戦闘狂の新妻
 数日馬車を飛ばし、一行は夜明け前のペンバートンへと戻った。薄い朝靄の中を進み街へ近づくと、街は静まり返っていた。

 人の姿はなく、海鳥の鳴き声だけが冷たい朝靄の中を横切る。

 閉ざされた城門は巨大な岩のように沈黙していた。

 オーガストは安心したように頷き、御者へ短く指示を出した。馬車は再び静かに走り出す。

 やがて馬車が辿り着いたのは、街外れに建つ古ぼけた納屋だった。冷たい潮風に長年晒されてきたのだろう。板壁は薄汚れ、建物全体がわずかに傾いている。


「ここは……?」


 移動中に夜会用のドレスからいつもの作業着へ着替えたリリーは、同じく軽装の鎧に身を包んだオーガストの後について納屋へ入る。納屋には地下があり、物置になっていた。

 地下にはワイン樽が幾重にも積み上げられ、まるで迷路のようになっていた。樽の隙間には湿った空気が溜まり、古い木材と酒の香りが鼻をくすぐる。足音だけが地下室に反響していた。


「こっちだよ」


 オーガストはワイン樽の隙間をすいすいと抜けていく。

 リリーが小走りで後を追っても、オーガストはなかなか立ち止まろうとしない。


「……下り坂になってますね」

「気づいたかい?」


 オーガストは楽しそうに答えた。


「城の方へ向かっていますね」

「はは、さすが僕の妻だ」


 ワイン樽の迷路をを三十分ほど歩いたころ、オーガストが立ち止まった。


「……リリーは息切れ一つしてないね」

「わたくしに合わせてゆっくり歩いてくださったのではないのですか?」

「まさか。行進のときと同じように歩いた。もちろん、君を振り払わないように気をつけはしたけどね」


 オーガストは嬉しそうに目を細めたが、すぐに表情を引き締めて頭上を見上げた。


「ここはちょうど厨房の真下だよ」


 オーガストは積み上げられた樽の中から、わずかに色の違うものをいくつか運ぶ。それを壁際に階段のように並べて上り、天井を何度か叩いた。

 するとすぐに天井の一部が静かにずれ、厨房長が顔を出した。


「おかえりなさいませ、旦那様、奥方」

「遅くなった。リリー、登れるかい?」


 オーガストが軽々と登り、リリーに手を差し出した。 


「このくらい、朝飯前ですわ」


 リリーがオーガストに手を引かれて厨房へ上がると、厨房長が笑顔で食卓を指した。


「朝食をご用意しておりますよ。奥方と仕込んだシーフェンネルの葉で漬け込んだ魚を、焼きたてのパンで挟んだものをお出しいたしましょう」

「僕の妻の手作りか。楽しみだ」


 オーガストはリリーの手を引いたまま、並んで食卓へ向かった。


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