ふたりぐらし ~好きがわからなかったあたしと、一途なあなた~
七月の終わり、夏休みに入ったばかりの休日。
青と白で統一されたチャペルは、ガラス張りの祭壇の向こうに、青空と海を映し出していた。
その光景は、今まで見学してきたどの瞬間よりも美しく輝いていた。

早朝からバタバタと動き回っていたからか、ふわぁとあくびを一つ。
その姿を見て、あきくんも同じようにあくびをしていた。
「二人とも、昨日は緊張して眠れなかった?」
控え室で母が笑う。
きれいな黒留め袖を違和感なく纏う母の姿は、よく知る母の姿と少し違って見えて、なんだか不思議だった。
「いや、あきくんにくっついてたら気持ちよくてすぐ寝た。
 よく寝たはずなんだけど、なんかあくびが出ちゃうのよね」
照れもなくさらりと言うなおの言葉に、あきくんの方が慌てる。
「なおは、あきくんの気持ちや立場も考えた発言をしなさいね。
 学校でもそんな調子なんでしょう?」
「えぇー……思ったこと、そのまま言っているだけなんだけどなぁ」
扉の外からは、小さな子どもたちの元気な声が聞こえた。
少し高めの泣き声は、きっとまなのところの澪。
双子の姉の澪は、人見知りが強く慣れない場所なのも相まって、さきほど挨拶に来てくれた時には陸に抱かれながら不安げに泣いていた。
元気な笑い声の方は、湊。
双子の弟の彼は、好奇心が強く、椅子やベンチに掴まり立ちをしながらうろうろしていた。
きっと今も外で元気に探索活動を続けているのだろうと思うと、笑みがこぼれる。
静かに郁人に抱かれていたのは、陽。
双子よりも少しだけお兄さんな彼は、きっちりとした子ども用のフォーマル姿で、髪の毛も少しセットしたのか小さなナイトのようだった。
そんな子ども達の姿を想像したのだろう、あきくんの表情も優しく緩んでいた。

「先にリハーサルの後、予定通りの時間に本番入ります」
スタッフの声掛けに、二人が頷く。
アルバム用の写真撮影は主にリハーサルの時に撮るらしい。
確かに、カメラマンもベストショットを撮るなら、式の真っ最中にうろうろするよりもリハーサルの方が色々とやりやすいだろう。
リング交換と、誓いのキス。
観客がいない状態なのに、指先が震えた。
「恥ずかしいな、これ……」
あきくんの小さな呟きが聞こえた。
「本番のキスは、唇じゃなくても、頬とかおでことか、違う場所でも大丈夫ですよ。
 同じように恥ずかしがられる方少なくないです」
隣で告げられるスタッフの声に、あきくんが照れ笑いをする。
頬やおでこのキスも、なんだか特別な感じがしていいなとなおは思った。


リハーサルも問題なく終え、チャペルには両家の家族が続々と集まっていく。
冬真のスーツ姿は、いつもの彼よりも更にかっこよく思えて積極的に褒めちぎった。
いつも余裕そうな笑みを浮かべて当然という顔をしている冬真なのに、その時は予想に反して顔を赤くして視線が泳いでいたのが新鮮だった。
「……花嫁、強奪していい?」
「いいわけねぇだろふざけんな」
軽くじゃれ合う兄弟の姿を笑いながら、なおの心は幸せに満ちていく。
結婚式をやってよかったと、始まる前から思った。


パイプオルガンの厳かな音が響く。
隣に立つ父が、にこやかに笑った。
「なおのドレス、踏まないように気をつけないとだ。
 特にベール。
 こんな長いの、凄いね!」
父なら本当に踏んづけそう。
「絶対に踏まないで」
釘を刺して、それから父の手の上に手のひらを重ねた。
「あきくんのところに、ちゃんと行っておいで」
「うん」
「昔から、こうやってあきくんのところに行くなおを見送ると思っていたから、感慨深いよ。
 予定通りの未来が現実になったなぁ」
目を細めて笑う父。
スタッフの合図があり、扉が開かれた。

扉の向こうには、青空が広がる。
バージンロードを一歩歩くたびに、空へと飛び立っていくような気持ちになった。
リハーサル通り、あきくんが途中まで迎えに来る。
父の手から彼の手へと移り、にっこり微笑んだ。
「あきくん、うちの問題児を、よろしくね」
父の言葉に一瞬反論しそうになったが、かろうじて黙った。
「はい、一生離しません」
あきくんは真剣な声で、言葉を返す。
二人並んで、祭壇の前まで歩いた。
青く染められたバラが、白バラと並んで佇んでいる。
神父の言葉に耳を傾けながら、背中にみんなから見守られている視線を感じた。

神父の厳かな声で、誓いの言葉が読み上げられる。
あきくんの誓いますという言葉に、言葉以上の重みを感じた。
彼と同じだけの覚悟が、自分にもできていますようにと思いながら、なおも誓いの言葉を口にした。

「リングの交換を」
告げられた声とともに、後ろの扉が開く。
カゴを片手に持った陽が、もう片方の手をゆめと繋いで入ってきた。
聞いていなかった演出に、ゆめの顔を見つめる。
ゆめは、にこりと微笑んだ。

「あい」
陽が差し出したカゴの中に、リングピローが入っていた。
立派にリングボーイをやり遂げた甥っ子に、あきくんが目線を合わせてありがとうとお礼を告げる。
ドレスでしゃがめないなおは、少しだけ腰を落として彼の頭を撫でた。

あきくんに優しく手を取られ、指輪がはめられる。
なおの方は、緊張からか、スムーズに指輪が入らない。
それでも、何とかあきくんの薬指に指輪をはめる。
こんなに緊張するなら、家で練習しておけば良かった。
一年あまりともにしてきた指輪なのに、この日はどこか違って見えた。

「それでは、誓いのキスを」

一番緊張する瞬間が、来てしまった。
背中の視線が、少し怖い。
ベールを持ち上げる彼の指先も、震えていた。
あきくんの目には、予想に反して照れはなかった。
そのまま、そっと顔が寄せられる。
緊張からか、長く感じたキスの後はどこか曖昧で。
結婚誓約書にサインを書きながら、幸せを噛みしめた。

花びらが、空に舞う。
たくさんの色が視界に溶け、混ざる。
あきくんが、しっかりとなおの手を握りしめた。
チャペルの扉が閉まるとき、そっと耳元に顔が寄せられた。
幸せだな、というその呟きに、心からの同意の笑顔を返した。


控え室に戻ると、思いきり椅子にもたれて座った。
あきくんも、同じように椅子に座る。
後ろに立つスタッフがベールや裾を整えてくれるから座れるが、一人で行動するのが難しいウエディングドレス。
気が抜けない感覚が、今だけは緩んだ。
スタッフが退席して、二人きりになった瞬間に思いきり伸びをした。
「大変だよな……お疲れ様」
隣でベールを摘まみながら、あきくんが苦笑いをする。
「後で持ち上げてみる?
 ドレス、結構重量があるよ」
「見ているだけでなんとなくわかるよ……すげぇ……」
挙式が終わった余裕からか、あきくんは今になってようやくウエディングドレスを真っ正面から見つめているようだった。
「なお、すごくきれいだよ」
まっすぐ伝えられる言葉に、なおの方が照れて視線を泳がせた。
「……あきくんも、かっこいいと思うよ」
机の上に置いてあったスマートフォンに彼が手を伸ばす。
「たくさん、プロも家族も写真撮ってくれているだろうけど。
 ……俺目線の一枚、残させて」
かっこつけていない、少しだらけて座るなおの姿を、あきくんが写真に収めていく。
何枚かは二人並んで自撮りして、最後にキス写真を一枚撮った。
完璧と笑う彼のスマートフォンを覗き込んで、なおが自分も撮ると言い出した。
なお目線のあきくんは、きっと誰が撮る写真よりも笑みが柔らかい。

少しの休憩を挟んで、今度は披露宴の準備をする。
お色直しの着物のチェック、そして受付をしてくれる友だちへお礼と挨拶。

せわしなく周りも自分も動く中、式が始まる前に家族写真を撮った。
二人を中心に、両家の両親が隣に並ぶ。
それに続いて湊を抱いたまなとその後ろに澪を抱いた陸。
まなの隣にはゆめが立ち、ゆめの後ろには陽を抱いた郁人。
あきくん側には、冬真が立つ。
海は遠慮していたが、せっかくだからと冬真に誘われて隣に立っていた。
みんなが笑顔で、家族がそれぞれ広がっていくのを感じて、笑みが深まる。
最初は真面目な一枚だった。
一枚撮り終えた時にあきくんに懐いてきた湊を抱き上げる。
対抗して澪を抱こうとしたけれど、澪は嫌がってなおには抱かせてくれなかった。
母親とおんなじ顔でしょ!とむくれたら、澪はますます怯えて陸にしがみついた。
空気を読んだのか、父親の元から離れて近寄ってきた陽にターゲットを変えた。
抱き上げた陽からは、優しい子ども特有のミルクのようなにおいがした。
陽はなおの顔をじっと見つめて、それから小さく首を傾げる。
「あぅ?」
「なおだよ。ママのお姉ちゃん」
そう言うと、陽はよくわからないままにこっと笑った。
その様子を見て、あきくんが隣で柔らかく目を細める。
「似合ってるな」
「なにが?」
「その景色」
陽を抱いたなおと、家族に囲まれたこの空間を見ながら、あきくんはそう言った。
軽い言葉なのに、胸の奥が少しだけきゅっとする。

(景色、ね)

なおは陽の小さな背中を優しく撫でた後、ゆめへと戻した。
「ほら、今日の主役はあたしだから」
「わかってるよ」
あきくんはそう言いながら、湊を高く持ち上げる。
「きゃー!」
嬉しそうに声を上げる湊。
澪はそれを見て、ますます陸にしがみつく。
まなは呆れたように笑いながら、釘を刺す。
「なお、千秋くん、今日は自分たちが主役なんだからね?」
「すみません」
そう言いながらも、あきくんの腕の中の湊を見つめる視線は、どこまでも優しい。
その顔を見て、なおは一瞬だけ視線を逸らした。

言葉にはしない。
まだ、言わない。

でも。

一瞬見た未来の姿は明確な言葉にすることなく、すぐに飲み込んだ。

今日は、祝福される日。
未来を決める日じゃない。

その未来は、これから二人で選ぶものだから。

「はい、もう一枚いきますよー!」
カメラマンの声で、みんなが再び並び直す。
今度は、少し崩れた配置で。
子どもたちは自由に。
大人たちは笑いながら。

フラッシュが光った瞬間、なおは思った。

ああ、本当に。
ちゃんと、ここまで来たんだな、と。


披露宴は、定番の音楽とともに始まった。
いつか、結婚祝いの時にまなが歌ってくれた曲を、入場に選んだ。
きらきらと輝くような音の粒とともに、青バラと白バラの飾られた席へと向かう。

最初に目に付いたのは、家族。
小さな椅子に座る甥と、陸に抱かれた姪。
それから、バスケ仲間の友人たち。
学校の友人。
中学から一緒のあきくんとは、友人もほとんど共通。
そして、職場……学校関係者席。
教頭先生が、なおの姿を目にしてそっとハンカチで目元を拭うのが見えて、笑顔の自分の父親と比べて内心笑った。
温かい空気の中、披露宴が始まる。
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop