擬態

恩恵

 頭が痛い。
 目を開けると、カーテンの隙間から差し込んだ光が容赦なく目に突き刺さった。

「……朝か」

 時計を見る。
 10時を過ぎていた。
 昨日は結局、もらった肉と魚を肴に酒を飲んだ。
 数年間の苦労から解放された記念日だ。少しくらい浮かれてもいいだろう。
 問題は、浮かれすぎたことだった。

「……あ」

 アキラのプログラム。
 直していない。
 昨日の映像を確認して、原因まで突き止めた。
 それなのに豪華な食事と酒ですっかり忘れて、そのまま寝てしまった。
 部屋を見回す。
 アキラはいない。

「……まあ、会社行ったんだろ」

 嫌な予感がする。
 スマホを手に取る。

「…………」

 着信履歴が埋まっていた。
 会社。
 会社。
 会社。
 部長。
 会社。
 会社。
 十数件。

「…………」

 見なかったことにしてスマホを伏せた。
 何があったのかは知らない。
 だが、もう俺には関係ない。
 今日会社に行っているのはアキラだ。
 何かやらかしたのだとしても、やったのはアキラだ。
 俺じゃない。
 それより頭が痛い。

「……寝よ」

 考えるのは起きてからでいい。
 俺は布団を被った。
 次に目を覚ましたときには15時を過ぎていた。

「腹減った……」

 昨日もらったものはまだ残っているが、今から料理をする気にはならない。

「コンビニでも行くか」

 財布を持って玄関を開ける。

「…………は?」

 扉の前に、紙袋や箱が並んでいた。
 野菜。
 菓子。
 ジュース。
 酒。
 見覚えのない店の包装紙まである。
 それぞれに小さなメモが貼られていた。

『ありがとう!』
『助かりました』
『明人君、ありがとう』

「……またかよ!」

 昨日だけじゃなかったらしい。
 俺は荷物を抱えて部屋へ運び込んだ。
 これだけあればコンビニへ行く必要もない。
 冷蔵庫に入るものを詰め込み、残りを適当にテーブルへ置いた。
 しばらくして、何となく玄関を開けた。

「…………」

 増えていた。

「なんでだよ!」

 また取り込む。
 少し経ってから見る。
 また増えている。
 取り込む。
 また増える。
 どうやらアキラは今日も、どこかで人の言うことを聞き続けているらしい。

「こんなことさせるために作ったんじゃねえんだけどな……」

 俺は荷物で埋まりつつある部屋を眺めた。
 俺の代わりに会社へ行かせるために作ったのだ。
 それが何を間違えたのか、今では近所中の便利屋になっている。
 そのいたちごっこを続けているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
 結局、アキラが帰ってきたのは夜になってからだった。

「ただいま帰りました」

「おう」

 昨日よりは早い。

「で、今日は会社行ったのか?」

「いいえ」

「やっぱりかよ」

 朝からあれだけ電話がかかってきた理由が分かった。
 たぶん家を出てから会社へ辿り着くまでの間に、誰かに何かを頼まれたのだ。
 そこから次。
 また次。
 その繰り返し。

「一応、確認するか……」

 俺はパソコンを開き、今日の映像を呼び出した。
 予想通りだった。
 家を出て間もなく、近所の老人に荷物を運んでくれと頼まれている。
 アキラはそれを運んだ。
 次に、ゴミ出しを頼まれた。
 やった。
 その途中で別の人間に声をかけられた。
 やった。
 また声をかけられた。
 やった。

「会社と逆方向行ってんじゃねえか……」

 そりゃ辿り着かない。
 映像を早送りしていく。
 昨日と同じだった。
 頼まれれば何でもやる。
 荷物を運ぶ。
 店を手伝う。
 掃除をする。
 買い物に付き合う。
 壊れた家具を動かす。
 そのたびに、

『ありがとう』
『助かったよ』

 と礼を言われる。
 中には、

『これ、少ないけど』

 と封筒を差し出す人もいた。

「……ん?」

 映像を戻す。
 もう一度見る。
 封筒。
 アキラはそれを受け取っていた。
 俺は椅子から立ち上がり、アキラのところへ向かった。

「お前、今日もらったもの全部出せ」

「了解」

 アキラがポケットから財布を取り出した。
 中を確認する。

「…………」

 増えている。

「嘘だろ? 金ももらえんのか?」

 物だけじゃない。
 現金まで持って帰ってくる。
 俺はテーブルを見る。
 今日だけで届いた大量の食べ物や日用品。
 そして手元の現金。

「…………」

 会社に行っていない。
 それは問題だ。
 会社に行かないなら、給料はもらえない。
 だが。
 仕事に行かなくても、こいつが金を持って帰ってくるなら話は別だ。
 食い物も持ってくる。
 酒も持ってくる。
 金も持ってくる。

「……悪くないな」

 俺は再び映像を確認した。
 ただ、問題もある。
 アキラは誰の言うことでも聞く。
 それがあまりにも無駄だった。

『明人、暇ならこれやっといて』

『了解』

『ついでにこっちも』

『了解』

『終わった? じゃあこれも頼むわ』

『了解』

 男は次々とアキラに仕事を押しつける。
 結局、かなりの時間を使った。
 だが最後まで、

『ありがとう』

 の一言すらなかった。
 当然、何もくれない。

「……こいつ、何なんだよ」

 別の映像。

『ちょうどいいところにいた。これ全部運んどいて』

『了解』

 運ぶ。
 終わる。

『じゃ、お疲れ』

 それだけ。

「…………」

 俺は映像を止めた。
 駄目だ。
 効率が悪すぎる。
 誰の言うことでも聞くからこうなる。
 困ってもいない奴に頼まれて、何十分も何時間も使って。
 何ももらえない。
 一方で、本当に困っている人間は違った。
 ひったくりに遭った女。
 重い荷物を運べなかった老人。
 人手が足りず困っていた店。
 そういう奴らは、助ければ感謝する。
 物をくれる。
 中には金までくれる。

「……そういうことか」

 誰かに頼まれるまで待つ必要なんてない。
 困っている奴を見つければいい。
 重いものを持っている。
 何かを探している。
 人手が足りない。
 何かに困っている。
 そういう人間をアキラ自身が見つけて、先に助けに行けばいい。
 どうせ同じ時間を使うなら、何もくれない奴にこき使われるより、感謝してくれる奴に使った方がいい。

「よし」

 俺は立ち上がった。
 アキラがこちらを見る。

「アキラ。お前を改造する」

「了解」

 誰の言うことでも聞くなんて馬鹿な機能はいらない。
 必要なのは、困っている人間を見つけること。
 そして、そいつを助けること。
 その方がよっぽど効率がいい。

「今度からは、誰かに言われてから動くんじゃない」

 俺はアキラを指差した。

「困ってる奴を見つけたら、お前から助けに行け」

「了解」

「つまりだな」

 我ながらいい改造だと思う。
 俺は笑った。

「人に親切にするんだよ。アキラ」

「了解」
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