忘却華の契約婚
怖い部下に会いました
「着いたぞ」
馬車の動きが止まり、一拍置いてから九条様は告げた。
九条様は先に馬車を降りると、私が転び落ちないように手を差し出してくださった。
私は、その手に自分の手を添え、足元に気をつけながら馬車を降りた。
馬車に乗ることすら初めての経験だった私には、まだ感動の余韻が残っていた。
美しい景色。そして、向かいから吹きつける風。馬に引かれ、運ばれていく自分。そんな些細なことさえ、私には美しく感じられた。
一方、九条様はちらちらとこちらを見て、何か言いたげな様子だった。
眉間にはしわが寄っている。もしかすると、私のことをあまりよく思っていないのかもしれない。
しかし、時折さりげなく体調を気遣ってくださったり、先ほどのように手を差し伸べてくださったりする。その振る舞いは、親切そのものだった。
私は、九条様も仕事で疲れていらっしゃるのだろうと思うことにした。
(苦労人なんだなぁ……)
九条様を見つめながら、少し気の毒に思う。いつか倒れてしまわないことを願うのだった。
「おい、おい。その目は何だ? なぜ私を哀れみの目で見ている?」
「あっ、ごめんなさい。つい」
九条様は呆れたような顔をして、頭の後ろを掻いた。
「それで……私は、なぜここに?」
私が連れてこられた場所には、大きく立派な建物がそびえ立っていた。
青く澄み渡る空の下、ひときわ目を引く壮麗な建造物が、悠然とその威容を誇っている。
淡い灰白色の石材を幾重にも積み上げて築かれた建物は、幾層にも連なる壮大な造りをしていた。壁面には精緻な彫刻や装飾が施され、整然と並ぶ大窓には、陽光を受けて煌めく硝子が嵌め込まれている。窓枠を縁取る柱や繊細な浮き彫りは、建物全体に荘厳な気品を添えていた。
屋根には赤褐色の瓦が敷き詰められ、幾つもの尖塔や楼閣が空へと伸びている。なかでも中央付近にそびえる塔はひときわ高く、先端に据えられた細い尖塔が、天を貫かんばかりの鋭さを放っていた。その傍らには大きな時計盤が掲げられ、建物の重厚な佇まいに、どこか古雅な趣を添えている。
「天照大神様という御方の命令だ」
九条様がそう告げた直後、建物の中から、同じ隊服を身にまとった人々がぞろぞろと出てきた。
私は、その一糸乱れぬ動きに思わず息を呑んだ。
集団の動きが一人の男の前で止まると、その男が私たちのもとへ歩み寄ってきた。
「九条隊長、お疲れさまです!」
威勢のいい声が辺りに響き渡った。
「こいつらは私の部下だ。東雲、後は頼むぞ」
そう言い残し、九条様は踵を返して建物の中へ入っていった。
置いていかれた私は、とりあえず九条様についていこうと、集団に軽く会釈をしながら小走りで前へ進んだ。
しかし、三歩ほど進んだところで、襟元をぐいっと引っ張られる感覚を覚えた。
(うげぇ……!!)
慌てて後ろを振り返る。すると、先ほど威勢のいい声を響かせていた東雲という隊員が、私の襟を掴んでいた。
「君は容疑者なんだ。勝手に動くな」
訳の分からないことを言われ、理解が追いつかなかった。
先ほどの東雲は、九条様を憧れの眼差しで見つめていた。しかし、今はどうだろう。
私を睨みつけるその目は、氷のように冷たかった。
(ええー。何でぇー? せめて教えてよ! 理由を!)
「白々しい。なぜここに連れてこられたのか、分からないとでも言いたげな顔だな」
東雲は、わざとらしく鼻で笑いながら言った。
「そりゃあ分かりませんよ。目覚めたら病院にいて、記憶もなくなっていて、おまけに理由も分からないまま、ここに連れてこられたんです。教えてくれませんか? どうしてそんな目で私を見るんですか? それに、なぜ私はここに連れてこられたんですか?」
「戯言はよせ。記憶がないとは、都合のいい話だな。人を殺しておいて、よくそんなことが言える」
(人を殺しておいて? だめだ、全く話が噛み合いません。何を言っているのでしょうか……)
「確かに、私が殺した可能性は否定できません。でも、記憶がない以上、断言することもできません。どうか、一度きちんと話をさせてもらえないでしょうか」
「黙れ。これ以上喋るな。お前は黙って大人しく処刑されていろ。証拠はあるんだ」
東雲は、けんもほろろに私の訴えを退けた。
それなのに、今度は処刑だなんて。訳の分からないことばかり言われて、頭が追いつかない。
(処刑って、殺されるんだっけ……?)
(あっ。終わった。)
馬車の動きが止まり、一拍置いてから九条様は告げた。
九条様は先に馬車を降りると、私が転び落ちないように手を差し出してくださった。
私は、その手に自分の手を添え、足元に気をつけながら馬車を降りた。
馬車に乗ることすら初めての経験だった私には、まだ感動の余韻が残っていた。
美しい景色。そして、向かいから吹きつける風。馬に引かれ、運ばれていく自分。そんな些細なことさえ、私には美しく感じられた。
一方、九条様はちらちらとこちらを見て、何か言いたげな様子だった。
眉間にはしわが寄っている。もしかすると、私のことをあまりよく思っていないのかもしれない。
しかし、時折さりげなく体調を気遣ってくださったり、先ほどのように手を差し伸べてくださったりする。その振る舞いは、親切そのものだった。
私は、九条様も仕事で疲れていらっしゃるのだろうと思うことにした。
(苦労人なんだなぁ……)
九条様を見つめながら、少し気の毒に思う。いつか倒れてしまわないことを願うのだった。
「おい、おい。その目は何だ? なぜ私を哀れみの目で見ている?」
「あっ、ごめんなさい。つい」
九条様は呆れたような顔をして、頭の後ろを掻いた。
「それで……私は、なぜここに?」
私が連れてこられた場所には、大きく立派な建物がそびえ立っていた。
青く澄み渡る空の下、ひときわ目を引く壮麗な建造物が、悠然とその威容を誇っている。
淡い灰白色の石材を幾重にも積み上げて築かれた建物は、幾層にも連なる壮大な造りをしていた。壁面には精緻な彫刻や装飾が施され、整然と並ぶ大窓には、陽光を受けて煌めく硝子が嵌め込まれている。窓枠を縁取る柱や繊細な浮き彫りは、建物全体に荘厳な気品を添えていた。
屋根には赤褐色の瓦が敷き詰められ、幾つもの尖塔や楼閣が空へと伸びている。なかでも中央付近にそびえる塔はひときわ高く、先端に据えられた細い尖塔が、天を貫かんばかりの鋭さを放っていた。その傍らには大きな時計盤が掲げられ、建物の重厚な佇まいに、どこか古雅な趣を添えている。
「天照大神様という御方の命令だ」
九条様がそう告げた直後、建物の中から、同じ隊服を身にまとった人々がぞろぞろと出てきた。
私は、その一糸乱れぬ動きに思わず息を呑んだ。
集団の動きが一人の男の前で止まると、その男が私たちのもとへ歩み寄ってきた。
「九条隊長、お疲れさまです!」
威勢のいい声が辺りに響き渡った。
「こいつらは私の部下だ。東雲、後は頼むぞ」
そう言い残し、九条様は踵を返して建物の中へ入っていった。
置いていかれた私は、とりあえず九条様についていこうと、集団に軽く会釈をしながら小走りで前へ進んだ。
しかし、三歩ほど進んだところで、襟元をぐいっと引っ張られる感覚を覚えた。
(うげぇ……!!)
慌てて後ろを振り返る。すると、先ほど威勢のいい声を響かせていた東雲という隊員が、私の襟を掴んでいた。
「君は容疑者なんだ。勝手に動くな」
訳の分からないことを言われ、理解が追いつかなかった。
先ほどの東雲は、九条様を憧れの眼差しで見つめていた。しかし、今はどうだろう。
私を睨みつけるその目は、氷のように冷たかった。
(ええー。何でぇー? せめて教えてよ! 理由を!)
「白々しい。なぜここに連れてこられたのか、分からないとでも言いたげな顔だな」
東雲は、わざとらしく鼻で笑いながら言った。
「そりゃあ分かりませんよ。目覚めたら病院にいて、記憶もなくなっていて、おまけに理由も分からないまま、ここに連れてこられたんです。教えてくれませんか? どうしてそんな目で私を見るんですか? それに、なぜ私はここに連れてこられたんですか?」
「戯言はよせ。記憶がないとは、都合のいい話だな。人を殺しておいて、よくそんなことが言える」
(人を殺しておいて? だめだ、全く話が噛み合いません。何を言っているのでしょうか……)
「確かに、私が殺した可能性は否定できません。でも、記憶がない以上、断言することもできません。どうか、一度きちんと話をさせてもらえないでしょうか」
「黙れ。これ以上喋るな。お前は黙って大人しく処刑されていろ。証拠はあるんだ」
東雲は、けんもほろろに私の訴えを退けた。
それなのに、今度は処刑だなんて。訳の分からないことばかり言われて、頭が追いつかない。
(処刑って、殺されるんだっけ……?)
(あっ。終わった。)