ふたりぐらし ~好きがわからなかったあたしと、一途なあなた~

第3章 揺らぐ境界―熱発の夜―


結婚式の準備は、時間の経過とともにそれなりに進んでいった。
学校の方も終業式を迎え、今年も終わりに差し掛かっていた。
元日に入籍してから、もうすぐ一年。
大きな喧嘩もなく、仲良く過ごしたと思う。
クリスマスイブの今日。
ちょうど暦の上でも休みの日で、あきくんとショッピングモールに買い物に来た。
パワーストーンのショップを覗きながら、あきくんがブレスレットを見繕っている。
なおはその近くに置いてあった、ネックレスに目を奪われた。
シルバーの中に小さなパワーストーンが埋め込まれたそれは、どちらかというと男性的なデザイン。
あきくんが着けたら似合うだろうなと思ったら、すぐに手が伸びた。
手に取って見つめていると、横から声が掛けられる。
「なおは、どの石が好き?」
「ブレス?
 そうだなぁ、なんか色々石によって意味があるらしいよ。
 見た目だけなら……あ、ルビーがある」
「ルビー?
 意外だな、オニキスがいいって言うかと思った」
あきくんが手にして見ていたのはオニキスのブレスだった。
漆黒の石でできたそのブレスは、男性的だが確かになおの好みの色だった。
「見た目だけなら、オニキスとかムーンストーンが好きだよ。
 きれいだし。
 ルビーは七月の誕生石らしいから、なんか特別枠で好き」
「へぇ……俺は誕生石とか知らないけど、確かに持つならなんか意味がある方がいいのかな」
ルビーが組み合わせてあるブレスに、あきくんが手を伸ばす。
きれいな赤色が目を引いた。
「オニキスも意味があるよ。
 RPGなら防御力プラスになるでしょ!
 守りの石らしいから、ピアス選ぶときこれにしたんだよ」
ふふん、と何故か得意げに笑うなおにあきくんもつられて笑う。
「絶対見た目だけで選んだと思ってた」
「まぁ、後付けです」
「だよな」
二人で笑い合っていると、店員が話しかけてきた。
石の説明が書かれた紙を渡され、それに目を通しながら説明を聞く。
「よかったら、お二人の誕生石などから組み合わせたブレスレットもお作りできますよ。
 お好きな石を選んで頂けたら、それでお作りすることも可能です」
あきくんが渡された紙に目を落としているのを見て、なおは違う気持ちがわき上がる。
「……ねぇ、あきくん。
 ブレスじゃないとだめかな?」
「いや?
 違うのがよかったらそれでも」
あきくんの言葉に、なおは店員を見る。
「これ、ストラップにすることはできますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「なら、七月と九月の誕生石で作りたいです」
七月一日生まれの自分と、九月十八日生まれの彼。
その二人の象徴で作れたらいいなと考えていると、そっと左手を握られる感触がした。
あきくんが、優しく手を包む。
彼の頬は、うっすらと赤い。
「……なおが、そんな女子みたいなこと言うと思わなかった」
「ロマンティストでびっくりした?
 意外と、好きなんです」
「いや、思いつきだろ」
「思いつきです」
ふざけ合っていると、店員が少しだけ困ったように笑っているのに気がついて、慌てて二人で黙った。
「九月の誕生石は、サファイアなんですよ。
 ルビーとサファイアは、元々は同じコランダムからできた石なので、色違いの片割れみたいなものですね」
“片割れ”という言葉に、強く惹かれた。
結局、石の組み合わせを色々と考える中で、二つの石の間に何も入れたくなくてルビーとサファイアだけを選んだ。

ストラップを組んで貰っている間、先ほど気になったネックレスを会計する。
あきくんにどうせすぐに渡すので、ラッピングなどもなく箱も着けなかった。
隣では、同じようにあきくんも何かを会計している。
同じ職場で、同じ家に帰るようになって別々の時間は仕事中くらい。
サプライズは中々できないが、それでもお互い節目には何かを贈りあっていた。

ストラップができあがって受け取ろうとしたときに、後ろから「日高先生だ!」と大きな声が聞こえる。
振り返ると、小学生の男の子とともに、中学一年の女子生徒が並んで立っていた。
女子生徒は、なおのクラスの子だ。
「うわ、びっくりした!
 家族でお買い物?」
なおが笑顔で笑いかけると、女子生徒も笑顔で応える。
弟の方は、あきくんに「先生はなにしているの-?」と話しかける。
そちらは、あきくんのクラスの子らしい。
「僕は奥さんとお買い物。
 あ、ほら、お母さんあちらで手を振ってらっしゃるぞ」
“僕”という一人称を使う彼は、よく知っている彼じゃないみたいだった。
だけど、“先生”という一人称を使わないところが、あきくんらしかった。
「ごめんね、なお先生。
 デートごゆっくり!」
女子生徒の目線が、なおのあきくんと繋がれた手に向けられる。
敢えてなおはその手を離さず、そのまま持ち上げると「また冬休み明けにね!」と声を掛けた。

二人が無事に母親の元へと戻ると、三人が再度こちらに手を振る。
それに頭を下げて応えた後、目的のストラップを受け取った。
モール内でランチをした後、駐車場の車に戻る。
なおが運転席に座ると、あきくんは黙って助手席のドアを開けた。

シートベルトを締めると、隣から簡易包装の包みが二つ差し出される。
一つはストラップで、一つはサプライズにならない贈り物。
「はい、なお」
「あきくんも、どうぞ」
ストラップと一緒に先ほど購入したネックレスを添える。
あきくんがくれたものは、ムーンストーンのブレスレットだった。

「やっぱりネックレスなんだな」
包みを開けたあきくんが、中身をほぼ確信していたように言う。
「ばれてたかー。
 まぁ、お互いプレゼント選びあっているってバレバレだから、気がついていたよね」
「なおは昔からネックレスよくくれるからな」
あきくんの言葉に、確かにネックレスを多くあげていたことに思い当たる。
あきくんからのブレスレットにもお礼を伝える。
「……なお、ブレス断っていたし要らないかもしれないと思いつつ……俺があげたかった。ごめん」
「なんで謝るの。
 ブレス断ったのは、嫌だからじゃないよ」
貰ったばかりのブレスレットを左腕に通す。
あきくんは、ネックレスを首に掛けるところだった。
見立てたそれは、彼によく似合っていた。


車を走らせ、国道へ出る。
国道16号を走り抜け、保土ケ谷バイパスの方向へと向かっていることに気がついたあきくんが、不思議そうにこちらを見る。
「クリスマスイブに車でこっちって、渋滞するんじゃ……」
「混むかもだけど、休みの日なんだし、のんびり会話してこ」
鼻歌まじりにハンドルを握るなおに、あきくんが確認するように声を掛ける。
「俺はいいけど、なおはストレス溜まらないかそれ」
「へーきへーき。
 こういう時間、嫌いじゃないんだ」
思ったよりスムーズに車は目的地へたどり着いた。
駐車場には少しだけ困ったが、何とか駐めることはできた。
「帰りは俺が運転するよ」
「うん、ありがとう」
あきくんの腕に掴まって、みなとみらいの街を歩く。
海風は少し冷たいけれど、それを言い訳にするように腕に抱きついた。
周りのみんなも、同じように距離が近い人たちばかり。
「……めちゃくちゃデートスポットだな」
周りを見渡しながら零されたあきくんの言葉は、どこか他人事のようだった。
「夕方のみなとみらいだしね。
 嫌だった?」
「……いや、なおが選ぶとは思えなくて」
肯定も否定もないあきくんの言葉に、慌てて言葉を紡ぐ。
「夫婦なんだし、いいでしょ」
何故焦っているのかもわからないまま、口だけは回った。
「ずっと一緒にいたのに、デートっぽいことはあまりしてないじゃん?
 だから、やってみました」
「ほんと、思いつきだよな」
はは、と笑う彼に笑顔を返す。
ぼんやりと海の向こうに浮かぶ灯りを見つめながら、陽が落ちていくのを二人で眺めた。

「こっちまで出てきたのはいいけど……予約なしで入れるような店はなさそうだよな。
 食事どうする?」
あきくんの質問に、下を向く。
「……実は、考えてあるの」
彼の顔が見れないまま、駐車場へと戻ってまた運転席へと座った。

たどり着いた先は、ちょっとしたホテルの駐車場だった。
あきくんが無言になっているのが、少し怖い。
シートベルトを外して、車のドアを開けると、あきくんも同じように外へと出た。

「なお……まさかと思うんだけど……ここで食事?」
あきくんが戸惑うのも無理はない。
普段のなおなら選ばない。
「予約した。
 ……取ったのは、レストランじゃないけど」
「……まじか」
自分の心に従ったまま、計画を立てた。
何故と聞かれたら答えられない。
聞かれなかったことに、ほっとした。
「……本当、男前だよな」
はーっとあきくんがため息をつく。
呆れでは無く、苦笑に近いため息。
「俺、家の冷蔵庫にこっそりケーキ隠すくらいしかできてねぇし」
「まじで!
 帰ったら食べよう!!」
「ケーキが霞むくらい、お前のがすげぇよ」

そんなに広い部屋は取れなかったけれど、みなとみらいのクリスマスイブの一室は、高かった。
部屋に入った瞬間に、後ろから抱きしめられる。
その力はいつもより少しだけ、強い。

「……食事は、ルームサービスで」
「生殺しかよ」
ルームサービスもクリスマス仕様だった。
二人で窓の外を見ながら食事をする。
どこか、静かだった。
食事を終えた時、もう一度あきくんが抱きしめてきた。

「いいんだよな?」
一つ、頷いた。
なにが、とは聞かなかった。
あきくんの、体温が熱い。
なおの体温も、熱かった。


翌日、目を開けたときに一瞬どこかわからなくて混乱した。
いつもと違うシーツの感触。
掛け布団の重さ。
白い天井を眺めながら、ゆっくりと記憶を思い出す。
気だるさを引きずりながらも身支度を整え、掠れた喉を潤すために水を飲む。
小さな呻きとともに、あきくんがゆっくりとまぶたを開けた。

「おはよ」
「……おはよう」
「声、掠れてる」
「なおもな」
顔を見合わせて、笑う。
「はしゃぎすぎでしょ」
「うるさい」
バッグから、昨日二人で作ったストラップを取り出した。
「これ、スマートフォンに付けない?」
自分のスマートフォンを取り出すと、ケースに付いている穴に紐を通す。
「付けられるんだ、知らなかった」
「よかったらやったげよっか?」
「ありがとう」
あきくんの方も、同じように通した。
並べたときにわかる、お揃い感。
ルビーの輪に一粒の大きめのサファイアのストラップと、サファイアの輪にルビー一粒のストラップ。
敢えてサファイアが多い方をなおは自分のものとし、ルビーの方を彼に譲った。
「ブレスと違って、これならずっと持っていられるね」
「お揃いだな」
なおが笑うと、あきくんも同じように笑った。

ホテルの贅沢な朝ごはんを食べた後、部屋に戻るともう一度抱きしめられた。
欲の混ざらない、存在を確かめるような抱擁。
窓の外に広がる都会の景色を眺めながら、あきくんの胸元にぴたりとくっつき、鼓動に耳を寄せる。
あきくんの相変わらずの高めの体温が、やさしくなおを包み込む。
なおの方が我慢できなくなって、背中に回した腕を首に回し、引き寄せた。
彼は抵抗せずにキスを受け入れる。
なおの心が落ち着いてきたころに、そっと離れた。
上がった息を整えるように、深呼吸をする。

――いつだって、不純なのはあたしの方かもしれない。


仕事納めの翌日、二人で日高家へと向かった。
久しぶりに冬真も交えて公園でバスケをしたり、ゲームセンターで遊んだりした。
冬真と一緒にいると、自分たちも学生に戻ったような、そんな気持ちになる。
クレーンゲームで取ったぬいぐるみを、お腹の前で抱っこしているあきくん。
彼の腕の中から、つぶらな瞳のクマが気だるそうな表情でこちらを見ていた。
面白がってスマートフォンを向ける。
「それ、兄貴ともしかしてお揃い?」
冬真の声に、なおは何も考えずにそうだよと頷く。
「ルビーとサファイアで組んだストラップ。
 なかなかいいでしょ?」
冬真は二人のストラップを見比べながら、言葉を紡いだ。
「こういうの、普通ブレスで作るイメージだけど。
 職場でもどこでも持ち歩けるストラップを敢えて選んでいる辺りが、兄貴たちらしいというか。
 兄貴も相変わらず喜んでネックレス着けてんだな」
「いいだろ、なおがくれたんだから」
どこか嬉しそうなあきくんに、冬真がにやりと笑う。

「昔から兄貴はなおにいいようにカスタマイズされてんな」
冬真の言葉に、なおは激しく動揺した。
その動揺を隠すように、ぎゅっと手を握りしめる。
あきくんは、笑っていた。
笑っていることに、少しだけ震えた。
この人は、優しいから何でも受け入れてしまうのだと肯定しているようで。

怖くなった。

あきくんの意思を歪めているんじゃないかと。

なおが何かを口にするたびに、あきくんは合わせてくれる。
反対されたような記憶がない。

クリスマスイブも、流されるままなおの計画に乗ってくれた。

結婚式について初めて口にしたとき。
やるんだ?と意外そうな反応だった。

結婚についても、まるで決定事項のように扱わなかっただろうか。

ぞっとしていく感覚に、なおは自分で自分を抱きしめる。

あきくんが拒否しないことをいいことに、自分の都合だけで物事を動かしてきたことに、今初めて気が付いた。

急に口数が少なくなり、様子がおかしくなったなおに、あきくんは心配そうな視線を送りつつも、なおが話し出すまで無理に聞こうとはしない。
震えて肩を抱きしめるなおに、寒い?とだけ尋ねて手を握られた。
お互いに手袋を付けていないのに、あきくんの手はふんわりと温かかった。


大晦日、元日の保坂家恒例の親戚挨拶に参加しないことを伝えに行った。
両親にいとこたちへのお年玉だけ預けて、元日は初めての結婚記念日を二人で祝いたいと言ったら両親は笑顔でそっちを優先しなさいと言った。

あきくんは夫と子どもを連れて帰省してきたゆめと会話をしている。
初めて会う甥っ子に文字通り夢中だった。
見たこともないような、蕩ける笑顔で陽を抱くあきくん。
泣かれはしなかったが、不思議そうにじっとあきくんの顔を見つめたあと、隣に立つ郁人の方へと手を伸ばす。
やはり父親がいいのだろう。
あきくんは名残惜しそうな顔をしながらも、郁人へと陽を返した。

相変わらずあの薬は服用している。
なおは、今は確実にあきくんを父親にはできない。

立場や役割で、縛り付けられるのが嫌だった自分。
今、その嫌なことを彼にしているのは、自分自身だ。

子どもを望まれたら自分が困るから、牽制のように薬の話をしたのではないか。
なおと一緒にいるために、あきくんはどれだけ自分の気持ちを飲み込んできたのだろうか。

小さな甥っ子に全力で愛を向けるあきくんを見るのが、辛かった。


日付が変わり、新しい年を二人きりの狭いアパートで迎えた。
新年の挨拶を交わし合い、それから結婚記念日を祝う。
「一年間ありがとう。
 今年もよろしく、奥さん」
彼にとってはただの軽口なのはわかっていた。
なのに、自分はそれを受け取る資格があるのかと考えてしまう。

気が付いたら、言葉が零れ落ちていた。

「あきくん。
 ……結婚式、やめにしない?」



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