出して口を開いた。
「本当は、神志那くんと同じ高校に行きたかった」
麗は、足を止めた。
明凛は、少し俯いた。
「同じ高校だったら、毎日会えるでしょ。朝も、休み時間も、放課後も……」
言葉が、途中で途切れた。
麗は、何も言わずに明凛の言葉を待っていた。
「だから、桜ヶ丘高校と星ヶ丘高校が離れてるって聞いて、寂しいなって思った」
明凛は、ぎゅっとスケッチブックを抱きしめた。
「おじいちゃんの家に引っ越すって聞いて、もっと遠くなっちゃうんだなって……」
麗は、明凛を見つめていた。
「……明凛」
「でもね」
明凛は、顔を上げた。
「神志那くんの夢を応援したいの」
麗の目が、少しだけ見開かれた。
「先生になりたいっていう夢、すごく素敵だと思う。星ヶ丘高校に行って、星ヶ丘大学を目指して、夢に向かって頑張ってほしい」
明凛は、少しだけ笑った。
「だから、私は桜ヶ丘高校で頑張るね」
麗は、静かに明凛を見つめていた。
「寂しくないって言ったら、嘘になるけど……」
明凛の声が、少し震えた。
「それでも、神志那くんの夢を応援したい」
麗は、ゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう、明凛」
その声は、いつもと同じ優しい声だった。
「俺も、明凛のことを応援してるよ。桜ヶ丘高校で、明凛らしく頑張ってほしい」
「うん……!」
明凛は、嬉しそうに頷いた。
麗の夢を応援すること。
それは、好きな人の未来を大切にすることでもあった。
同じ高校に行きたいという気持ちは、なくならない。
でも、麗が自分の夢に向かって進む姿を、見守りたいと思った。
「ねえ、神志那くん」
「ん?」
「高校が違っても、これからも一緒に花を見ようね」
「うん。約束」
麗は、優しく笑った。
明凛も笑い返した。
その笑顔の奥には、少しだけ寂しさが残っていた。
けれど、それ以上に、麗の夢を応援したい気持ちがあった。
翌日。
美術部では、引退前の活動が続いていた。
明凛は、スケッチブックを開いた。
描くのは、冬の花壇に咲くビオラ。
そして、その隣に立つ麗の姿。
何度も描いてきた横顔。
これからは、今までのように毎日見ることができなくなるかもしれない。
だからこそ、明凛は丁寧に鉛筆を動かした。
麗が花を見つめる表情。
優しく笑う顔。
夢を語るときの、まっすぐな眼差し。
全部、忘れたくなかった。
「明凛、何描いてるの?」
麗が、そっと声をかけた。
「神志那くん」
「また俺?」
「うん。今日のこと、残しておきたいから」
麗は、少し照れたように笑った。
「完成したら、見せてね」
「もちろん」
明凛は、もう一度、鉛筆を動かした。
絵の中の麗は、未来へ向かって歩き出そうとしているように見えた。
その姿を見て、明凛は思った。
私も、自分の未来へ進もう。
麗の夢を応援しながら。
自分の夢も、大切にしながら。
高校が違っても、隣の市に離れても。
きっと、二人の気持ちが変わらなければ、また一緒に花を見ることができる。
放課後の校庭。
冬の花壇に、冷たい風が吹いていた。
それでも、ビオラは小さな花を咲かせている。
明凛は、スケッチブックを閉じた。
そして、麗の隣に並んだ。
「神志那くん」
「ん?」
「これからも、よろしくね」
「こちらこそ、明凛」
二人は、夕焼けの道を歩き始めた。
それぞれの高校へ。
それぞれの夢へ。
同じ場所ではなくても、同じ気持ちを胸に抱いて。
明凛は、麗の未来を送り出すように、そっと微笑んだ。
春の卒業まで、あと少し。
離れ離れになる日が近づいていても。
明凛は、麗の夢を応援したいと思っていた。
冬の冷たい風が、校庭の木々を揺らしていた。
中学三年生の教室では、受験に向けた話が増えていた。
進路希望調査。
高校の説明会。
受験勉強。
そして、部活動も引退の時期を迎えていた。
明凛は、美術部の活動を終えたあと、スケッチブックを抱えて校庭の花壇へ向かった。
そこには、麗がいた。
「神志那くん」
「あ、明凛。お疲れさま」
「お疲れさま。今日も花壇のお世話?」
「うん。そろそろ園芸部も引退だからね」
麗は、花壇に咲くビオラを見つめた。
「この花壇のお世話も、後輩たちに任せることになるんだ」
「そっか……」
明凛も、花壇に目を向けた。
春のネモフィラ。
夏のひまわり。
秋の花。
そして、冬のビオラ。
麗と一緒に見てきた花たち。
その景色には、二人の思い出がたくさん詰まっていた。
「ちょっと寂しいね」
明凛が言うと、麗は小さく頷いた。
「うん。でも、後輩たちがこれからも育ててくれるから」
麗らしい言葉だった。
大切にしてきた花を、次の人へつないでいく。
明凛は、そんな麗の優しさが好きだった。
けれど、今日はもうひとつ、話したいことがあった。
「ねえ、神志那くん。高校、決めた?」
「うん。俺は、私立の星ヶ丘高校を受験しようと思ってる」
「星ヶ丘高校……」
明凛も、その高校の名前を知っていた。
自分が進学を考えている桜ヶ丘高校よりも、偏差値が高い高校だった。
「明凛は?」
「私は、私立の桜ヶ丘高校にしようと思ってる」
「そっか。桜ヶ丘なんだね」
麗は、優しく笑った。
その笑顔を見て、明凛の胸が少しだけ苦しくなった。
本当は、同じ高校に行きたかった。
同じ教室で授業を受けて。
休み時間に話して。
放課後、一緒に帰って。
中学校で過ごしてきたような時間を、高校でも続けたかった。
けれど、麗には麗の夢があった。
「神志那くんは、どうして星ヶ丘高校にしたの?」
明凛が尋ねると、麗は少し真剣な表情になった。
「俺、将来は教師になりたいんだ」
「教師……?」
「うん。高校の先生になりたい」
麗は、花壇を見つめながら話し始めた。
「星ヶ丘高校には、系列の星ヶ丘大学があるんだ。そこに進学して、先生になるための勉強をしたいと思ってる」
「そうなんだ……」
「まだ、これから頑張らなきゃいけないことはたくさんあるけどね」
麗は少し照れたように笑った。
「でも、ちゃんと夢を目指したいんだ」
明凛は、麗の言葉を聞きながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
花を大切に育ててきた麗。
そんな麗が、いつか高校の先生になって、生徒たちを見守る。
きっと、優しい先生になるんだろうな。
明凛は、そう思った。
「神志那くんらしいね」
「そうかな?」
「うん。きっと、優しい先生になると思う」
麗は、少し驚いたように明凛を見た。
「ありがとう」
その笑顔を見て、明凛は嬉しくなった。
でも、心の奥には、言えずにいる気持ちがあった。
本当は、同じ高校に行きたかった。
毎日、麗に会いたかった。
高校が違えば、今までのように毎日隣の席で話すことはできなくなる。
それだけではなかった。
桜ヶ丘高校と星ヶ丘高校は、隣の市にある。
同じ市内ではないから、今までよりも簡単には会えなくなる。
そして、麗は高校に通うため、おじいちゃんの家へ引っ越すことも決めていた。
今まで当たり前だった距離が、これからは遠くなる。
そのことを考えると、明凛の胸がきゅっとなった。
「……神志那くん」
「ん?」
「おじいちゃんの家に引っ越すって、本当?」
麗は、少し頷いた。
「うん。星ヶ丘高校に通うために、おじいちゃんの家から通うことにしたんだ」
「そっか……」
「今の家からだと通うのが大変だからね」
麗は、いつもの穏やかな声で話した。
「高校に入ったら、勉強も頑張らないといけないし」
明凛は、頷いた。
わかっている。
麗が自分の未来のために決めたこと。
それを応援したい。
でも、寂しい。
その二つの気持ちが、明凛の中で揺れていた。
放課後の帰り道。
二人は、いつものように並んで歩いていた。
冬の空は、少しずつ夕焼けに染まっていく。
「明凛」
「なに?」
「受験、頑張ろうね」
「うん」
麗は、前を向いたまま続けた。
「高校が違っても、これからも一緒に花を見に行こう」
明凛は、思わず麗を見た。
「……いいの?」
「もちろん。俺、明凛と花を見る時間が好きだから」
その言葉に、明凛の胸が温かくなった。
高校が違っても、会えなくなるわけじゃない。
それでも、毎日隣にいられなくなることが、少し寂しかった。
「私ね……」
明凛は、勇気を出して口を開いた。
「本当は、神志那くんと同じ高校に行きたかった」
麗は、足を止めた。
明凛は、少し俯いた。
「同じ高校だったら、毎日会えるでしょ。朝も、休み時間も、放課後も……」
言葉が、途中で途切れた。
麗は、何も言わずに明凛の言葉を待っていた。
「だから、桜ヶ丘高校と星ヶ丘高校が離れてるって聞いて、寂しいなって思った」
明凛は、ぎゅっとスケッチブックを抱きしめた。
「おじいちゃんの家に引っ越すって聞いて、もっと遠くなっちゃうんだなって……」
麗は、明凛を見つめていた。
「……明凛」
「でもね」
明凛は、顔を上げた。
「神志那くんの夢を応援したいの」
麗の目が、少しだけ見開かれた。
「先生になりたいっていう夢、すごく素敵だと思う。星ヶ丘高校に行って、星ヶ丘大学を目指して、夢に向かって頑張ってほしい」
明凛は、少しだけ笑った。
「だから、私は桜ヶ丘高校で頑張るね」
麗は、静かに明凛を見つめていた。
「寂しくないって言ったら、嘘になるけど……」
明凛の声が、少し震えた。
「それでも、神志那くんの夢を応援したい」
麗は、ゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう、明凛」
その声は、いつもと同じ優しい声だった。
「俺も、明凛のことを応援してるよ。桜ヶ丘高校で、明凛らしく頑張ってほしい」
「うん……!」
明凛は、嬉しそうに頷いた。
麗の夢を応援すること。
それは、好きな人の未来を大切にすることでもあった。
同じ高校に行きたいという気持ちは、なくならない。
でも、麗が自分の夢に向かって進む姿を、見守りたいと思った。
「ねえ、神志那くん」
「ん?」
「高校が違っても、これからも一緒に花を見ようね」
「うん。約束」
麗は、優しく笑った。
明凛も笑い返した。
その笑顔の奥には、少しだけ寂しさが残っていた。
けれど、それ以上に、麗の夢を応援したい気持ちがあった。
翌日。
美術部では、引退前の活動が続いていた。
明凛は、スケッチブックを開いた。
描くのは、冬の花壇に咲くビオラ。
そして、その隣に立つ麗の姿。
何度も描いてきた横顔。
これからは、今までのように毎日見ることができなくなるかもしれない。
だからこそ、明凛は丁寧に鉛筆を動かした。
麗が花を見つめる表情。
優しく笑う顔。
夢を語るときの、まっすぐな眼差し。
全部、忘れたくなかった。
「明凛、何描いてるの?」
麗が、そっと声をかけた。
「神志那くん」
「また俺?」
「うん。今日のこと、残しておきたいから」
麗は、少し照れたように笑った。
「完成したら、見せてね」
「もちろん」
明凛は、もう一度、鉛筆を動かした。
絵の中の麗は、未来へ向かって歩き出そうとしているように見えた。
その姿を見て、明凛は思った。
私も、自分の未来へ進もう。
麗の夢を応援しながら。
自分の夢も、大切にしながら。
高校が違っても、隣の市に離れても。
きっと、二人の気持ちが変わらなければ、また一緒に花を見ることができる。
放課後の校庭。
冬の花壇に、冷たい風が吹いていた。
それでも、ビオラは小さな花を咲かせている。
明凛は、スケッチブックを閉じた。
そして、麗の隣に並んだ。
「神志那くん」
「ん?」
「これからも、よろしくね」
「こちらこそ、明凛」
二人は、夕焼けの道を歩き始めた。
それぞれの高校へ。
それぞれの夢へ。
同じ場所ではなくても、同じ気持ちを胸に抱いて。
明凛は、麗の未来を送り出すように、そっと微笑んだ。
春の卒業まで、あと少し。
離れ離れになる日が近づいていても。
明凛は、麗の夢を応援したいと思っていた。