たしかにお姫様に憧れたことはあるけれども、一夜の過ちから親会社の若社長に「キミ以外あり得ない」と溺愛されるなんて、ありえないですよね?

「え? あぁ、もしかして――社員証を紛失したから?」
「はい。コンプライアンス違反ということは理解しています。だから――」
「でも、拾ったのは俺だし、処分って処理が面倒だからね。俺だけで止めておく」

相手が社長だから、処分に冷や冷やしたけれど彼の言葉を聞いて、ホッと胸を撫でおろした。

「あ、ありがとうございます……!」

床と顔が平行になるほどに深く頭を下げた。

「あぁ、いいよ。でも、その代わりといってはなんだけどさ」
「え……?」

その先の言葉を聞くために頭を上げると、彼の手にはスマホが握られていた。

「連絡先。教えてよ」
「え。何でですか」
「口止め料。こういうことをしておいた方が、南田さんも気が楽でしょ?」

笑みを崩さず、スマホの画面を点ける。
けれど、私はスマホを鞄から出すのを渋った。
彼は、過ちで一夜を過ごしてしまった人。
また体の関係を求められたらどうしよう、と嫌な想像が頭をよぎった。
(私はもう二十七歳……夏樹との関係は終わってしまったけれど、結婚は……したいと思っているし……)
そう思い、なかなか出せずにいたら彼はまたにこりと笑みを浮かべた。

「交換してくれない?」
「……嫌です」

ただでさえ結婚を考えていた相手に振られたばかりなのに、ここでまた面倒な関係を増やしたくない。

「そっか。じゃあ社員証の件、どうしようかな」
「お、脅してます……!?」
「まさか。お願いしてるだけだよ」

慌てて鞄からスマホを取り出した。
こうして私は、親会社の若社長――東堂秋也(とうどうしゅうや)と、まさかの連絡先交換をする羽目になった。
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