戦闘狂の新妻
 リリーが顔を上げると、自分とよく似た顔立ちの女性が、にこりと微笑んでこちらを見ていた。


「……ご無沙汰しております。ブルグマンシア伯爵夫人」

「やだわ、リリー。ママに対して他人行儀だこと」


 リリーの母親――ブライア・ブルグマンシア伯爵夫人は、大きく胸元の開いた紫のドレスに身を包み、優雅に裾を揺らしながら近づいてきた。紫の絹は灯りを受けるたび妖しく艶めき、まるで毒花が人の姿を取ったかのようだった。


「で、どう?」

「どうとは?」

「ドラクル辺境伯は、籠絡できたかしら」

「……わたくしの目的はすべて伯爵閣下にお伝えしております」

「あらまあ。あたくしの娘なのに、どうしてそうなのかしら。ふふ、パパにそっくりだものね。愚鈍なところが」


 リリーはすぐには答えなかった。

 ショールを握る指先に、わずかに力がこもる。

 ブライアはそんな娘を見て楽しそうに笑った。

 リリーの口がゆっくりと開かれる。


「お戯れはそこまでに、ミセス・アコナイト」


 ブライアの笑みが凍った。


「相変わらず行儀の悪い娘だこと」


 リリーは一度だけ瞬きをした。

 ゆっくりと首をかしげる。

 それから微笑んだ。


「母に似ましたの」

「リリー、そちらは?」


 不意に響いた低い声に、リリーとブライアは同時に口を閉じた。そして揃って、声の主であるオーガストへと顔を向ける。


「旦那様。こちら、母のブライア・ブルグマンシア伯爵夫人です。お母様、こちら、夫のオーガスト・ドラクル辺境伯様でございます」


 リリーがブライアを示すと、オーガストは穏やかな微笑みを浮かべた。


「お初にお目にかかります。ご挨拶が遅れて申し訳ない」

「とんでもございません。ふつつかな娘ではございますが、どうぞよしなに」


 猫なで声のように高く甘いブライアの声に、リリーはわずかに顔をしかめた。

 オーガストは仏頂面のリリーと、笑顔のブライアを見比べて微笑んだ。


「リリーはお母様によく似ていらっしゃるな」


 リリーの手から握りしめていたショールが滑り落ちる。

 ブライアも珍しく言葉を失ったようだった。

 数拍遅れて、


「は?」


 とリリーは声を漏らした。


「まあ……あまり、言われませんわね……」


 リリーとブライアがそろって目を丸くすると、オーガストはわずかに笑みを深めたが、それ以上は何も言わなかった。代わりに手にしていたグラスをリリーに差し出す。


「リリー、飲み物を」

「ありがとうございます、旦那様」

「……リリーは良くしていただいているようですね。母として、安心いたしました」


 ブライアが呟くように言うと、オーガストは苦笑した。


「大事にしたいと思っていますが、なにぶん領地が僻地なもので、苦労ばかりかけてしまい、申し訳なく思っております」


 リリーは視線を落とした。

 グラスの中の液体が小さく揺れる。

 ゆっくり顔を上げると、オーガストは穏やかに目を細め、リリーを見ていた。


「もう少し休んだら、申し訳ないがあと何件か挨拶に向かおう。それが終わったら切り上げるから、付き合ってほしい」

「承知いたしました、旦那様。……失礼いたします、お母様」


 リリーが礼を取ると、ブライアは優雅に微笑み、裾を揺らして踵を返した。たちまち数人の男性に囲まれ、その姿は人波の向こうへ消えていった。


「……わたくしと母、似ていますか」


 リリーはぽつりとつぶやいた。


「似ているとも。さあ、行こう。疲れただろう」


 オーガストがリリーに腕を向けた。

 リリーは黙ってその腕に掴まり、その後の挨拶もそつなくこなした。

 オーガストが何度か声をかけようとしているのはわかった。

 そのたびにリリーは別の貴族へ微笑みかける。

 結局、帰りの馬車に乗るまで二人はその話をしなかった。



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