春の月明かり

卒業まで、あと少し

二月の終わり。

桜ヶ丘高校への合格が決まってから、明凛の毎日は少しずつ落ち着いていた。

けれど、教室の空気はまだ受験の緊張に包まれている。

麗が目指す星ヶ丘高校の入学に向けて、明凛は隣の席から応援していた。

「麗くん、今日も勉強するん?」

昼休み、明凛が尋ねると、麗はノートを開きながらうなずいた。

「うん。推薦は決まっとるけど、入学してから困らんようにね」

「そっか。麗くんらしいね」

「明凛は、もう少しゆっくりしてもいいんやない?」

「うん。でも、麗くんが頑張りよるの見たら、私も頑張ろうって思うんよ」

麗は少し照れたように笑った。

「じゃあ、お互い頑張ろう」

「うん」

その短いやり取りが、明凛にはうれしかった。

***

放課後。

美術部の活動を終えた明凛は、スケッチブックを抱えて校庭へ向かった。

花壇には、冬の間から咲いているビオラが揺れていた。

紫色の花びら。
黄色の花びら。
白くて小さな花。

そのそばで、麗が花壇の手入れをしていた。

「麗くん」

声をかけると、麗が振り返った。

「明凛。部活終わったん?」

「うん。ビオラ、まだきれいに咲いちょるね」

「そうやね。寒い時期も咲いてくれるけん、うれしいよ」

明凛は花壇の前にしゃがみ、スケッチブックを開いた。

「今日も描いていい?」

「もちろん」

鉛筆を動かしながら、明凛はふと思った。

こうして麗と花を見られる時間も、あと少しなのだ。

卒業すれば、毎日隣の席で話すことはできなくなる。

そう考えると、胸の奥が少し寂しくなった。

「……麗くん」

「ん?」

「卒業したら、こうやって一緒に花を見る時間、少なくなるんかな」

麗は少し考えてから答えた。

「今みたいに毎日は難しくなるかもしれんね。でも、会えんくなるわけじゃないよ」

「うん」

「また時間が合うとき、一緒に見に行こう」

明凛は顔を上げた。

「ほんと?」

「うん。約束」

その言葉に、明凛の心が少しあたたかくなった。

「じゃあ、春の花も一緒に見たいな」

「いいね。どんな花が咲くか、楽しみやね」

***

数日後。

教室では、卒業に向けた準備が始まっていた。

黒板には、卒業までの日数が書かれている。

その数字を見るたびに、明凛は少し不思議な気持ちになった。

入学したころは、卒業なんてずっと先のことだと思っていた。

麗と隣の席になって、花の話をして、スケッチを見せ合って。

気づけば、二人で過ごした時間が、たくさんの思い出になっていた。

「明凛、これ見て」

麗がノートを少しこちらへ向けた。

そこには、星ヶ丘高校へ進んだ後の目標が書かれていた。

「高校で頑張りたいこと、まとめよるん?」

「うん。大学に進んで先生になるためにも、今から考えとこうと思って」

明凛は、その文字を見つめた。

麗の夢は、ずっと変わらない。

花を大切に育てるように、自分の未来も少しずつ育てている。

「麗くんの夢、応援しちょるけんね」

「ありがとう、明凛」

麗はまっすぐに明凛を見た。

「明凛も、桜ヶ丘高校で頑張ってね」

「うん。私も頑張る」

二人は笑い合った。

***

ある日の帰り道。

冬の風が少しやわらぎ、空には春の気配が感じられた。

明凛と麗は、いつもの通学路を並んで歩いていた。

「もうすぐ卒業やね」

明凛が言うと、麗はうなずいた。

「うん。早かったね」

「隣の席になったとき、こんなに仲良くなると思わんかった」

「俺も」

麗は少し笑った。

「明凛の絵を見せてもらうの、楽しみやったけん」

「……私も、麗くんを描くの好きやったよ」

言ってから、明凛は少し恥ずかしくなった。

麗は穏やかな表情で答えた。

「これからも、描いてくれたらうれしい」

「うん。描くね」

その約束を、明凛は心の中に大切にしまった。

***

家に帰ると、明凛はスケッチブックを開いた。

今日の帰り道。
麗の横顔。
少しずつ近づく春。

一つひとつを思い出しながら、鉛筆を動かしていく。

ページの下には、こう書いた。

『卒業まで、あと少し。
離れても、君の夢を応援したい』

明凛は、描き終えた絵を見つめた。

桜ヶ丘高校と星ヶ丘高校。

進む道は違っても、麗を大切に思う気持ちは変わらない。

そして、二人で交わした約束も。

春になったら、また一緒に花を見よう。

明凛は窓の外を見上げた。

冬の空の向こうに、もうすぐ春が待っている。

卒業の日まで、あと少し。

明凛は、麗と過ごす残りの時間を、一日ずつ大切にしていこうと思った。
< 25 / 29 >

この作品をシェア

pagetop