春の月明かり

受験勉強

 冬の冷たい風が吹く中、三年生の教室では、受験に向けた空気が少しずつ強くなっていた。

 部活動を引退して、これからは勉強に集中する時期。

 明凛も、麗も、それぞれの進路に向けて動き始めていた。

 朝の教室。

 明凛は机の上に参考書を広げ、問題を解いていた。

「……ここ、どうやるんだろう」

 小さく呟いて、もう一度問題文を読み直す。

 隣の席では、麗も問題集を開いていた。

「明凛、どこで止まった?」

「ここなんだけど……」

 明凛が問題を指さすと、麗はノートを少し寄せてくれた。

「ここは、まずこの部分を考えるといいよ」

 麗は、ひとつずつ順番に説明してくれた。

 急がせず、明凛が理解できるまで、ゆっくりと。

「……あ、わかった!」

「よかった」

 麗は、ほっとしたように笑った。

「ありがとう、神志那くん」

「ううん。一緒に頑張ろうね」

 その言葉が、明凛の心を温かくした。

 麗は、成績が優秀だった。

 星ヶ丘高校への推薦も、すでに決まっていた。

 それでも、勉強をやめることはなかった。

 推薦が決まったからといって、そこで終わりではない。

 高校に入ってからも、教師になるという夢に向かって勉強を続けていくためだった。

 明凛は、そんな麗の姿を見ていた。

 自分も、頑張らなくちゃ。

 そう思いながら、参考書に視線を戻した。

 昼休み。

 明凛は友達とお弁当を食べながら、進路の話をしていた。

「明凛、桜ヶ丘の福祉科にするんだよね?」

「うん。推薦で、専願にしたよ」

「そっか。もう決めたんだね」

「うん。福祉の勉強をしたいなって思って」

 明凛は、少し照れたように笑った。

 私立桜ヶ丘高校の福祉科。

 そこが、明凛の進みたい道だった。

 推薦で受験し、専願で桜ヶ丘高校を目指す。

 もう、気持ちは決まっていた。

 けれど、麗の進学先を思うと、胸の奥が少しだけ寂しくなった。

 麗は、私立星ヶ丘高校。

 桜ヶ丘高校よりも偏差値が高く、隣の市にある高校だった。

 しかも、麗は高校に通うため、おじいちゃんの家へ引っ越すことになっている。

 今までのように、毎日隣の席で話すことはできなくなる。

 それでも、明凛は麗の夢を応援したかった。

 放課後。

 教室に残って勉強をしていた明凛のところへ、麗がやってきた。

「明凛、まだ勉強してるの?」

「うん。推薦の日まで、ちゃんと頑張りたいから」

「そっか」

 麗は隣の席に座った。

「推薦の日、二月の上旬だったよね?」

「うん。そうだよ」

「俺も、その頃だよ」

 明凛は顔を上げた。

「神志那くんも?」

「うん。推薦は決まってるけど、試験に向けて勉強は続けてるよ」

「そっか……」

 麗は、星ヶ丘高校への推薦が決まっている。

 それでも、努力を続けている。

 明凛は、その姿を見て、改めて思った。

 麗は、夢に向かってちゃんと進んでいるんだ。

「神志那くんは、推薦が決まってても勉強するんだね」

「もちろん。高校に入ってからも、勉強は続くからね」

 麗は、問題集を開いた。

「教師になるために、星ヶ丘大学を目指したいし」

「……うん」

 明凛は、麗の横顔を見つめた。

 教師になりたい。

 星ヶ丘大学で学び、いつか高校の先生になる。

 麗が話してくれた夢。

 その夢を、明凛は大切にしたかった。

「私も、頑張るね」

「うん。明凛なら大丈夫」

 麗は、優しく笑った。

 その言葉を聞くと、明凛も頑張ろうと思えた。

 しばらく二人で勉強を続けた。

 問題を解いて、答えを確かめて、わからないところを教え合う。

 時々、目が合って笑う。

 そんな時間も、明凛にとって大切だった。

 帰り道。

 冬の空は、少しずつ夕焼けに染まっていた。

 二人は、いつものように並んで歩いていた。

「ねえ、神志那くん」

「ん?」

「星ヶ丘高校に行ったら、どんな勉強をしたい?」

 麗は、少し考えてから答えた。

「まずは高校の勉強をしっかり頑張りたいな。それから、星ヶ丘大学に進学して、教師になるための勉強をしたい」

「そっか」

「明凛は、福祉科で何を勉強したい?」

「福祉のことをいろいろ学びたいな。人の役に立てることを、少しずつ知っていきたい」

「明凛らしいね」

 麗は、穏やかに笑った。

「お互い、夢に向かって頑張ろう」

「うん」

 明凛は頷いた。

 同じ高校に行きたかった。

 毎日会える距離にいたかった。

 でも、麗には麗の夢がある。

 そして、明凛にも、自分で選んだ道がある。

 寂しさは、まだ胸の中に残っていた。

 それでも、麗の未来を応援したい。

 その気持ちは、変わらなかった。

「神志那くん」

「なに?」

「推薦の日まで、一緒に頑張ろうね」

「うん。約束」

 二人は、顔を見合わせて笑った。

 その夜。

 明凛は机に向かい、参考書を開いた。

 問題を解きながら、ふとスケッチブックに目を向ける。

 そこには、麗と一緒に見た花たちの絵があった。

 ネモフィラ。
 ひまわり。
 コスモス。
 ビオラ。

 麗と過ごした時間が、絵の中に残っている。

 明凛は、そっとスケッチブックを開いた。

 今日の麗の横顔を、小さく描き足す。

 その下に、文字を書いた。

『十二月、推薦に向けて一緒に勉強した日』

 明凛は、その文字を見つめた。

 これから、受験の日がやってくる。

 そして、卒業の日も。

 麗は星ヶ丘高校へ。
 明凛は桜ヶ丘高校の福祉科へ。

 隣の市に離れてしまっても、二人はそれぞれの夢に向かって進んでいく。

 明凛は、鉛筆を置いて、そっと微笑んだ。

「神志那くんの夢、ちゃんと応援するからね」

 冬の夜。

 机の上の参考書とスケッチブックを見つめながら、明凛はもう一度、受験勉強に向き合った。

 二月の推薦の日まで、あと少し。

 二人の夢へ向かう冬が、静かに続いていた。
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