ふたりぐらし ~好きがわからなかったあたしと、一途なあなた~

第2章 埋まる予定―心の平熱―


季節は一つ進み、秋の涼しさを感じられるようになった頃。
土曜日の午後、なおはあきくんとともに街を歩いていた。
「プランナーさんってどんな人なんだろうね。
 実際に何するのかわかんないけど楽しみ」
「プランナーっていうくらいだし、色々計画立てる手伝いしてくれるんじゃね?」
試食会などのイベントを巡り、二人が決めたのはチャペルの正面が全面ガラス張りで、そこから青空と海が見える、少し都心から離れたエリアだった。
白と青で構成されたチャペルは、別世界のような美しさだった。
バージンロードを歩くだけで、空へと向かうような、そんな会場。
雨が降ったら魅力半減かと思いきや、雨が覆い尽くすチャペルもまた素敵なのだとスタッフが写真を差し出してきた。
なるほど、もやの中に浮かび立つように見えるチャペルも別の魅力で素敵だった。
隣に併設された披露宴会場や、ゲストの宿泊対応も可能なホテル、小さな甥っ子姪っ子たちへの設備も完備していた。
あきくんの方を見ると、一つ頷いてくれたので、そのままそこに決定した。
会場に併設された打ち合わせサロンへと向かいながら、ぎゅっと彼の手を握りしめる。
今日も黒ベースの服装にお揃いのピアス。
彼の左手に指を絡めながら、結婚指輪の感触を確かめる。
この人は自分の夫であると実感すると、足取りも軽くなる。
引っ張るように歩きながら、会場へと着いた。

通された部屋で、たくさんのアルバムを渡された。
ドレスの写真がぎっしりと並ぶそれを、ぺらぺらとめくっていく。
ベースの代金の中に含まれているドレスだけでも凄い数で、この中から選ぶの?と若干面倒になってきていた。
どれも同じように見えてきたなと思っていたら、あきくんにもそれが伝わっていたらしく小さな声で「違い、わかるか?」と聞かれた。
首を振ると、だよなという肯定。
「ドレスは皆さん結構悩まれますから、今日決めようとかじゃなくて、何度か見て選んで大丈夫ですよ。
 今日試着もできるので、パターンの大きく違うものをいくつか選んで着替えてみてから方向性を決めて行かれてはいかがでしょうか?」
プランナーさんの言葉に、二人とも頷く。
「ちなみに、タキシードはこちらですね。
 タキシードは一度でぱっと選ばれる方と、ドレスよりも迷われる方の二極なイメージです」
その言葉に、なんでもいいと言っている男性の姿が透けて見えて、なおは笑った。
「あきくん真っ白のタキシードもあるよ」
「……いや、俺には絶対似合わないやつだろそれ」
笑うなおに、あきくんが苦笑する。
「せっかくですし、白も銀も、色々ありますから試着して決められてください」
その一言で、なおは面白がって白を混ぜた。

ドレスに袖を通すと、まるで別人になったようだった。
ドレス用の下着は身体を締め上げ、スカート部分は鳥かごを履いているようだった。
煌びやかな裏側は、こんななのかと思いながら、スタッフが背中のヒモを締めていくのを待つ。
鏡の中の自分は、特別ヘアメイクもしていないのにどこか自分ではなくなったようだった。
アクセサリーも、見本用の真珠が渡され、黒ピアスは外した。
カーテンを引き、着替えた彼と対面する。
見慣れないタキシードを着た彼は、どこか緊張したような落ち着かない表情だった。
「うわ、あきくん白タキシードやっぱり似合わないね」
「……だから言っただろ!」
なおの言葉に、少し頬を染めて言い返す。
「え、そんなことないですよ。
 かっこよくて素敵です!」
スタッフさんの言葉に、こちらを見ていた別のスタッフも頷く。
照れたように頭を下げるあきくんの視線を引き留めるように、タキシードの袖を掴む。
「……さっきからちゃんと見てくれないけど、あたしは?」
あきくんの目がなおを捉えると、少しだけ左右に揺れた。
彼の照れを明確に感じながらも、はっきりと言葉にして欲しくて甘える。
「……きれいだよ。
 なおが、なおじゃないみたい」
「最後の一言は余計なんだけど」

その後もいくつかドレスとタキシードを試着した。
試着するたびに、スマートフォンをスタッフに渡して写真を撮って貰う。
記録された二人並ぶ姿に口角が上がる。
結婚式の準備が具体化して進んでいくほど、なおは心が落ち着いて行くのを感じた。


ドレス試着の後は、呼ばれていた日高家へと向かう。
あきくんがただいまと声を掛けると、嬉しそうに彼の母が出迎える。
中学からの顔見知りのなおも、特に気負うこと無く挨拶をする。
「こんばんは、お邪魔します」
「あら、なおちゃんもただいまでいいのよ。
 とっくにうちの娘なんだから、リラックスしてちょうだい」
新婚当初、今の家が決まるまで同居していたこともあり、懐かしさすらあった。
リビングに通されると、さっそく結婚式の話へとなった。
冠婚葬祭でしか親戚が集まらないという彼の家は、誰を呼ぶかを検討しているようだった。
知らない親戚の名前と思い出話に、話に入れずになおが黙っていると、それを察したのか冬真がドレスの写真見せてよと声を掛けてきた。
スマートフォンを操作して渡すと、冬真は爆笑した。
「兄貴、白いタキシードとか着せられてんのかよ!
 似合わねぇ!」
「ちょ、なお!
 何でも見せるな!」
慌てるあきくんがおかしい。
笑いながら冬真が写真をスクロールしていく。
「兄貴に似合っているのはやっぱり黒系?
 いやー白は面白かった。
 ……なおは何でもそれなりに似合うのな。
 正直、どれ選んでも失敗しなさそう」
冬真がスクロールしながら、写真を見てそして慌てて突き返してきた。
何にそんなに慌てているんだろうと思ってみたら、いつ撮ったかも覚えていない眠るあきくんの隠し撮りだった。
内緒ねというジェスチャーをすると、冬真も少し頬を染めながら頷く。
「二人楽しそうね。
 私も千秋となおちゃんの写真見たいわ」
恥ずかしがるあきくんを無視して、写真を見せた。
彼の母も白タキシードにつっこみ、そして二人が幸せそうで良かったと安心した笑みを浮かべた。
結婚式を進めるのは間違っていないんだなという思いが、静かに募っていった。


家に帰ると、あきくんがスマートフォンを見ながらにやにやしていた。
今日の写真かなと思って覗いたら、先月生まれたばかりのまなのところの双子の写真だった。
「可愛すぎるだろ……!」と全力で今回も伯父バカを発揮する。
家族を大事に扱ってくれることは嬉しいのに、なにかがもやもやする。
なおはぎゅっと彼の腕を抱きしめた。
不思議そうな顔をしながら、あきくんがなおの顔を覗き込む。
どうしたと問いたそうな彼の言葉を、キスで封じ込めた。
そのまま、なお主導で深くなるキス。
なんでこんな必死なのかわからないまま、思考の境界線は溶けていった。


日曜日、なおはリビングの片隅で電話していた。
相手はゆめ。
テレビ電話で伺える甥っ子の様子がめちゃくちゃ可愛かった。

「ゆめは体調大丈夫なの?」
『うん、平気。
 この間学校にも顔を出したくらいだよ。
 なおちゃんと千秋くんは元気かな?』
「元気だよー。
 あきくんは疲れてまだ寝てる。
 結婚式って決めること多くて大変なんだって、初めて知ったよ」
あきくんが眠るベッドの方を振り返りながらなおが言う。
休みの日くらいは、ゆっくりして欲しい。
『……まあ、そうだよね。
 わたしもまなちゃんも結婚式はしなかったから、お父さんとお母さんも喜ぶと思うよ。
 幼い陽を連れて行って大丈夫なのかが心配だけど……式の最中に騒がないかな』
ゆめの腕に抱かれた陽が、その手をゆめの顔の方に伸ばす。
小さな手が、愛らしい。
「いいのいいの、子どもの声はお祝いソングだよ。
 あきくんなんて、甥っ子姪っ子の写真にでれでれだから逆に喜ぶね」
なおが自分のドレス姿よりも夢中になって見ていたと零すと、ゆめが真面目な顔になる。
『なおちゃん。
 相変わらず千秋くんにべた惚れだよね。
 千秋くんが誰かに目を向けるの、ちょっとだけ寂しかったんじゃない?
 甥っ子姪っ子相手でも』
「え……?」
ゆめの言葉がうまく飲み込めない。
「べた惚れって、あたしが?
 ……それって、好きとかじゃなくて……普通のことじゃないの?」
なおの言葉に、ゆめが少し考えるような表情になる。
『あくまでわたしから見た千秋くんとなおちゃんね。
 昔から、なおちゃんの方が千秋くんを好いて、振り回しているように見えるかな。
 もちろん千秋くんもそれを望んで受け入れていると思うから、一方的とは思わないけど』
「うそ……」
『その言葉が何に対する驚きなのかが気になるけど……。
 好きじゃない相手とピアスお揃いにしたり、進路まで寄せたりって……普通は、しないと思う。
 それが“好き”じゃないなら、何だと思う?』

通話を終えたあとも、耳の奥に言葉が響く。
スマートフォンの画面は何も映し出していないのに、そこに真顔のゆめの顔が見えるようだった。

べた惚れ。
振り回している。

あきくんのことを好いているのはわかっている。
もう、そこでは迷っていない。
気がついたら隣にいたと思っていた。
本当は、選んで隣にいてくれた。
一緒に歩くなら、彼がいい。

だけど。
あきくんが誰かに笑いかけることを、自分の知らない場所で大切にされていることを。
嬉しいと思うより先に、心はざらついた。
今までは知らないあきくんなんていなかったのに。

結婚式を急ぎたくなった理由も。
お弁当を張り切った理由も。
あの場でわざわざ、“結婚雑誌を買う”と言った理由も。

全部、同じなのではないか。

――“選ばれている”ことを、確かめたかった?

どくりと胸が嫌な音を立てる。

あきくんは、ものじゃない。

それなのに。

(あきくんのこと、“立場”を利用して縛ろうとしている……?)

なおは、彼女とか妻とかの役割を当てはめられることを嫌がっていたのに。
好きがわからないこと、薬なしでは上手く生きられないこと、相手に何も返してあげられないかもしれない自分が、怖かった。
だから役割から逃げ続けていたのに、あきくんのことはそれで縛ろうとしている。

「……なお」

小さな呟きが聞こえて、びくりと肩が震えた。
振り返ると、寝言だったのかすぐにまた寝息を立てている。

夢でも、自分を求めてくれているのだろうか。

心が、きゅっとした。
そこにいてくれる、それだけで心が穏やかになり、そして失う想像をするだけで、呼吸が上手にできなくなる。

――あたしの“好き”は不器用だ。


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