春の月明かり

冬の約束、春を待つ君へ

一月。

冬の空気は冷たく、朝の通学路には白い息が浮かんでいた。

三年生の教室では、受験の話題が少しずつ増えていた。

桜ヶ丘高校の福祉科を専願推薦で受ける明凛にとって、二月初めの推薦入試は、もうすぐそこまで迫っていた。

机の上には、面接の練習に使うノート。
何度も書き直した志望理由が、ページいっぱいに並んでいる。

「……うまく話せるかな」

小さくつぶやくと、隣の席から声がした。

「明凛」

顔を上げると、麗がこちらを見ていた。

「面接の練習?」

「うん。志望理由、何回も読んでるんやけど、いざ話そうとすると緊張してしまって」

麗は、明凛のノートに目を落とした。

「ちゃんと考えて書いてるんやろ?」

「うん」

「なら、大丈夫。明凛が思ってることを、そのまま伝えたらいいと思う」

その言葉に、明凛は少しだけ肩の力が抜けた。

「……ありがとう、麗くん」

「いつでも聞くよ。練習したくなったら言って」

麗はいつものように、穏やかに笑った。

その笑顔を見るだけで、明凛の胸にあった不安が、ほんの少し軽くなる気がした。

***

昼休み。

明凛はノートを開き、もう一度、志望理由を確認していた。

福祉科を選んだ理由。
高校で学びたいこと。
将来、どんな人になりたいのか。

考えれば考えるほど、伝えたいことが増えていく。

「明凛、まだ勉強しよるん?」

友達が声をかけてきた。

「うん。推薦の面接があるけん」

「そっか。緊張するよね」

「うん……」

明凛が苦笑すると、友達は隣の席に目を向けた。

「でも、麗くんも受験勉強しよるし、お互い頑張れるやん」

麗は自分のノートを閉じ、こちらを見た。

「そうやね。俺も勉強せんと」

「麗くんは、もう推薦が決まっとるんやろ?」

「うん。でも、入学してから困らんように、今のうちに勉強しときたいけん」

その言葉を聞いて、明凛は小さくうなずいた。

麗は星ヶ丘高校へ進む。
その先には、星ヶ丘大学で学び、先生になるという夢がある。

同じ高校には行けない。

そう思うと、胸の奥が少しだけ寂しくなった。

それでも、麗が自分の夢に向かって進んでいることを、明凛は応援したかった。

「私も頑張るね」

「うん。一緒に頑張ろう」

麗の声が、明凛の心にやさしく響いた。

***

放課後。

窓の外は、冬の夕暮れに染まっていた。

明凛は美術部の活動を終えると、スケッチブックを抱えて教室へ戻った。

そこには、まだ勉強をしている麗の姿があった。

「麗くん、まだおったん?」

「うん。ちょっとだけ復習してた」

「私も、面接の練習しようと思って」

明凛は少し迷ってから、ノートを差し出した。

「……聞いてくれる?」

「もちろん」

麗は椅子を引き、明凛のほうを向いた。

明凛は深呼吸をして、練習を始めた。

最初は声が小さくなった。
途中で言葉に詰まり、何度も言い直した。

「ごめんね。うまく話せんかった」

明凛がうつむくと、麗は首を横に振った。

「謝らんでいいよ。ちゃんと伝わった」

「ほんと?」

「うん。明凛が福祉科で何を学びたいのか、よく分かったよ」

麗は少し考えてから、続けた。

「ゆっくり話したらいいと思う。急がんでも、明凛の気持ちは伝わるけん」

その言葉に、明凛は顔を上げた。

「……もう一回、やってみてもいい?」

「もちろん」

今度は、さっきよりも落ち着いて話すことができた。

最後まで言い終えると、麗がやさしくうなずいた。

「うん。今の、よかったよ」

明凛の頬が、ほんのり赤くなる。

「麗くんに聞いてもらうと、安心する」

言ってから、少し恥ずかしくなった。

けれど、麗は笑わなかった。

「俺も、明凛が頑張ってるのを見ると、頑張ろうって思うよ」

その言葉が、胸の奥にそっと落ちた。

***

帰り道。

二人は、冬の風が吹く通学路を並んで歩いていた。

街路樹の枝には、まだ花は咲いていない。
けれど、春が近づけば、きっと新しい景色が広がる。

「麗くん」

「ん?」

「高校が別々になるの、やっぱりちょっと寂しいね」

口にすると、胸の奥にしまっていた気持ちが、少しだけあふれた。

麗は歩く速さをゆるめた。

「……うん。俺も寂しいよ」

明凛は驚いて、麗を見た。

「ほんと?」

「ほんと」

麗はまっすぐに明凛を見つめた。

「でも、別々の高校に行っても、会えんくなるわけじゃないけん」

「うん……」

「それぞれの場所で頑張って、また一緒に花を見に行こう」

明凛は、胸の前でスケッチブックをぎゅっと抱きしめた。

「約束ね」

「うん。約束」

二人は、そっと笑い合った。

***

家に帰ると、明凛は机に向かった。

今日、麗に聞いてもらった面接の練習。
一緒に歩いた帰り道。
そして、春になったらまた花を見に行こうと交わした約束。

忘れたくない気持ちを、スケッチブックに描き留める。

ページの隅には、冬の枝と、まだ咲いていない小さなつぼみ。

その横に、明凛はゆっくりと言葉を書いた。

『春になったら、また一緒に花を見ようね』

書き終えると、自然と笑顔になった。

二月の推薦入試。
その先に待つ、高校生活。

不安もある。
寂しさもある。

それでも、麗と交わした約束が、明凛の心をあたためてくれていた。

冬の夜空に、月が静かに浮かんでいる。

明凛は窓の外を見つめ、小さくつぶやいた。

「麗くんと一緒に、春を迎えられますように」

春は、少しずつ近づいていた。
< 23 / 29 >

この作品をシェア

pagetop