春の月明かり
君の優しさに気づいた日
夏休みのある日。
明凛は、はーちゃんと一緒に出かけていた。
空は明るく、夏の風が吹いている。
「ねえ、明凛ちゃん!」
はーちゃんが、明凛の服の裾を引っ張った。
「どうしたの?」
「はーちゃん、お花を見に行きたい!」
「お花?」
「うん! きれいなお花が見たいの!」
はーちゃんは、そう言って明凛の手をぎゅっと握った。
「ねえ、行こうよ!」
「えっと……はーちゃん、どこのお花を見に行きたいの?」
「わかんない! でも、お花が見たいの!」
はーちゃんは頬をふくらませた。
「今すぐ行きたい!」
「うーん……」
明凛は困ってしまった。
お花を見に行きたいという気持ちはわかる。
けれど、どこへ連れていけばいいのだろう。
そんなとき、近くにいた麗が声をかけた。
「どうしたの?」
「はーちゃんが、お花を見に行きたいって」
明凛がそう答えると、麗ははーちゃんのほうを見た。
「お花を見たいんだね」
「うん!」
はーちゃんは、嬉しそうにうなずいた。
「いっぱい咲いてるお花がいい!」
「そっかあ」
麗は少し考えてから、明凛に目を向けた。
「学校の花壇に行ってみない?」
「学校の花壇?」
「うん。今、咲いている花もあると思うよ」
明凛は、はっとした。
そういえば、麗はいつも学校の花壇のお世話をしている。
花のことなら、麗がよく知っているはずだった。
「はーちゃん、学校の花壇に行ってみる?」
明凛が尋ねると、はーちゃんはぱっと顔を明るくした。
「行く!」
「じゃあ、行こうか」
麗が優しく笑った。
明凛は、ほっと胸をなでおろした。
「神志那くん、ありがとう」
「ううん。お花、見たいんだもんね」
麗は、はーちゃんに向かって微笑んだ。
「じゃあ、どんなお花があるか、一緒に見に行こう」
「うん!」
はーちゃんは、嬉しそうに返事をした。
学校の花壇に着くと、はーちゃんは目を輝かせた。
「わあ! お花!」
花壇には、色とりどりの花が咲いていた。
夏の日差しを浴びて、葉っぱがきらきらと光っている。
風が吹くたびに、花が小さく揺れた。
「きれい!」
はーちゃんは、花壇の前に駆け寄った。
「ねえ、麗くん! このお花、なあに?」
麗は、はーちゃんの隣にしゃがんだ。
「これはね、ひまわりだよ」
「ひまわり!」
はーちゃんは、花を見上げた。
「おっきいね!」
「うん。太陽みたいに大きくて、黄色い花が咲くんだよ」
麗は、ひまわりを傷つけないように気をつけながら、そっと指をさした。
「真ん中のところには、小さな花がたくさん集まっているんだ」
「ちっちゃいお花がいっぱい?」
「そうだよ。ひまわりって、一つの大きな花に見えるけど、よく見ると小さな花がたくさん集まっているんだ」
「すごーい!」
はーちゃんは、目を丸くした。
「じゃあ、こっちは?」
今度は、少し離れた花を指さした。
「これはね、マリーゴールドだよ」
「まりーごーるど?」
「うん。黄色やオレンジ色の花が咲くんだ。花びらがたくさん重なっているでしょ?」
はーちゃんは、花をじっと見つめた。
「ほんとだ!」
「きれいだね」
麗がそう言うと、はーちゃんは嬉しそうにうなずいた。
「ねえ、麗くん!」
「ん?」
「お花って、どうやって大きくなるの?」
麗は、少し考えるようにしてから答えた。
「種から育つ花もあるし、苗から育てる花もあるよ」
「たね?」
「うん。ひまわりも、種から育てられるんだよ」
麗は、はーちゃんにもわかるように、ゆっくり説明した。
「最初は小さな種なんだけど、土に植えてお水をあげると、芽が出てくるんだ」
「め?」
「そう。土の中から、ちょこんって小さな葉っぱが出てくるんだよ」
麗は、指先で小さな芽の形を作った。
「そこから少しずつ葉っぱが増えて、大きくなっていくんだ」
「それで、お花が咲くの?」
「そうだよ。毎日お世話をして、花が咲くのを待つんだ」
「すごいね!」
はーちゃんは、ひまわりを見上げた。
「はーちゃんも、お花を育てたい!」
「いいね」
麗は優しく笑った。
「いつか一緒に育ててみようか」
「ほんと?」
「うん。種を植えて、お水をあげてね。大切に育てたら、きっときれいな花が咲くよ」
「やったあ!」
はーちゃんは、嬉しそうに両手を上げた。
「はーちゃん、毎日お水あげる!」
「うん。でも、お水はあげすぎてもよくないから、土の様子を見ながらね」
「つち?」
「そう。お花が元気かどうか、葉っぱや土を見てあげるんだよ」
麗は、花壇の土をそっと指さした。
「お花も、生きているからね」
はーちゃんは、真剣な顔でうなずいた。
「お花も生きてるんだね」
「そうだよ」
麗は、はーちゃんの頭を優しくなでた。
「だから、大切にしてあげようね」
「うん!」
明凛は、二人の様子を少し離れたところから見ていた。
麗が花のことを話すときの、楽しそうな表情。
はーちゃんにもわかるように、ひとつひとつ丁寧に説明する声。
そして、はーちゃんが嬉しそうに笑うと、麗も同じように笑う姿。
明凛は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
神志那くんって、やっぱり優しい。
花のことを大切にしているのは、知っていた。
小さな種から芽が出て、花が咲くまでの時間を大切にしていることも。
花の写真を撮って、思い出を残していることも。
明凛の描いた絵を、優しい目で見てくれることも。
今まで、何度も見てきた。
でも、はーちゃんに向ける麗の優しさを見ていると、胸の奥が少しだけきゅっとなった。
もっと、麗のことを知りたい。
もっと、麗の笑顔を見ていたい。
そして、できることなら。
その笑顔を、自分にも向けてほしい。
明凛は、そっと胸元に手を当てた。
「……あ」
小さな声が、こぼれた。
今まで、どうして気づかなかったのだろう。
麗と話せるだけで嬉しかったこと。
隣の席にいると、つい目で追ってしまうこと。
麗が自分の絵を褒めてくれると、何度も思い出してしまうこと。
一緒に花を見に行く約束をすると、次の日が待ち遠しくなること。
全部、同じ気持ちから生まれていたのかもしれない。
明凛は、もう一度麗を見つめた。
「麗くん、またお花を見に来たい!」
はーちゃんが、花壇の前で声を上げた。
「うん。また来ようね」
麗は、はーちゃんに優しく笑いかけた。
その笑顔を見た瞬間、明凛の胸がまた温かくなった。
ああ、そうなんだ。
私は――。
「神志那くんのことが、好きなんだ」
声には出さなかった。
けれど、自分の心の中では、はっきりと聞こえた。
明凛は、少しだけ頬を赤くした。
今まで、麗と一緒に花を見たり、絵を描いたりする時間が好きだった。
でも、その時間が好きなのは、花がきれいだからだけじゃない。
隣にいるのが、麗だから。
麗と一緒にいると、いつもの景色まで特別に見えるから。
明凛は、そっと笑った。
自分の気持ちに気づいたら、今までと同じ景色なのに、少し違って見えた。
花壇に咲くひまわりも。
はーちゃんに優しく笑いかける麗の横顔も。
全部が、いつもより大切に思えた。
「明凛?」
麗がこちらを振り向いた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
明凛は慌てて首を横に振った。
「ただ……神志那くんって、優しいなって思って」
麗は少し驚いたあと、照れたように笑った。
「そうかな」
「うん」
明凛は、今度はちゃんと麗の目を見て答えた。
「すごく、優しいと思う」
麗は、少しだけ照れくさそうに視線をそらした。
「花のことなら、いくらでも話せるからね」
「ふふっ。そうだね」
明凛は笑った。
好きになったことに気づいたばかりなのに。
もう少しだけ、麗の隣にいたいと思ってしまう。
もっと話したい。
もっと一緒に花を見たい。
そして、いつか。
自分の気持ちを、ちゃんと伝えられたらいいな。
明凛は、心の中で小さくつぶやいた。
神志那くん。
私、君のことが好きなんだね。
花壇を渡る夏の風が、ひまわりの葉をそっと揺らした。
その日、明凛の胸の中にも、ひとつの花がそっと咲き始めていた。
明凛は、はーちゃんと一緒に出かけていた。
空は明るく、夏の風が吹いている。
「ねえ、明凛ちゃん!」
はーちゃんが、明凛の服の裾を引っ張った。
「どうしたの?」
「はーちゃん、お花を見に行きたい!」
「お花?」
「うん! きれいなお花が見たいの!」
はーちゃんは、そう言って明凛の手をぎゅっと握った。
「ねえ、行こうよ!」
「えっと……はーちゃん、どこのお花を見に行きたいの?」
「わかんない! でも、お花が見たいの!」
はーちゃんは頬をふくらませた。
「今すぐ行きたい!」
「うーん……」
明凛は困ってしまった。
お花を見に行きたいという気持ちはわかる。
けれど、どこへ連れていけばいいのだろう。
そんなとき、近くにいた麗が声をかけた。
「どうしたの?」
「はーちゃんが、お花を見に行きたいって」
明凛がそう答えると、麗ははーちゃんのほうを見た。
「お花を見たいんだね」
「うん!」
はーちゃんは、嬉しそうにうなずいた。
「いっぱい咲いてるお花がいい!」
「そっかあ」
麗は少し考えてから、明凛に目を向けた。
「学校の花壇に行ってみない?」
「学校の花壇?」
「うん。今、咲いている花もあると思うよ」
明凛は、はっとした。
そういえば、麗はいつも学校の花壇のお世話をしている。
花のことなら、麗がよく知っているはずだった。
「はーちゃん、学校の花壇に行ってみる?」
明凛が尋ねると、はーちゃんはぱっと顔を明るくした。
「行く!」
「じゃあ、行こうか」
麗が優しく笑った。
明凛は、ほっと胸をなでおろした。
「神志那くん、ありがとう」
「ううん。お花、見たいんだもんね」
麗は、はーちゃんに向かって微笑んだ。
「じゃあ、どんなお花があるか、一緒に見に行こう」
「うん!」
はーちゃんは、嬉しそうに返事をした。
学校の花壇に着くと、はーちゃんは目を輝かせた。
「わあ! お花!」
花壇には、色とりどりの花が咲いていた。
夏の日差しを浴びて、葉っぱがきらきらと光っている。
風が吹くたびに、花が小さく揺れた。
「きれい!」
はーちゃんは、花壇の前に駆け寄った。
「ねえ、麗くん! このお花、なあに?」
麗は、はーちゃんの隣にしゃがんだ。
「これはね、ひまわりだよ」
「ひまわり!」
はーちゃんは、花を見上げた。
「おっきいね!」
「うん。太陽みたいに大きくて、黄色い花が咲くんだよ」
麗は、ひまわりを傷つけないように気をつけながら、そっと指をさした。
「真ん中のところには、小さな花がたくさん集まっているんだ」
「ちっちゃいお花がいっぱい?」
「そうだよ。ひまわりって、一つの大きな花に見えるけど、よく見ると小さな花がたくさん集まっているんだ」
「すごーい!」
はーちゃんは、目を丸くした。
「じゃあ、こっちは?」
今度は、少し離れた花を指さした。
「これはね、マリーゴールドだよ」
「まりーごーるど?」
「うん。黄色やオレンジ色の花が咲くんだ。花びらがたくさん重なっているでしょ?」
はーちゃんは、花をじっと見つめた。
「ほんとだ!」
「きれいだね」
麗がそう言うと、はーちゃんは嬉しそうにうなずいた。
「ねえ、麗くん!」
「ん?」
「お花って、どうやって大きくなるの?」
麗は、少し考えるようにしてから答えた。
「種から育つ花もあるし、苗から育てる花もあるよ」
「たね?」
「うん。ひまわりも、種から育てられるんだよ」
麗は、はーちゃんにもわかるように、ゆっくり説明した。
「最初は小さな種なんだけど、土に植えてお水をあげると、芽が出てくるんだ」
「め?」
「そう。土の中から、ちょこんって小さな葉っぱが出てくるんだよ」
麗は、指先で小さな芽の形を作った。
「そこから少しずつ葉っぱが増えて、大きくなっていくんだ」
「それで、お花が咲くの?」
「そうだよ。毎日お世話をして、花が咲くのを待つんだ」
「すごいね!」
はーちゃんは、ひまわりを見上げた。
「はーちゃんも、お花を育てたい!」
「いいね」
麗は優しく笑った。
「いつか一緒に育ててみようか」
「ほんと?」
「うん。種を植えて、お水をあげてね。大切に育てたら、きっときれいな花が咲くよ」
「やったあ!」
はーちゃんは、嬉しそうに両手を上げた。
「はーちゃん、毎日お水あげる!」
「うん。でも、お水はあげすぎてもよくないから、土の様子を見ながらね」
「つち?」
「そう。お花が元気かどうか、葉っぱや土を見てあげるんだよ」
麗は、花壇の土をそっと指さした。
「お花も、生きているからね」
はーちゃんは、真剣な顔でうなずいた。
「お花も生きてるんだね」
「そうだよ」
麗は、はーちゃんの頭を優しくなでた。
「だから、大切にしてあげようね」
「うん!」
明凛は、二人の様子を少し離れたところから見ていた。
麗が花のことを話すときの、楽しそうな表情。
はーちゃんにもわかるように、ひとつひとつ丁寧に説明する声。
そして、はーちゃんが嬉しそうに笑うと、麗も同じように笑う姿。
明凛は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
神志那くんって、やっぱり優しい。
花のことを大切にしているのは、知っていた。
小さな種から芽が出て、花が咲くまでの時間を大切にしていることも。
花の写真を撮って、思い出を残していることも。
明凛の描いた絵を、優しい目で見てくれることも。
今まで、何度も見てきた。
でも、はーちゃんに向ける麗の優しさを見ていると、胸の奥が少しだけきゅっとなった。
もっと、麗のことを知りたい。
もっと、麗の笑顔を見ていたい。
そして、できることなら。
その笑顔を、自分にも向けてほしい。
明凛は、そっと胸元に手を当てた。
「……あ」
小さな声が、こぼれた。
今まで、どうして気づかなかったのだろう。
麗と話せるだけで嬉しかったこと。
隣の席にいると、つい目で追ってしまうこと。
麗が自分の絵を褒めてくれると、何度も思い出してしまうこと。
一緒に花を見に行く約束をすると、次の日が待ち遠しくなること。
全部、同じ気持ちから生まれていたのかもしれない。
明凛は、もう一度麗を見つめた。
「麗くん、またお花を見に来たい!」
はーちゃんが、花壇の前で声を上げた。
「うん。また来ようね」
麗は、はーちゃんに優しく笑いかけた。
その笑顔を見た瞬間、明凛の胸がまた温かくなった。
ああ、そうなんだ。
私は――。
「神志那くんのことが、好きなんだ」
声には出さなかった。
けれど、自分の心の中では、はっきりと聞こえた。
明凛は、少しだけ頬を赤くした。
今まで、麗と一緒に花を見たり、絵を描いたりする時間が好きだった。
でも、その時間が好きなのは、花がきれいだからだけじゃない。
隣にいるのが、麗だから。
麗と一緒にいると、いつもの景色まで特別に見えるから。
明凛は、そっと笑った。
自分の気持ちに気づいたら、今までと同じ景色なのに、少し違って見えた。
花壇に咲くひまわりも。
はーちゃんに優しく笑いかける麗の横顔も。
全部が、いつもより大切に思えた。
「明凛?」
麗がこちらを振り向いた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
明凛は慌てて首を横に振った。
「ただ……神志那くんって、優しいなって思って」
麗は少し驚いたあと、照れたように笑った。
「そうかな」
「うん」
明凛は、今度はちゃんと麗の目を見て答えた。
「すごく、優しいと思う」
麗は、少しだけ照れくさそうに視線をそらした。
「花のことなら、いくらでも話せるからね」
「ふふっ。そうだね」
明凛は笑った。
好きになったことに気づいたばかりなのに。
もう少しだけ、麗の隣にいたいと思ってしまう。
もっと話したい。
もっと一緒に花を見たい。
そして、いつか。
自分の気持ちを、ちゃんと伝えられたらいいな。
明凛は、心の中で小さくつぶやいた。
神志那くん。
私、君のことが好きなんだね。
花壇を渡る夏の風が、ひまわりの葉をそっと揺らした。
その日、明凛の胸の中にも、ひとつの花がそっと咲き始めていた。