擬態
整合性
会社を辞めた。
電話をかけるのも面倒だったので、必要な手続きだけ済ませてさっさと縁を切った。
もともと俺が会社へ行きたくないからアキラを作ったのだ。
そのアキラが会社へ行く前に人助けを始めてしまうのなら、もう会社に籍を置いておく意味もない。
給料なら、別の方法で稼げることも分かった。
改造したアキラは、期待以上の働きを見せた。
これまでのように、声をかけられるまで待つことはない。
重そうな荷物を抱えている人がいれば手伝う。
店先で大量の商品を運んでいる人がいれば手を貸す。
道端で困っている人がいれば、自分から声をかける。
誰にでも言われるがまま従っていた頃とは違う。
困っている人間を見つけて、助ける。
俺が追加したプログラムは、きちんと機能しているようだった。
そして、俺の予想通りだった。
困っている人間ほど、助けられたときによく感謝する。
食べ物。
酒。
日用品。
時には現金。
アキラは毎日のように何かを持って帰ってきた。
俺の家を訪ねる人間も増えた。
「明人さん、この前はありがとう」
「これ、よかったら食べて」
「本当に助かったよ。また何かあったらよろしくね」
俺は笑顔でそれらを受け取った。
実際に助けたのはアキラだ。
だが、あいつは俺と同じ顔をしている。
相手が俺に礼を言うのは当然だ。
俺が作ったアキラが働いているのだから、アキラの稼ぎは俺の稼ぎでもある。
何も問題はない。
そう思っていた。
ただ。
ここ数日、少し気になることがあった。
「この前はありがとうね」
「どうも」
「…………」
「何ですか?」
「あ、いや……」
女は俺の顔をじっと見たあと、怪訝そうな顔で帰っていった。
別の日には、男が俺の手を見て首を傾げた。
「明人君、手……」
「手?」
「いや。何でもない」
「?」
何なんだ。
礼を言いに来たくせに、どいつもこいつも妙な顔をして帰っていく。
そんなことが何度か続いた。
理由が分かったのは、その日の夜だった。
「ただいま帰りました」
玄関からアキラの声が聞こえた。
「おう」
いつものように出迎える。
そして。
「…………誰だよ、お前」
もちろんアキラだった。
顔も俺と同じだ。
声も俺と同じ。
だが、同じ人間には到底見えなかった。
頬には青いペンキがべったりと付いている。
両手は黒い油で汚れ、爪の間まで真っ黒だ。
ズボンの裾には泥がこびりついていた。
「……何したらこうなるんだよ」
俺はアキラの映像を確認した。
ペンキは近所の店の塗装を手伝ったときについたもの。
手の油は、自転車の整備を手伝ったとき。
泥は詰まった側溝の掃除をしたときについたらしい。
「…………」
ようやく全部つながった。
今日、俺の顔を見て妙な顔をした女。
アキラが塗装を手伝った相手だった。
手を見て首を傾げた男。
自転車の整備を手伝った相手だった。
そりゃそうだ。
数時間前まで顔をペンキまみれにしていた奴が、家を訪ねたら綺麗さっぱり元通りになっている。
油で真っ黒だった手まで綺麗になっている。
不思議に思わない方がおかしい。
「まずいな……」
今はまだ、不思議に思われているだけだ。
だが、このまま続けばいつか気づく奴が出てくるかもしれない。
同じ顔をした別人がいる。
いや。
俺と全く同じ姿をしたロボットが、俺の代わりに町を歩き回っている。
そんなことが知られれば面倒だ。
今まで俺に渡された物や金についてまで、何を言われるか分からない。
「騙したんだから返せ」
なんて言い出す奴がいてもおかしくない。
それは困る。
何より、アキラが俺ではないと知られてしまえば、これから俺のところへ礼を持ってくる奴はいなくなる。
「……見た目を合わせるしかないか」
俺はアキラを風呂場へ連れていった。
ペンキを落とす。
油を落とす。
泥を落とす。
全部綺麗になるまで、徹底的に洗った。
その日はそれで済んだ。
だが、問題は明日からだ。
アキラが外で何をするかは分からない。
またペンキがつくかもしれない。
服が破れるかもしれない。
泥だらけになるかもしれない。
アキラが帰ってくるまで待っていたのでは遅い。
その日のうちに俺とアキラの両方に会う人間がいるかもしれないのだ。
だから翌日から、俺はアキラの内蔵カメラを常に確認することにした。
アキラが何をしているのか。
どこにいるのか。
そして、どんな姿になっているのか。
それさえ分かっていればいい。
早速その日の昼。
映像の中で、アキラが壁の塗装を手伝っていた。
しばらくして、右の頬に白いペンキが飛んだ。
「……またかよ」
俺は昨日使った塗料の残りを取り出した。
鏡を見ながら、右の頬に少しだけつける。
「こんなもんか?」
鏡の中の俺と、画面の中のアキラを見比べる。
悪くない。
その数時間後。
今度はアキラが荷物を運んでいる最中に腕を擦った。
服の袖が少し破れた。
「…………」
俺はハサミを持ってきた。
自分の袖を同じくらい切った。
さらに別の日。
アキラの靴に泥がついた。
俺も靴に泥をつけた。
手が汚れれば、手を汚す。
服に染みがつけば、同じところに染みをつける。
アキラの見た目が変わるたびに、俺もそれに合わせた。
面倒ではある。
だが、実際にアキラと同じことをするよりは遥かに楽だ。
自転車を直すより、手に油を塗る方が楽だ。
側溝を掃除するより、ズボンに泥をつける方が楽だ。
何時間も人助けをするより、その結果だけを自分の体に写せばいい。
ほんの少しの手間だ。
それだけで、これまで通りアキラは働き続け、俺のところには礼が届く。
万事うまくいく。
俺は画面の中のアキラを見た。
そして鏡の中の自分を見る。
同じ顔。
同じ服。
同じ汚れ。
「よし」
これなら誰にも分からない。
アキラは、俺と全く同じ姿をしていた。
電話をかけるのも面倒だったので、必要な手続きだけ済ませてさっさと縁を切った。
もともと俺が会社へ行きたくないからアキラを作ったのだ。
そのアキラが会社へ行く前に人助けを始めてしまうのなら、もう会社に籍を置いておく意味もない。
給料なら、別の方法で稼げることも分かった。
改造したアキラは、期待以上の働きを見せた。
これまでのように、声をかけられるまで待つことはない。
重そうな荷物を抱えている人がいれば手伝う。
店先で大量の商品を運んでいる人がいれば手を貸す。
道端で困っている人がいれば、自分から声をかける。
誰にでも言われるがまま従っていた頃とは違う。
困っている人間を見つけて、助ける。
俺が追加したプログラムは、きちんと機能しているようだった。
そして、俺の予想通りだった。
困っている人間ほど、助けられたときによく感謝する。
食べ物。
酒。
日用品。
時には現金。
アキラは毎日のように何かを持って帰ってきた。
俺の家を訪ねる人間も増えた。
「明人さん、この前はありがとう」
「これ、よかったら食べて」
「本当に助かったよ。また何かあったらよろしくね」
俺は笑顔でそれらを受け取った。
実際に助けたのはアキラだ。
だが、あいつは俺と同じ顔をしている。
相手が俺に礼を言うのは当然だ。
俺が作ったアキラが働いているのだから、アキラの稼ぎは俺の稼ぎでもある。
何も問題はない。
そう思っていた。
ただ。
ここ数日、少し気になることがあった。
「この前はありがとうね」
「どうも」
「…………」
「何ですか?」
「あ、いや……」
女は俺の顔をじっと見たあと、怪訝そうな顔で帰っていった。
別の日には、男が俺の手を見て首を傾げた。
「明人君、手……」
「手?」
「いや。何でもない」
「?」
何なんだ。
礼を言いに来たくせに、どいつもこいつも妙な顔をして帰っていく。
そんなことが何度か続いた。
理由が分かったのは、その日の夜だった。
「ただいま帰りました」
玄関からアキラの声が聞こえた。
「おう」
いつものように出迎える。
そして。
「…………誰だよ、お前」
もちろんアキラだった。
顔も俺と同じだ。
声も俺と同じ。
だが、同じ人間には到底見えなかった。
頬には青いペンキがべったりと付いている。
両手は黒い油で汚れ、爪の間まで真っ黒だ。
ズボンの裾には泥がこびりついていた。
「……何したらこうなるんだよ」
俺はアキラの映像を確認した。
ペンキは近所の店の塗装を手伝ったときについたもの。
手の油は、自転車の整備を手伝ったとき。
泥は詰まった側溝の掃除をしたときについたらしい。
「…………」
ようやく全部つながった。
今日、俺の顔を見て妙な顔をした女。
アキラが塗装を手伝った相手だった。
手を見て首を傾げた男。
自転車の整備を手伝った相手だった。
そりゃそうだ。
数時間前まで顔をペンキまみれにしていた奴が、家を訪ねたら綺麗さっぱり元通りになっている。
油で真っ黒だった手まで綺麗になっている。
不思議に思わない方がおかしい。
「まずいな……」
今はまだ、不思議に思われているだけだ。
だが、このまま続けばいつか気づく奴が出てくるかもしれない。
同じ顔をした別人がいる。
いや。
俺と全く同じ姿をしたロボットが、俺の代わりに町を歩き回っている。
そんなことが知られれば面倒だ。
今まで俺に渡された物や金についてまで、何を言われるか分からない。
「騙したんだから返せ」
なんて言い出す奴がいてもおかしくない。
それは困る。
何より、アキラが俺ではないと知られてしまえば、これから俺のところへ礼を持ってくる奴はいなくなる。
「……見た目を合わせるしかないか」
俺はアキラを風呂場へ連れていった。
ペンキを落とす。
油を落とす。
泥を落とす。
全部綺麗になるまで、徹底的に洗った。
その日はそれで済んだ。
だが、問題は明日からだ。
アキラが外で何をするかは分からない。
またペンキがつくかもしれない。
服が破れるかもしれない。
泥だらけになるかもしれない。
アキラが帰ってくるまで待っていたのでは遅い。
その日のうちに俺とアキラの両方に会う人間がいるかもしれないのだ。
だから翌日から、俺はアキラの内蔵カメラを常に確認することにした。
アキラが何をしているのか。
どこにいるのか。
そして、どんな姿になっているのか。
それさえ分かっていればいい。
早速その日の昼。
映像の中で、アキラが壁の塗装を手伝っていた。
しばらくして、右の頬に白いペンキが飛んだ。
「……またかよ」
俺は昨日使った塗料の残りを取り出した。
鏡を見ながら、右の頬に少しだけつける。
「こんなもんか?」
鏡の中の俺と、画面の中のアキラを見比べる。
悪くない。
その数時間後。
今度はアキラが荷物を運んでいる最中に腕を擦った。
服の袖が少し破れた。
「…………」
俺はハサミを持ってきた。
自分の袖を同じくらい切った。
さらに別の日。
アキラの靴に泥がついた。
俺も靴に泥をつけた。
手が汚れれば、手を汚す。
服に染みがつけば、同じところに染みをつける。
アキラの見た目が変わるたびに、俺もそれに合わせた。
面倒ではある。
だが、実際にアキラと同じことをするよりは遥かに楽だ。
自転車を直すより、手に油を塗る方が楽だ。
側溝を掃除するより、ズボンに泥をつける方が楽だ。
何時間も人助けをするより、その結果だけを自分の体に写せばいい。
ほんの少しの手間だ。
それだけで、これまで通りアキラは働き続け、俺のところには礼が届く。
万事うまくいく。
俺は画面の中のアキラを見た。
そして鏡の中の自分を見る。
同じ顔。
同じ服。
同じ汚れ。
「よし」
これなら誰にも分からない。
アキラは、俺と全く同じ姿をしていた。