ふたりぐらし ~好きがわからなかったあたしと、一途なあなた~
第5章 誓いの言葉―融解していくこころ―
信号待ちの間に、何度も葛藤した。
そのたびに、歩行者の姿を見て冷静さを装った。
そして、車が駐車場へと入り、あきくんの左手がパーキングにシフトを入れた瞬間、それは崩壊した。
ベルトを外し、彼の方へ体重を掛ける。
運転席のレバーに手を伸ばして、シートを倒した。
街灯と月明かりの僅かな光が車内を照らす。
そのまま、引き寄せられるように唇を重ねた。
深くなるキスに溺れすぎる前に離れようと思うのに、なおに応えるあきくんに逆らえない。
酸欠の頭で、ぼんやりと止めどきを見失っていたなおから、あきくんが離れる。
上がる息を整えながら、じっと彼を見つめた。
「……急に襲ってくるなよ」
「……ごめん。
我慢、できなかった」
そういうと、もう一度、今度はあきくんの方がなおを引き寄せてくる。
彼も、同じなんだと思うと嬉しかった。
キスが落ち着いたところで、ぽつりとあきくんが話し始める。
「……この話は、ここだけで。
家に帰ったら、もう持ち出さない。
過去への嫉妬は、ここに捨てる。
……だから……言わせて欲しい」
なおを抱きしめながら、あきくんがその耳元で絞り出すような声で話し始める。
なおは静かにあきくんの言葉を待った。
「……冬真のところに行く想像、した」
冬真相手に?と一瞬思ったが、口には出さなかった。
なおの中ではあり得ない相手だった。
あきくんの言葉で、冬真には断る理由があると思ったことが間違いではなかったと思う。
彼の弟である冬真だけは、あきくんに嫌われたくなくて無理だった。
「冬真の方が、俺より上手くやってる未来まで見えてしまって、苦しかった」
まさか、と思うがあきくんの声にも表情にも、冗談の色は一つも無かった。
「……お前、きっかけさえあれば、触れられるの平気だろうから」
胸が、痛かった。
でもそれは、自分の過去を思えば当然だと思った。
「……きっかけは、もう作らない。
あきくん以外に触れられたことは、もちろんある。
だけど、あたしからそういう意味で触れたのは、あきくんだけだよ」
あきくんがなおの言葉に身体を凍らせたのがわかった。
一瞬後に長いため息。
「……それ、早く言えよ」
「……いや、聞かれないし。
わざわざ掘り返して言うのも言い訳っぽいし違うかなって……」
なおの言葉に、あきくんも理解したような表情になった。
「……確かに」
静かな、沈黙が落ちる。
「……ねぇ」
「……ん?」
「……あたし、あきくんが欲しいって、言ったよね」
「……ああ」
あきくんが頷く。
それを見て、なおが妖艶に笑った。
「あきくんは?」
「……中学の時から、なおだけが欲しかったよ。
お前が誰かに取られるのが怖かった。
高校の時、やっと手に入れたと思ったらすり抜けていくから、欲しいって言えなくなった。
でも、ずっと欲しかった」
あきくんの本音が聞けて、すっと心が晴れていくのに、愛情は重たくなっていく。
「言えなくさせて、ごめん。
……でも、言って欲しかった」
「……わがままな女」
なおの言葉に、苦笑するようなあきくんの声。
「でも、そんなあたしでいいんだよね?」
これ見よがしなため息の後、あきくんが笑いながら言った。
「……そうだよ、なおがいい」
なおも、笑いながら応える。
「あたしも、あきくんがいい」
車を降りると、左腕にぎゅっと抱きついた。
コートの上からなのに、彼の心音が聞こえるような気がした。
外気はひんやりとしていて吐く息は白いのに、心の中は熱いくらいだった。
外階段を上がり、アパートのドアの前へとたどり着く。
らしくもなく、鍵を開けるのを手間取っているあきくんに笑いながら、なおが代わりに開けた。
余裕のない姿を笑えるほど、なおにも余裕がなかった。
玄関のドアを閉めた瞬間、コートも脱がないまま抱きしめ合う。
靴を脱ぐより先に彼を求める自分がおかしいと思うのに、そのおかしさを正す気などこれっぽっちもなかった。
あきくんに求められている実感が欲しかった。
余裕のなさが、その気持ちを満たしていく。
放り出すように、靴を脱いで、互いのコートに手を掛けた。
両方とも玄関に適当に置き去りにしてしまっていることに、今の二人は気付けない。
暗い寝室は、いつもなら寒くてすぐにエアコンを付けるのに、それが気にならないくらいに自分たちのことでいっぱいいっぱいだった。
やっとのことでたどり着いたベッドのシーツはひんやり冷たい。
抱き寄せたあきくんの身体は、熱かった。
いつもよりも余裕のない表情なのに、触れる手はいつも以上に優しい。
今まで一度たりとも嫌な思いをしたことがないと、改めて思い出す。
なおの気持ちを読むような、優しい指先。
なおの指先とそっと絡まり、結ばれていく。
こんな風に、触れることで心が満たされるなんて、昔のなおは知らなかった。
「……なお」
キスの合間に、あきくんが囁く。
昔から、触れ合うときに何度も名前を呼ぶ人だった。
過去を振り返ったからだろうか。
それとも、彼が欲しい気持ちを隠さないからだろうか。
高校の時の記憶と、重なる。
「……あきくん」
なおが名前を呼び返すと、嬉しそうに彼が笑った。
「……こうしてるとき、名前呼ばれるの初めて」
なお自身は意識していなかったが、あきくんがそういうならそうなのだろう。
「あきくん」
「なお」
お互いを確かめ合うように、呼び合った。
自分の名前なのに、甘く聞こえる。
「……千秋」
ふと思いつき、本名で彼の名前を呼んでみた。
一瞬、彼の動きが止まる。
「あっぶね……色々危険、それ」
慌てたようなあきくんの反応に、なおが笑う。
「普段から、千秋って呼んで欲しい?」
「……いや、普段は“あきくん”で。
みんなと一緒が嫌だって、なお最初に言ってたもんな」
数え切れないキスの合間に、クスクスと笑うこの温度感が、心地良い。
「今はうちの両親も、そう呼ぶけどね」
「……ベッドで親の名前出すなよ……」
あきくんの首筋にすり寄る。
彼の安心するにおいが、なおの香水と混ざってふわっと香った。
「好き」
気がついたら、言葉がこぼれ落ちていた。
自分の言葉に、自分で驚く。
あきくんからの言葉を返すために好きと言うことはあったが、好きに自信のなかったなおが自分から口にしたのは初めてだった。
「……はぁ。
反則だろ、それ」
「……?」
ぎゅぅっと強く抱きしめられた。
なおも、抱擁を返すように、背中にしっかりと腕を回す。
「……愛してるよ、なお」
低い、掠れた声で囁かれた言葉に、どくりと心臓が軋む。
どきどきなんてレベルではなかった。
息が苦しいくらい、重たい。
「……だから。
……お前の人生も、俺に預けろ」
真剣な目に、くらりとめまいがする。
彼の愛は、本当に重たい。
「俺はとっくに、お前に預けた」
同じ言葉を投げかけた過去を思い出す。
軽さを装ってはいたけれど、十分重たい言葉だとあきくんは理解した上で受け取ってくれていた。
(……本当に、もう無理だ)
好きに自信はないけれど、わからないなんて、もう言えない。
「……あたし、あきくんなしじゃ、生きられない」
途切れ途切れだけど、感情のこもった言葉に、ぽろりと涙が零れた。
「……千秋、愛してる」
この日。
生まれて初めて、この言葉を使った。
そのたびに、歩行者の姿を見て冷静さを装った。
そして、車が駐車場へと入り、あきくんの左手がパーキングにシフトを入れた瞬間、それは崩壊した。
ベルトを外し、彼の方へ体重を掛ける。
運転席のレバーに手を伸ばして、シートを倒した。
街灯と月明かりの僅かな光が車内を照らす。
そのまま、引き寄せられるように唇を重ねた。
深くなるキスに溺れすぎる前に離れようと思うのに、なおに応えるあきくんに逆らえない。
酸欠の頭で、ぼんやりと止めどきを見失っていたなおから、あきくんが離れる。
上がる息を整えながら、じっと彼を見つめた。
「……急に襲ってくるなよ」
「……ごめん。
我慢、できなかった」
そういうと、もう一度、今度はあきくんの方がなおを引き寄せてくる。
彼も、同じなんだと思うと嬉しかった。
キスが落ち着いたところで、ぽつりとあきくんが話し始める。
「……この話は、ここだけで。
家に帰ったら、もう持ち出さない。
過去への嫉妬は、ここに捨てる。
……だから……言わせて欲しい」
なおを抱きしめながら、あきくんがその耳元で絞り出すような声で話し始める。
なおは静かにあきくんの言葉を待った。
「……冬真のところに行く想像、した」
冬真相手に?と一瞬思ったが、口には出さなかった。
なおの中ではあり得ない相手だった。
あきくんの言葉で、冬真には断る理由があると思ったことが間違いではなかったと思う。
彼の弟である冬真だけは、あきくんに嫌われたくなくて無理だった。
「冬真の方が、俺より上手くやってる未来まで見えてしまって、苦しかった」
まさか、と思うがあきくんの声にも表情にも、冗談の色は一つも無かった。
「……お前、きっかけさえあれば、触れられるの平気だろうから」
胸が、痛かった。
でもそれは、自分の過去を思えば当然だと思った。
「……きっかけは、もう作らない。
あきくん以外に触れられたことは、もちろんある。
だけど、あたしからそういう意味で触れたのは、あきくんだけだよ」
あきくんがなおの言葉に身体を凍らせたのがわかった。
一瞬後に長いため息。
「……それ、早く言えよ」
「……いや、聞かれないし。
わざわざ掘り返して言うのも言い訳っぽいし違うかなって……」
なおの言葉に、あきくんも理解したような表情になった。
「……確かに」
静かな、沈黙が落ちる。
「……ねぇ」
「……ん?」
「……あたし、あきくんが欲しいって、言ったよね」
「……ああ」
あきくんが頷く。
それを見て、なおが妖艶に笑った。
「あきくんは?」
「……中学の時から、なおだけが欲しかったよ。
お前が誰かに取られるのが怖かった。
高校の時、やっと手に入れたと思ったらすり抜けていくから、欲しいって言えなくなった。
でも、ずっと欲しかった」
あきくんの本音が聞けて、すっと心が晴れていくのに、愛情は重たくなっていく。
「言えなくさせて、ごめん。
……でも、言って欲しかった」
「……わがままな女」
なおの言葉に、苦笑するようなあきくんの声。
「でも、そんなあたしでいいんだよね?」
これ見よがしなため息の後、あきくんが笑いながら言った。
「……そうだよ、なおがいい」
なおも、笑いながら応える。
「あたしも、あきくんがいい」
車を降りると、左腕にぎゅっと抱きついた。
コートの上からなのに、彼の心音が聞こえるような気がした。
外気はひんやりとしていて吐く息は白いのに、心の中は熱いくらいだった。
外階段を上がり、アパートのドアの前へとたどり着く。
らしくもなく、鍵を開けるのを手間取っているあきくんに笑いながら、なおが代わりに開けた。
余裕のない姿を笑えるほど、なおにも余裕がなかった。
玄関のドアを閉めた瞬間、コートも脱がないまま抱きしめ合う。
靴を脱ぐより先に彼を求める自分がおかしいと思うのに、そのおかしさを正す気などこれっぽっちもなかった。
あきくんに求められている実感が欲しかった。
余裕のなさが、その気持ちを満たしていく。
放り出すように、靴を脱いで、互いのコートに手を掛けた。
両方とも玄関に適当に置き去りにしてしまっていることに、今の二人は気付けない。
暗い寝室は、いつもなら寒くてすぐにエアコンを付けるのに、それが気にならないくらいに自分たちのことでいっぱいいっぱいだった。
やっとのことでたどり着いたベッドのシーツはひんやり冷たい。
抱き寄せたあきくんの身体は、熱かった。
いつもよりも余裕のない表情なのに、触れる手はいつも以上に優しい。
今まで一度たりとも嫌な思いをしたことがないと、改めて思い出す。
なおの気持ちを読むような、優しい指先。
なおの指先とそっと絡まり、結ばれていく。
こんな風に、触れることで心が満たされるなんて、昔のなおは知らなかった。
「……なお」
キスの合間に、あきくんが囁く。
昔から、触れ合うときに何度も名前を呼ぶ人だった。
過去を振り返ったからだろうか。
それとも、彼が欲しい気持ちを隠さないからだろうか。
高校の時の記憶と、重なる。
「……あきくん」
なおが名前を呼び返すと、嬉しそうに彼が笑った。
「……こうしてるとき、名前呼ばれるの初めて」
なお自身は意識していなかったが、あきくんがそういうならそうなのだろう。
「あきくん」
「なお」
お互いを確かめ合うように、呼び合った。
自分の名前なのに、甘く聞こえる。
「……千秋」
ふと思いつき、本名で彼の名前を呼んでみた。
一瞬、彼の動きが止まる。
「あっぶね……色々危険、それ」
慌てたようなあきくんの反応に、なおが笑う。
「普段から、千秋って呼んで欲しい?」
「……いや、普段は“あきくん”で。
みんなと一緒が嫌だって、なお最初に言ってたもんな」
数え切れないキスの合間に、クスクスと笑うこの温度感が、心地良い。
「今はうちの両親も、そう呼ぶけどね」
「……ベッドで親の名前出すなよ……」
あきくんの首筋にすり寄る。
彼の安心するにおいが、なおの香水と混ざってふわっと香った。
「好き」
気がついたら、言葉がこぼれ落ちていた。
自分の言葉に、自分で驚く。
あきくんからの言葉を返すために好きと言うことはあったが、好きに自信のなかったなおが自分から口にしたのは初めてだった。
「……はぁ。
反則だろ、それ」
「……?」
ぎゅぅっと強く抱きしめられた。
なおも、抱擁を返すように、背中にしっかりと腕を回す。
「……愛してるよ、なお」
低い、掠れた声で囁かれた言葉に、どくりと心臓が軋む。
どきどきなんてレベルではなかった。
息が苦しいくらい、重たい。
「……だから。
……お前の人生も、俺に預けろ」
真剣な目に、くらりとめまいがする。
彼の愛は、本当に重たい。
「俺はとっくに、お前に預けた」
同じ言葉を投げかけた過去を思い出す。
軽さを装ってはいたけれど、十分重たい言葉だとあきくんは理解した上で受け取ってくれていた。
(……本当に、もう無理だ)
好きに自信はないけれど、わからないなんて、もう言えない。
「……あたし、あきくんなしじゃ、生きられない」
途切れ途切れだけど、感情のこもった言葉に、ぽろりと涙が零れた。
「……千秋、愛してる」
この日。
生まれて初めて、この言葉を使った。