戦闘狂の新妻
 しばらくして、リリーは小瓶を手に厨房へ戻った。料理人と呼び集めた兵士たちに作戦を説明し、リリーは城の見張り台へ上がった。

 海辺には海賊船が二隻停泊している。その一方で、街の入り口にはドラクル辺境伯家の紋章入りの馬車が姿を現した。

 周囲をうろついていた海賊たちは馬車へ襲いかかり、積み荷のワイン樽を奪って歓声を上げながら走り去った。

 御者に扮していた兵士が見張り台へ向かって手で丸を作る。作戦成功の合図に、リリーも丸を返した。

 兵士が隠し通路に消えるのを確認してから、リリーは城の中庭に向かった。


「よろしくてよ。よろしくてよ」


 リリーは鼻歌交じりに花壇の片隅から石を拾い上げた。いくつかバケツに集めると、そのまま地下へ向かった。

***

「松脂は集めておいてくれた?」

「はい、こちらに」


 呼んでおいた三名の兵士が振り向いた。

 リリーはにこりと微笑み、瓶に詰められた松脂を受け取った。鍋にあけると、先ほど集めてきた石――硝石と、地下に保管してあった硫黄の粉末を加え、丁寧に混ぜ合わせた。


「奥方、何を作っておいでで?」


 兵士が不安そうにリリーの手元を覗き込んだ。


「いいものです」

「それ、絶対よくないやつじゃないですか。旦那様の許可は得てますか?」

「好きに遊んでいいと言われています」


 兵士三人が顔を見合わせた。

 リリーはむっとして兵士たちを見上げた。


「わたくしにも貴族として最低限の常識があります。ノブレス・オブリージュですわ。あなたがたは、わたくしが守るべき民。実験道具になどしませんよ」

「奥方、守るべき民じゃなくても、他人を実験道具にしちゃダメなんすよ……」


 リリーはその言葉を聞かなかったことにして振り向いた。


「空の樽を十ほど持ってきて」

「イエス、マム」


 並べられた樽にできあがった火薬を詰めていく。

 均等に詰め終えて蓋を閉じると、リリーは兵士たちを見上げた。


「よし、じゃあプレゼントに行きましょうね」


 兵士たちはリリーに従い、重い樽を浜辺へと転がしていった。

 外はすっかり夜の帳に包まれ、波音だけが静かに響いていた。

 雲に隠れた月が時折顔を出し、海面に銀色の道を作っては消していく。

 停泊した海賊船が黒い影のように波間へ浮かんでいた。


「奥方、夜とはいえ、あまり不用意に船に近づくのは……」

「それにしちゃあ、なんだか静かじゃねえか?」

「……奥方?」


 リリーは返事をせず、樽を船を囲むように配置させた。

 ふと背後で砂を踏む音がして、リリーは振り返った。

 鋭い剣がリリーの顔の横をなぎ払う。

 同時に、がつんと鈍い金属音が響いた。


「……旦那様」


 オーガストは答えずにリリーの腰を抱き、体を捻る。

 リリーに見えたのは、オーガストの手から放たれた笹の槍と、その先で夜気に散る血しぶきだけだった。

 オーガストの横顔を見て、リリーは息を呑む。

 いつもの穏やかな表情ではない。

 獲物を見つけた猛獣のような目だった。


「奥方!!」


 兵士たちが駆け寄ってくる。

 海賊は一人ではなかった。

 船の陰からさらに二人が飛び出し、兵士へ向かって短剣を投げる。


「伏せろ!」


 オーガストが叫ぶ。

 笹の槍が夜を裂いた。

 一人の喉を貫き、そのままもう一人の肩を抉る。

 海賊が立ち上がろうとした瞬間。

 オーガストは地を蹴った。

 砂が爆ぜる。

 一歩で距離を潰し、剣を振り下ろす。

 ためらいも慈悲もなかった。

 海賊は悲鳴を上げながら砂浜へ転がっていった。


「リリー、怪我は」


 オーガストが平坦な声で尋ねた。

 リリーは呆然としたまま顔を上げる。


「い、いえ、ありません」

「……はー……きみは、本当に……心配をかけてくれる。護衛の一人くらい残してくれ。僕が気づかなかったら、きみは海賊の矢に射たれていたんだぞ」

「……申し訳ありません。全員始末できたものと」


 青ざめたリリーは、無意識にオーガストのマントを指先で掴んだ。

 オーガストはその手をそっと握りしめる。


「海賊が死んでいることを、その目できちんと確認したのかい?」


 リリーは唇を噛んで、首を横に振った。

 自分は賢いと思っていた。

 植物なら誰にも負けないと思っていた。

 けれど今、兵士たちを危険へさらしたのは他でもない自分だった。

 もし旦那様が来なかったら。

 もし兵士が刺されていたら。

 もし死んでいたら。

 その責任は誰が負うのだろう。


「次からは、きちんと検死までしなさい。きみに何かあっては困るし、部下たちを不用意に危険へさらしてもいけない」

「申し訳ありませんでした、旦那様」


 リリーの腰を抱いていたオーガストの腕に一瞬だけ力がこもり、やがて静かに離れた。


「ともかく、無事でよかった。それで? 僕の妻は次は何をするんだい?」

「は、はい。城壁に参ります」

「そうか。僕も一緒に行こう」


 オーガストはどこか楽しそうに燃える海賊船へ目を向けた。


「久々に胸が躍る」


 オーガストは穏やかに微笑んで、腕を軽く曲げる。

 リリーは迷わずその腕に手を添え、城へと向かった。
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