春の月明かり

春を待つ、君の合格

二月。

朝の空気は、まだ冬の冷たさを残していた。

明凛は制服に袖を通し、鏡の前で深呼吸をした。

今日は、桜ヶ丘高校の推薦入試。

何度も練習した面接。
何度も読み返した志望理由。
それでも、胸の奥では緊張が大きくなっていた。

「大丈夫……」

自分に言い聞かせるようにつぶやき、明凛は鞄を持った。

玄関を出ると、冬の風が頬をなでた。

***

学校へ向かう途中、スマートフォンが震えた。

麗からのメッセージだった。

『今日、頑張ってね。明凛なら大丈夫』

短い言葉。

けれど、何度も読み返してしまう。

明凛は少し笑って、返信した。

『ありがとう。頑張ってくるね』

そして、もう一度だけ画面を見つめてから、歩き出した。

***

桜ヶ丘高校に着くと、同じように緊張した表情の受験生たちがいた。

受付を済ませ、案内された場所で待つ。

手のひらが少し冷たい。

面接の順番が近づくにつれて、心臓の音が大きく聞こえる気がした。

けれど、明凛はノートに書いた言葉を思い出した。

福祉科で学びたいこと。
高校生活で頑張りたいこと。
自分が大切にしたい気持ち。

麗に練習を聞いてもらった日のことも、思い出した。

『急がんでも、明凛の気持ちは伝わるけん』

その声が、心の中で聞こえた気がした。

名前を呼ばれる。

明凛は立ち上がり、面接室へ向かった。

***

面接を終えたころには、外の空が少し明るくなっていた。

緊張がほどけて、明凛は大きく息を吐いた。

「……終わった」

うまく話せたところも、少し言葉に詰まったところもあった。

それでも、最後まで自分の言葉で伝えられた。

帰り道、明凛は麗にメッセージを送った。

『面接、終わったよ』

すぐに返信が届いた。

『お疲れさま。よく頑張ったね』

その言葉を見て、明凛の胸がじんわりとあたたかくなった。

***

翌日。

教室で麗と顔を合わせると、彼はいつもの穏やかな笑顔を見せた。

「明凛、お疲れさま」

「ありがとう。やっと終わったよ」

「緊張した?」

「すごく。待ってる時間が特に……」

明凛が苦笑すると、麗はうなずいた。

「でも、ちゃんと終わったんやね」

「うん。自分の言葉で話せたと思う」

「それなら、よかった」

麗はそう言って、明凛の顔を見た。

「結果が出るまで、落ち着かんかもしれんけど、今は少し休んでね」

「うん。麗くんも勉強、頑張ってね」

「ありがとう。俺も頑張るよ」

二人は、それぞれの進路に向かって歩いていた。

同じ教室で過ごせる時間は、少しずつ残り少なくなっている。

だからこそ、何気ない会話が、明凛には大切に思えた。

***

合格発表の日。

明凛は朝から落ち着かなかった。

結果を確認する時間が近づくにつれて、何度も時計を見てしまう。

そして、ついに結果を確認した。

そこにあったのは――

合格の文字。

「……受かった」

声が、少し震えた。

胸の奥にあった不安が、ゆっくりほどけていく。

何度も確認してから、明凛は麗にメッセージを送った。

『麗くん、合格したよ!』

返事はすぐに届いた。

『おめでとう、明凛!』

続けて、もう一通。

『本当に頑張ったね』

明凛はスマートフォンを胸に抱きしめた。

うれしくて、安心して、涙が出そうだった。

***

次の日。

教室で会った麗は、明凛を見るなり笑顔になった。

「改めて、おめでとう」

「ありがとう、麗くん」

「これで、少し安心できるね」

「うん。でも、麗くんはこれからも勉強するんよね」

「うん。星ヶ丘高校に行って、その先の夢も叶えたいけん」

麗の夢。

先生になること。
星ヶ丘大学で学ぶこと。
いつか高校で教えること。

明凛は、その夢を知っている。

そして、その夢を応援したいと思っている。

「麗くんなら、きっと頑張れるよ」

そう伝えると、麗は少し照れたように笑った。

「ありがとう。明凛にそう言ってもらえるとうれしい」

***

放課後。

二人は校庭の花壇のそばを歩いていた。

冬の花壇には、ビオラが咲いている。

紫、黄色、白。
小さな花たちが、冷たい風の中で揺れていた。

明凛はスケッチブックを開いた。

「このビオラ、描いてもいい?」

「もちろん」

麗は花壇のそばにしゃがみ、花をそっと見つめた。

明凛は、花と麗の横顔を描き始めた。

「麗くん」

「ん?」

「私、合格できてよかった」

「うん」

「でも、春になったら、今みたいに隣の席で話せんくなるんやね」

言葉にすると、少し寂しくなった。

麗は花壇を見つめたまま、静かに答えた。

「そうやね。でも、これからも会えるよ」

「うん」

「春になったら、また一緒に花を見に行こう」

明凛は顔を上げた。

「約束?」

「約束」

麗が笑う。

その笑顔を見て、明凛も笑った。

***

帰宅してから、明凛はスケッチブックを開いた。

今日描いたビオラ。
合格を知ったときの気持ち。
麗と交わした、春の約束。

ページの隅に、ゆっくりと言葉を書き添える。

『桜ヶ丘高校、合格。
そして、春になったら君と花を見に行く約束』

書き終えた明凛は、窓の外を見つめた。

まだ寒い日が続いている。

けれど、冬の花壇には、春を待つ花が咲いていた。

それぞれの高校へ進む日が、少しずつ近づいている。

寂しさはある。

それでも、明凛は思った。

麗の夢を応援したい。
自分も、自分の場所で頑張りたい。

そして、これからも一緒に花を見たい。

春は、もうすぐそこまで来ていた。
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