その青は沈む
 コの字になった受付前で、彼女の右側に僕がいる。そして、彼女の目の前のカウンターに、彼は両手を置いた。右手には煙草を持って、左手は指を伸ばしている。多分、いや、確信犯だ。僕に見えるように置いている。

 彼は何食わぬ顔をして、彼女が見てる雑誌を覗き込んでいる。そしたら、少しして、彼が言った。

「それ、着るのか……?」

 思いっきり吹き出しそうになって、咳をしてごまかした。すごく動揺してるのに、真面目そうな顔してるから、何度か吹き出しそうになった。それなのに……。

「はい。夏なので」と彼女はとても普通に言った。

『もうだめだ……』と思って、「先に部屋いこうかな」と明るく言ってから、逃げるように個室へ行った。

 そこでも笑いそうになったけど、なんとか我慢していたら、彼が部屋に入ってきて、すぐ目が合った。咳をしてごまかしたけど、多分、睨まれたみたい。気にしないけど、からかってやろうと思った。

 けど、先に彼から目を向けられたから、すぐに逸らして、違う話題に切り替えた。

「柚月ちゃんとはどう? うまく暮らしてるの?」そう言うと、彼は僕を一瞥して、テーブルの上の紙を見たままでいた。

「別に、今まで通りだ」

「海行くの?」と聞いたら、黙った。『そこは言わないんだ……』と思ったけど、多分、僕に知られるのが嫌な気がする。どうせあとで、彼女から僕に連絡が来るに決まってる。三人で行くのは僕も嫌だけど、彼女に誘われたら行くに決まってる。

「僕も水着買おうかなぁ、鍛えてるし」少し胸を張って言った。

 そしたら、彼は少し鼻息を吹いて、「取り敢えず、歌詞考えろ」と言って、頬杖をついた。しかも左手で、僕に見せつけるようにしている。こいつ、絶対僕のことを挑発している。その手には乗らないぞと思って、思い出したことを言った。

「夕方になったら、食事に誘おうかなぁ。たしか、佐伯、夕方から打ち合わせ、だったよね?」
 ここへ来る前に、珍しく彼から連絡が来て、『今日は夕方から打ち合わせがある。早めに来るなら来い』とだけ言って切られたけど、こんなところで役に立つとは思わなかった。

「いいんじゃない」彼は普通に言ってから、煙草を吸って、万年筆を手にした。

 さっきまで余裕なんてなかったくせに、仕事になるとすぐ変わる。切り替えスイッチでもあるんじゃないかと思ったけど、多分、僕には見えないところにありそうだ。
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