ふたりぐらし ~好きがわからなかったあたしと、一途なあなた~
オープニングムービーでは、まずは赤ちゃんの頃のあきくんの写真が映し出される。
母に抱かれたお宮参りの写真や、お食い初めなど、今のあきくんの面影をどこか残しながらもあどけない写真に、席から可愛いという呟きが聞こえる。
小学校入学、卒業、中学校入学ときて、今度はなおへとシフトされる。
なおの赤ちゃん時代の写真が出た瞬間、会場が沸いた。
「予想通りの反応だな」と隣のあきくんが笑う。
プランナーさんが、あきくんがなおの後でいいと言った紹介順を、あきくんからの方がいいと押した理由がそこにある。
三つ子の赤ちゃん写真は、インパクトがありすぎた。
お揃いのロンパースに、スタイだけ色違い。
きょとんと並んで撮られた写真の破壊力は、すさまじい。
司会者もノリノリで紹介していた。
小学校入学、卒業、中学校入学ときて、次の写真では体育祭で肩を組みながらピースする二人の写真。
「もう出会ってんのかよ!」という趣旨のざわめきが、会場で起きた。
二人の付き合いが長いと知っている友人たちも、物証である写真を見て笑う。
中学の修学旅行で京都に行ったときの写真でも、二人は必ず一緒にいた。
卒業式も、高校の入学式も修学旅行も、イベントというイベントを二人で写真を撮っている。
大学の入学から卒業までも、ずっと一緒。
予定調和と皆が思う理由が詰まっているスライドだった。
司会者はいつから付き合っているかは言わない。
なおもあきくんも、それは伝えられなかった。
だけど、写真を見た人たちは、高校時代からお揃いのピアスを付けて笑う二人の写真で、何かを感じ取っていた。
ムービーが終わった後、あきくんが渡されたマイク片手に立ち上がる。
「新郎の、日高千秋です。
本日はご多忙のところ、僕たちのために集まっていただき、心より感謝申し上げます」
一人称僕に、ほんの少しにやりと笑う。
「ご紹介にあった通り、僕たちの出会いは中学時代です。
中学二年の春、出席番号が隣の彼女に僕から話しかけました。
バスケが好きだったのもあり、華があり目立っていたなおさんと同じクラスで隣の席でラッキーだと思っていました。
言わなくても伝わったと思いますが、中学二年の時から僕は彼女に片思いしていました。
みなさんには伝わるのに、なおさんには一切伝わりませんでした」
あきくんの言葉に、みんなが笑った。
「皆さんには順当に結婚したように見えるかもしれませんが、二人にしかわからない色々な悩みや葛藤はありました。
ですが、それを超えて俺の手を取ってくれたなおさんと、二人で幸せになることを皆さんの前で誓いたいと思います」
あきくんの言葉に、皆が拍手する。
「……あきくん、最後だけ一人称俺に戻ってたよ」
こっそりと伝えると、やべっと言う顔をする。
そんな姿も、好きだと思った。
あきくんのスピーチの後、立ち上がったのは海と冬真だった。
「新郎新婦友人で、新婦の三つ子の妹でもあるまなの夫の弟……ってややこしくてよく分からないかもしれませんが、とりあえず二人の友人の浅瀬海です。
なおちゃんとは高校一年の時同じクラスでした。
バスケが好きなのでよく一緒になおちゃんや千秋と遊んでいました。
俺がなおちゃんに話しかけるたびに、千秋の視線が怖かったです」
わっと会場が笑う。
「別に俺、なおちゃんを狙っていたわけじゃないんですよ?
俺はその頃から、兄ちゃんの彼女だったまなしか見ていませんでした」
思わずまなと陸の方を見る。
陸が引きつった笑いを浮かべ、まなは困ったような笑いを浮かべていた。
「でも、千秋はずっと本気でした。
近づく男に牽制し、なおちゃんの隣は俺のものと言わんばかりに何をするにも一緒にいた気がします」
そこで、マイクを冬真の方へと渡した。
「どうも、新郎の弟の日高冬真です」
そこで一拍。
冬真の目が、なおに向けられ、なおは無意識に息を飲んでいた。
「……俺は、なおのことが好きでした」
ざわっとする会場。
なおを見つめる目は、まっすぐだった。
「ちゃんと好きだったし、ぶっちゃけ兄相手なら勝てるのではと思ったこともありました。
……ですが、なおの表情を見たら、色々とわかってしまいました」
冬真の目線は、なおから兄へと移る。
「なおは、兄しか見ていない。
無自覚な時の視線ほど、本音を語るものはありません。
“入る隙間ないな”って思ったので、諦めました」
しん……と会場が静まりかえる。
なおは、まっすぐに冬真を見つめた。
逃げてはいけない瞬間だと感じて。
「兄はオレの気持ちに気がついていたと思います。
弟相手なのに、積極的に牽制を受けました。
だけど、そんな重たい兄と同じくらい、なおも兄を選んでいます」
冬真が、柔らかい笑顔を浮かべる。
元々よく似た兄弟ではあるけれど、改めて同じ笑い方をするんだなと思った。
「だから、安心して今日はここに立っています」
しっかりと冬真はあきくんに目を合わす。
「兄貴、泣かすなよ」
しん、とした会場の空気を取り戻すように、海がマイクを持つ。
「というわけで、兄に譲った弟コンビで言葉を贈らせて頂きました。
千秋もなおちゃんも、ちゃんとお互いに相手を選びあった同士です。
中学の頃からずっと、予定調和の様に思うかもしれませんが、その予定通りを通す難しさは皆さんなんとなくご理解頂けているのではないでしょうか。
選び続けるって簡単じゃないけれど、素敵ですよね。
そんな二人の純愛が、末永く続くように弟コンビは祈っています」
最後は温かい拍手で、スピーチは幕を閉じた。
あきくんの手が、そっとなおの手に触れた。
「……大事にする。
泣かさないとは言い切れないけど。
泣かせっぱなしにはしないから」
その言葉に、なおは笑った。
「泣くのが多いのはたぶん、あきくんの方だから大丈夫だよ」
繋がれた手が、ぎゅっと一瞬だけ強くなった。
そして、なおが一番楽しみにしていたウエディングケーキが登場した。
きれいなデコレーションに、砂糖細工の飾り。
思わず「わぁ」と声が漏れる。
二人でナイフを入れたあと、向き合う。
たっぷり掬って差し出すと、あきくんは一瞬だけ顔を引きつらせた。
「多いって」
「愛だよ?」
渋い顔のまま、それでもちゃんと食べる。
似たようなことは、何度もしてきた。
なのに、今が一番恥ずかしくて、一番楽しい。
甘いのはクリームじゃなくて、きっとこの時間そのものだ。
司会者の案内で、今度は兄弟姉妹が前へ。
三つ子が並んでケーキを食べさせ合う姿に、会場は一斉にカメラを向ける。
さきほど少しだけ空気を変えた日高兄弟も、今は肩を組んで笑っていた。
「兄貴、覚悟しろよ」
わざと山盛りの一口。
「あ、待て――」
次の瞬間、同じ量が冬真の口へ。
会場が笑いに包まれる。
その後、なおはまなとゆめと仲良く両手を繋いで、あきくんは冬真とじゃれ合いながら一旦退場をする。
お色直しに会場を抜け出た瞬間、まなとゆめが同時にお疲れと声を掛けてきた。
あきくんは冬真にどさくさに紛れて何告白してんだと恨み言を零している。
だが、二人の表情は深刻なものではなく、明るかった。
このまま放っておいたらずっとじゃれ続けそうなあきくんを引っ張って、お色直しのために待機していたスタッフの元へと向かう。
その明るくて楽しそうななおの姿に、まなとゆめは声を揃えて「良かったね!」と言う。
なおは、最高の笑顔でそれに応えた。
先ほどとは違う、緋色の和装と漆黒の紋付袴姿の二人に、会場に小さなざわめきが起きる。
なおは心の中でそれはそうだよねと思った。
初めてなおがあきくんのこの姿を見たとき、飛びつきたい衝動を抑えるのが大変だった。
それくらい、彼の姿は素敵だ。
そんな彼の隣に並べることが、なおは堪らなく嬉しい。
定番曲とともに再入場した二人を待っていたのは、サプライズコーナーだった。
スクリーンにムービーが流される。
二人が顔を見合わせると、映し出されたのは二人の教え子たちだった。
『日高先生!なお先生!ご結婚おめでとうございます!!』
子どもたちの笑顔と祝福の言葉があふれ出す。
右端に映っているのはなおと同じ体育教師の先輩で、片手にアコースティックギターを抱えていた。
子ども達の手首には、赤・青・黄色の花紙で作った花飾り。
ギターの音に合わせて、子ども達が手を揺らしながら歌い出す。
歌が一番のサビに到達するよりも早く、あきくんが下を向く。
その肩は震えていて、手の甲で乱暴に目元を擦っていた。
なおはハンカチを取り出すとその涙を拭い、肩を抱きながらよしよしと宥めた。
完全に男女逆転しているが、それを取り繕える程の余裕は彼にはなさそうだった。
あきくんが先に崩れなかったら、なおだってぼろぼろ泣いていたと思う。
その証拠に、視界はぼんやりと揺れていた。
歌が終わり、子どもたちがしゃべり始める。
『日高先生は、最高に面白くて、ドッジボールが上手です。
でも、怒ると怖いのでちょっといやです、うそ、すきです!!』
子どもの正直な言葉に、みんなが笑う。
『なお先生は、先生っぽくないです!
偉そうにしないし、すぐ調子に乗って教頭先生を困らせています』
そこでも、笑いが起きた。
名前があがった教頭先生はまいったなと笑い、なおはちょっとだけ頬を膨らませた。
『でも、困ったときは一緒に本気で悩んでくれて、答えを考えてくれる、なお先生がすきです』
なおの目から、ぽろりとひとしずく涙が落ちた。
あきくんは、なおに支えられながらずっと震え続けている。
きっと、止め時を失ったのだろう。
一度決壊すると、涙は中々止まらない。
彼が崩れるのなら自分が支えると、なおはぐっと堪えた。
『日高先生は、奥さんの話をするときが最高に面白いです。
また面白い話を聞かせてください』
ムービーから聞こえた声に、なおは少し引っかかる。
いったい何を話しているのか、後で問い詰めようと決めた。
『なお先生も、日高先生の話をするとき面白いです。
また、中学時代のお話教えてください』
『二人とも、ずっと仲良しでいてください』
子どもたちが拍手をして、ムービーが終わる。
なおは一つ深呼吸をすると、マイクを貰って話し始めた。
「……改めて、新婦の日高なおです。
今日は、こんな素敵なムービーのサプライズまでありがとうございます。
奥さんの面白い話とか、ちょっと後で夫に聞かないといけないことも増えましたが、それも含めて温かいプレゼントに胸が一杯です」
そこで一息、呼吸を入れる。
うっかりここで泣いたら台無しだ。
「夫はまだ喋れないくらい、感動でぼろ泣きです。
普段はもう少し、かっこいいんですけど……今はだめみたいです。
けれど、夫のそんなところも素敵だななんて思っています」
泣いているのと恥ずかしいのとで、顔が上げられないあきくんの頭を、そっと撫でる。
この場に彼のクラスの生徒がいたら、しばらくいじられるくらいにはなおは格好良かった。
「彼が崩れたときには、あたしが支えます。
お互い手を取りながら、助け合って生きていきます。
ありがとうございました」
温かい拍手で会場が満ちていく。
この後、三つ子からの父母への感謝の手紙が読み上げられた。
なおだけでなく、まな、ゆめからも言葉を貰った母は、いつもの朗らかさが初めて崩れて泣き出した。
その母の肩を、そっと父が抱く。
泣き出すなら父かと思っていた三つ子は、驚いて母の姿を見ていた。
父はいつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
披露宴は、笑いあり涙ありの温かい空気の中で終わりを迎えた。
夫婦で並んで、ゲストの最後の一人まで丁寧に頭を下げてお礼を伝えた。
そのうちの何人かは、この後の二次会で騒ぐ予定である。
まなもゆめも、子どもたちを両親が預かってくれて参加してくれることになっている。
明日にはハネムーンへと海外に飛び立つ予定なので、中々のハードスケジュール。
それでも、この疲労感には満足感も混ざっている。
「……結婚式、やってよかったな」
あきくんの言葉に、こくりと頷いた。
「うん。
あきくんのこと、あたしの旦那だってみんなに堂々と言えて、嬉しい」
なおの笑顔に、あきくんが「俺も」と笑った。
「……今日一日で、何回なおに惚れ直したかわかんねぇよ」
「……あたしも。
あきくん、かっこよくて最高だった」
控え室で衣装を脱ぐ、ほんの少しの間。
二人はそっと指を絡め、静かに寄り添った。
その後二次会は、まったく違うテンションで騒いだ。
弟コンビがノリノリで、三つ子を同じ服同じ髪型にして「お前の嫁どれだ」とゲームにした。
「俺が間違えるはずがない!」と意気込んだ夫たち(約一名無表情)に、三つ子は揃って笑った。
みんなが笑顔で、少し本音混じりの危険なトークも交えながら学生の頃のような時間を過ごした。
時々入る母からの子どもたちの報告に、ゆめとまながほっとした表情を浮かべるのを見て、二人は親なんだなと改めて感じた。
「明日、お二人は早いんですか?」
世間話の一環で、郁人が何気なくあきくんに尋ねる。
それを隣で聞いていたなおが、スマートフォンに旅行日程を表示して見せた。
「まぁ、朝はそこまでは早くないかな。
昼までゆっくり寝ても間に合うよ!」
「成田遠いですからね。
気を付けていってきてください」
郁人の言葉に、なおとあきくんが揃って頷く。
「いいなぁ……海外。
行ったことないのよね」
ゆめの言葉に、郁人が答える。
「そのうち仕事で行くことになる。
観光とは違うかもしれないが、少しくらいは自由が利くだろう」
郁人の言葉に、ゆめが彼の腕に抱き着きながら「その時は一緒で」と言う。
彼の表情は変わらず淡々として見えるのに、どこか甘い空気になおの頬が赤くなる。
あきくんの方をちらりと見たら、彼の頬もどこか赤かった。
「……私は、ちょっとだけ……ね?」
まながちらりと陸を見つめる。
陸は何かを思い出したのか、耳から首まで真っ赤にして頷いた。
きっと、二人で出かけた新婚旅行の何かを思い出しているのだろう。
まなに昔見せてもらった写真を思い出す。
二人きりで海外で誓い合うその写真は、なおたちとはまた違った結婚式の姿だった。
昼。
カーテンから差し込む眩しい夏の太陽が、なおの意識を浮上させた。
ぼんやりとした目で時計を探す。
昨夜は盛り上がったテンションのまま、朝はゆっくりでいいという安心感からあきくんと夜更かしをした。
明るすぎる太陽。
正午を過ぎたばかりのその時刻に少し安心しながらも、どこか落ち着かない。
何かが、引っ掛かる。
ぼんやりしたままの頭で、今日からの旅行予定を開いた。
荷造りはとっくに終えて、パスポートも忘れることがないようにしっかりとまとめた。
飛行機の時間をもう一度確認しようと画面をスクロールする。
東京から、ホノルル。
本当はヨーロッパに行きたかったけれど、飛行時間と……金額。
あまりに桁違いのお値段に、三年目教師の給与でもぎりぎり安心して行けるハワイにした。
英語に自信があるわけでもないので、初海外の身としては日本人が多い場所というだけで安心する。
東京という文字の下に記載されたアルファベットに、何となく違和感を覚える。
NRT。
羽田なら、HNDじゃないだろうかと思ったところで、昨日の郁人の言葉が蘇った。
血の気が引いていく感覚がする。
「あきくん!起きてお願い!!」
慌ててたたき起こした彼が、寝ぼけまなこで時計を見つめる。
「……まだ、十二時じゃん……おやすみ」
もう一度寝ようとする彼を必死で揺らす。
「違う、間違ったの、お願い、起きて!」
最短で支度を整えたあと、バタバタと電車へと乗り込んだ。
吐く息が、荒い。
「横浜着いたら、そこから成田エクスプレスにしよう。
それなら、乗り換えもなく余裕で間に合う」
乗り換え検索をするあきくんに、ごめんともう一度謝った。
あきくんが取ってくれた指定席に無事に座ると、大きなため息が零れ落ちた。
移動の間、ずっと心臓に嫌な汗をかき続けた。
ようやく、一息付けたところで車内を見渡す。
なお好みのシックな黒が目立つ内装に、少しテンションが戻った。
それを感じ取ったのか、隣に座るあきくんが、ははっと笑う。
「本当、お前といると飽きないな」
「ごめん……でもそれ、褒めてる?」
あきくんの声には、責めるような色合いはなかった。
「俺も、なおに任せっきりにして確認もしなかったから。
お前だけのせいじゃない」
二人で笑いあいながら、そっと手を重ねた。
流れていく景色を眺めながら、これからの旅に思いを馳せる。
初めて訪れた成田空港。
一緒に取ったまっさらのパスポートを、二人同時に提示する。
旅行会社の手助けがなかったら、きっと二人だけでは飛び立てない海外旅行。
向こうに着いたらオプショナルツアーが待っている。
致せり尽くせりな分、出費も多いが安心には代えられない。
夕焼け空に向かって飛び立った飛行機。
あっという間に雲を抜け、幻想的な空間が広がる。
そっと、隣に座るあきくんの肩に身体を凭れかけた。
――あたしは、この人に選ばれ、そして選んだ。
五年後も、十年後も。
この人とずっと、生きていく。
母に抱かれたお宮参りの写真や、お食い初めなど、今のあきくんの面影をどこか残しながらもあどけない写真に、席から可愛いという呟きが聞こえる。
小学校入学、卒業、中学校入学ときて、今度はなおへとシフトされる。
なおの赤ちゃん時代の写真が出た瞬間、会場が沸いた。
「予想通りの反応だな」と隣のあきくんが笑う。
プランナーさんが、あきくんがなおの後でいいと言った紹介順を、あきくんからの方がいいと押した理由がそこにある。
三つ子の赤ちゃん写真は、インパクトがありすぎた。
お揃いのロンパースに、スタイだけ色違い。
きょとんと並んで撮られた写真の破壊力は、すさまじい。
司会者もノリノリで紹介していた。
小学校入学、卒業、中学校入学ときて、次の写真では体育祭で肩を組みながらピースする二人の写真。
「もう出会ってんのかよ!」という趣旨のざわめきが、会場で起きた。
二人の付き合いが長いと知っている友人たちも、物証である写真を見て笑う。
中学の修学旅行で京都に行ったときの写真でも、二人は必ず一緒にいた。
卒業式も、高校の入学式も修学旅行も、イベントというイベントを二人で写真を撮っている。
大学の入学から卒業までも、ずっと一緒。
予定調和と皆が思う理由が詰まっているスライドだった。
司会者はいつから付き合っているかは言わない。
なおもあきくんも、それは伝えられなかった。
だけど、写真を見た人たちは、高校時代からお揃いのピアスを付けて笑う二人の写真で、何かを感じ取っていた。
ムービーが終わった後、あきくんが渡されたマイク片手に立ち上がる。
「新郎の、日高千秋です。
本日はご多忙のところ、僕たちのために集まっていただき、心より感謝申し上げます」
一人称僕に、ほんの少しにやりと笑う。
「ご紹介にあった通り、僕たちの出会いは中学時代です。
中学二年の春、出席番号が隣の彼女に僕から話しかけました。
バスケが好きだったのもあり、華があり目立っていたなおさんと同じクラスで隣の席でラッキーだと思っていました。
言わなくても伝わったと思いますが、中学二年の時から僕は彼女に片思いしていました。
みなさんには伝わるのに、なおさんには一切伝わりませんでした」
あきくんの言葉に、みんなが笑った。
「皆さんには順当に結婚したように見えるかもしれませんが、二人にしかわからない色々な悩みや葛藤はありました。
ですが、それを超えて俺の手を取ってくれたなおさんと、二人で幸せになることを皆さんの前で誓いたいと思います」
あきくんの言葉に、皆が拍手する。
「……あきくん、最後だけ一人称俺に戻ってたよ」
こっそりと伝えると、やべっと言う顔をする。
そんな姿も、好きだと思った。
あきくんのスピーチの後、立ち上がったのは海と冬真だった。
「新郎新婦友人で、新婦の三つ子の妹でもあるまなの夫の弟……ってややこしくてよく分からないかもしれませんが、とりあえず二人の友人の浅瀬海です。
なおちゃんとは高校一年の時同じクラスでした。
バスケが好きなのでよく一緒になおちゃんや千秋と遊んでいました。
俺がなおちゃんに話しかけるたびに、千秋の視線が怖かったです」
わっと会場が笑う。
「別に俺、なおちゃんを狙っていたわけじゃないんですよ?
俺はその頃から、兄ちゃんの彼女だったまなしか見ていませんでした」
思わずまなと陸の方を見る。
陸が引きつった笑いを浮かべ、まなは困ったような笑いを浮かべていた。
「でも、千秋はずっと本気でした。
近づく男に牽制し、なおちゃんの隣は俺のものと言わんばかりに何をするにも一緒にいた気がします」
そこで、マイクを冬真の方へと渡した。
「どうも、新郎の弟の日高冬真です」
そこで一拍。
冬真の目が、なおに向けられ、なおは無意識に息を飲んでいた。
「……俺は、なおのことが好きでした」
ざわっとする会場。
なおを見つめる目は、まっすぐだった。
「ちゃんと好きだったし、ぶっちゃけ兄相手なら勝てるのではと思ったこともありました。
……ですが、なおの表情を見たら、色々とわかってしまいました」
冬真の目線は、なおから兄へと移る。
「なおは、兄しか見ていない。
無自覚な時の視線ほど、本音を語るものはありません。
“入る隙間ないな”って思ったので、諦めました」
しん……と会場が静まりかえる。
なおは、まっすぐに冬真を見つめた。
逃げてはいけない瞬間だと感じて。
「兄はオレの気持ちに気がついていたと思います。
弟相手なのに、積極的に牽制を受けました。
だけど、そんな重たい兄と同じくらい、なおも兄を選んでいます」
冬真が、柔らかい笑顔を浮かべる。
元々よく似た兄弟ではあるけれど、改めて同じ笑い方をするんだなと思った。
「だから、安心して今日はここに立っています」
しっかりと冬真はあきくんに目を合わす。
「兄貴、泣かすなよ」
しん、とした会場の空気を取り戻すように、海がマイクを持つ。
「というわけで、兄に譲った弟コンビで言葉を贈らせて頂きました。
千秋もなおちゃんも、ちゃんとお互いに相手を選びあった同士です。
中学の頃からずっと、予定調和の様に思うかもしれませんが、その予定通りを通す難しさは皆さんなんとなくご理解頂けているのではないでしょうか。
選び続けるって簡単じゃないけれど、素敵ですよね。
そんな二人の純愛が、末永く続くように弟コンビは祈っています」
最後は温かい拍手で、スピーチは幕を閉じた。
あきくんの手が、そっとなおの手に触れた。
「……大事にする。
泣かさないとは言い切れないけど。
泣かせっぱなしにはしないから」
その言葉に、なおは笑った。
「泣くのが多いのはたぶん、あきくんの方だから大丈夫だよ」
繋がれた手が、ぎゅっと一瞬だけ強くなった。
そして、なおが一番楽しみにしていたウエディングケーキが登場した。
きれいなデコレーションに、砂糖細工の飾り。
思わず「わぁ」と声が漏れる。
二人でナイフを入れたあと、向き合う。
たっぷり掬って差し出すと、あきくんは一瞬だけ顔を引きつらせた。
「多いって」
「愛だよ?」
渋い顔のまま、それでもちゃんと食べる。
似たようなことは、何度もしてきた。
なのに、今が一番恥ずかしくて、一番楽しい。
甘いのはクリームじゃなくて、きっとこの時間そのものだ。
司会者の案内で、今度は兄弟姉妹が前へ。
三つ子が並んでケーキを食べさせ合う姿に、会場は一斉にカメラを向ける。
さきほど少しだけ空気を変えた日高兄弟も、今は肩を組んで笑っていた。
「兄貴、覚悟しろよ」
わざと山盛りの一口。
「あ、待て――」
次の瞬間、同じ量が冬真の口へ。
会場が笑いに包まれる。
その後、なおはまなとゆめと仲良く両手を繋いで、あきくんは冬真とじゃれ合いながら一旦退場をする。
お色直しに会場を抜け出た瞬間、まなとゆめが同時にお疲れと声を掛けてきた。
あきくんは冬真にどさくさに紛れて何告白してんだと恨み言を零している。
だが、二人の表情は深刻なものではなく、明るかった。
このまま放っておいたらずっとじゃれ続けそうなあきくんを引っ張って、お色直しのために待機していたスタッフの元へと向かう。
その明るくて楽しそうななおの姿に、まなとゆめは声を揃えて「良かったね!」と言う。
なおは、最高の笑顔でそれに応えた。
先ほどとは違う、緋色の和装と漆黒の紋付袴姿の二人に、会場に小さなざわめきが起きる。
なおは心の中でそれはそうだよねと思った。
初めてなおがあきくんのこの姿を見たとき、飛びつきたい衝動を抑えるのが大変だった。
それくらい、彼の姿は素敵だ。
そんな彼の隣に並べることが、なおは堪らなく嬉しい。
定番曲とともに再入場した二人を待っていたのは、サプライズコーナーだった。
スクリーンにムービーが流される。
二人が顔を見合わせると、映し出されたのは二人の教え子たちだった。
『日高先生!なお先生!ご結婚おめでとうございます!!』
子どもたちの笑顔と祝福の言葉があふれ出す。
右端に映っているのはなおと同じ体育教師の先輩で、片手にアコースティックギターを抱えていた。
子ども達の手首には、赤・青・黄色の花紙で作った花飾り。
ギターの音に合わせて、子ども達が手を揺らしながら歌い出す。
歌が一番のサビに到達するよりも早く、あきくんが下を向く。
その肩は震えていて、手の甲で乱暴に目元を擦っていた。
なおはハンカチを取り出すとその涙を拭い、肩を抱きながらよしよしと宥めた。
完全に男女逆転しているが、それを取り繕える程の余裕は彼にはなさそうだった。
あきくんが先に崩れなかったら、なおだってぼろぼろ泣いていたと思う。
その証拠に、視界はぼんやりと揺れていた。
歌が終わり、子どもたちがしゃべり始める。
『日高先生は、最高に面白くて、ドッジボールが上手です。
でも、怒ると怖いのでちょっといやです、うそ、すきです!!』
子どもの正直な言葉に、みんなが笑う。
『なお先生は、先生っぽくないです!
偉そうにしないし、すぐ調子に乗って教頭先生を困らせています』
そこでも、笑いが起きた。
名前があがった教頭先生はまいったなと笑い、なおはちょっとだけ頬を膨らませた。
『でも、困ったときは一緒に本気で悩んでくれて、答えを考えてくれる、なお先生がすきです』
なおの目から、ぽろりとひとしずく涙が落ちた。
あきくんは、なおに支えられながらずっと震え続けている。
きっと、止め時を失ったのだろう。
一度決壊すると、涙は中々止まらない。
彼が崩れるのなら自分が支えると、なおはぐっと堪えた。
『日高先生は、奥さんの話をするときが最高に面白いです。
また面白い話を聞かせてください』
ムービーから聞こえた声に、なおは少し引っかかる。
いったい何を話しているのか、後で問い詰めようと決めた。
『なお先生も、日高先生の話をするとき面白いです。
また、中学時代のお話教えてください』
『二人とも、ずっと仲良しでいてください』
子どもたちが拍手をして、ムービーが終わる。
なおは一つ深呼吸をすると、マイクを貰って話し始めた。
「……改めて、新婦の日高なおです。
今日は、こんな素敵なムービーのサプライズまでありがとうございます。
奥さんの面白い話とか、ちょっと後で夫に聞かないといけないことも増えましたが、それも含めて温かいプレゼントに胸が一杯です」
そこで一息、呼吸を入れる。
うっかりここで泣いたら台無しだ。
「夫はまだ喋れないくらい、感動でぼろ泣きです。
普段はもう少し、かっこいいんですけど……今はだめみたいです。
けれど、夫のそんなところも素敵だななんて思っています」
泣いているのと恥ずかしいのとで、顔が上げられないあきくんの頭を、そっと撫でる。
この場に彼のクラスの生徒がいたら、しばらくいじられるくらいにはなおは格好良かった。
「彼が崩れたときには、あたしが支えます。
お互い手を取りながら、助け合って生きていきます。
ありがとうございました」
温かい拍手で会場が満ちていく。
この後、三つ子からの父母への感謝の手紙が読み上げられた。
なおだけでなく、まな、ゆめからも言葉を貰った母は、いつもの朗らかさが初めて崩れて泣き出した。
その母の肩を、そっと父が抱く。
泣き出すなら父かと思っていた三つ子は、驚いて母の姿を見ていた。
父はいつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
披露宴は、笑いあり涙ありの温かい空気の中で終わりを迎えた。
夫婦で並んで、ゲストの最後の一人まで丁寧に頭を下げてお礼を伝えた。
そのうちの何人かは、この後の二次会で騒ぐ予定である。
まなもゆめも、子どもたちを両親が預かってくれて参加してくれることになっている。
明日にはハネムーンへと海外に飛び立つ予定なので、中々のハードスケジュール。
それでも、この疲労感には満足感も混ざっている。
「……結婚式、やってよかったな」
あきくんの言葉に、こくりと頷いた。
「うん。
あきくんのこと、あたしの旦那だってみんなに堂々と言えて、嬉しい」
なおの笑顔に、あきくんが「俺も」と笑った。
「……今日一日で、何回なおに惚れ直したかわかんねぇよ」
「……あたしも。
あきくん、かっこよくて最高だった」
控え室で衣装を脱ぐ、ほんの少しの間。
二人はそっと指を絡め、静かに寄り添った。
その後二次会は、まったく違うテンションで騒いだ。
弟コンビがノリノリで、三つ子を同じ服同じ髪型にして「お前の嫁どれだ」とゲームにした。
「俺が間違えるはずがない!」と意気込んだ夫たち(約一名無表情)に、三つ子は揃って笑った。
みんなが笑顔で、少し本音混じりの危険なトークも交えながら学生の頃のような時間を過ごした。
時々入る母からの子どもたちの報告に、ゆめとまながほっとした表情を浮かべるのを見て、二人は親なんだなと改めて感じた。
「明日、お二人は早いんですか?」
世間話の一環で、郁人が何気なくあきくんに尋ねる。
それを隣で聞いていたなおが、スマートフォンに旅行日程を表示して見せた。
「まぁ、朝はそこまでは早くないかな。
昼までゆっくり寝ても間に合うよ!」
「成田遠いですからね。
気を付けていってきてください」
郁人の言葉に、なおとあきくんが揃って頷く。
「いいなぁ……海外。
行ったことないのよね」
ゆめの言葉に、郁人が答える。
「そのうち仕事で行くことになる。
観光とは違うかもしれないが、少しくらいは自由が利くだろう」
郁人の言葉に、ゆめが彼の腕に抱き着きながら「その時は一緒で」と言う。
彼の表情は変わらず淡々として見えるのに、どこか甘い空気になおの頬が赤くなる。
あきくんの方をちらりと見たら、彼の頬もどこか赤かった。
「……私は、ちょっとだけ……ね?」
まながちらりと陸を見つめる。
陸は何かを思い出したのか、耳から首まで真っ赤にして頷いた。
きっと、二人で出かけた新婚旅行の何かを思い出しているのだろう。
まなに昔見せてもらった写真を思い出す。
二人きりで海外で誓い合うその写真は、なおたちとはまた違った結婚式の姿だった。
昼。
カーテンから差し込む眩しい夏の太陽が、なおの意識を浮上させた。
ぼんやりとした目で時計を探す。
昨夜は盛り上がったテンションのまま、朝はゆっくりでいいという安心感からあきくんと夜更かしをした。
明るすぎる太陽。
正午を過ぎたばかりのその時刻に少し安心しながらも、どこか落ち着かない。
何かが、引っ掛かる。
ぼんやりしたままの頭で、今日からの旅行予定を開いた。
荷造りはとっくに終えて、パスポートも忘れることがないようにしっかりとまとめた。
飛行機の時間をもう一度確認しようと画面をスクロールする。
東京から、ホノルル。
本当はヨーロッパに行きたかったけれど、飛行時間と……金額。
あまりに桁違いのお値段に、三年目教師の給与でもぎりぎり安心して行けるハワイにした。
英語に自信があるわけでもないので、初海外の身としては日本人が多い場所というだけで安心する。
東京という文字の下に記載されたアルファベットに、何となく違和感を覚える。
NRT。
羽田なら、HNDじゃないだろうかと思ったところで、昨日の郁人の言葉が蘇った。
血の気が引いていく感覚がする。
「あきくん!起きてお願い!!」
慌ててたたき起こした彼が、寝ぼけまなこで時計を見つめる。
「……まだ、十二時じゃん……おやすみ」
もう一度寝ようとする彼を必死で揺らす。
「違う、間違ったの、お願い、起きて!」
最短で支度を整えたあと、バタバタと電車へと乗り込んだ。
吐く息が、荒い。
「横浜着いたら、そこから成田エクスプレスにしよう。
それなら、乗り換えもなく余裕で間に合う」
乗り換え検索をするあきくんに、ごめんともう一度謝った。
あきくんが取ってくれた指定席に無事に座ると、大きなため息が零れ落ちた。
移動の間、ずっと心臓に嫌な汗をかき続けた。
ようやく、一息付けたところで車内を見渡す。
なお好みのシックな黒が目立つ内装に、少しテンションが戻った。
それを感じ取ったのか、隣に座るあきくんが、ははっと笑う。
「本当、お前といると飽きないな」
「ごめん……でもそれ、褒めてる?」
あきくんの声には、責めるような色合いはなかった。
「俺も、なおに任せっきりにして確認もしなかったから。
お前だけのせいじゃない」
二人で笑いあいながら、そっと手を重ねた。
流れていく景色を眺めながら、これからの旅に思いを馳せる。
初めて訪れた成田空港。
一緒に取ったまっさらのパスポートを、二人同時に提示する。
旅行会社の手助けがなかったら、きっと二人だけでは飛び立てない海外旅行。
向こうに着いたらオプショナルツアーが待っている。
致せり尽くせりな分、出費も多いが安心には代えられない。
夕焼け空に向かって飛び立った飛行機。
あっという間に雲を抜け、幻想的な空間が広がる。
そっと、隣に座るあきくんの肩に身体を凭れかけた。
――あたしは、この人に選ばれ、そして選んだ。
五年後も、十年後も。
この人とずっと、生きていく。


