氷の副社長は、熱に浮かされた私を帰さない
 連休の最終日。
 七日目の朝は、気持ちよく晴れ、窓の外の空が憎らしいくらい高い。

 玄関には、私の荷物が置かれていた。
 来たときの鞄と、それ以外の紙袋が四つ。

「副社長」
「なんだ」
「こんなに高価なもの、いただけません」
「使わないものを置いておく趣味はない」
「そういう問題じゃないです」

 押し問答の末、私は化粧水とパジャマだけを受け取ることで手を打つ。
 食器と果物は「次に来たときに使え」と言われた。
 次に来たとき、なんて、あるはずがないのに。

 沢口さんが玄関まで見送りに来てくれた。マスクの上の目が、また笑っていた。

「立花さん、またいらしてくださいね」
「……お世話になりました。本当に」

 今度は、眩暈はしなかった。

 彼が運転する車の助手席に座る。
 窓の外を、連休最終日の街が流れていく。

 あと二十分。あと十分。あと五分。
 少しずつ見慣れた風景が増え、残された時間がばかみたいな速さで減っていく。

 言いたいことは、たくさんあるのに。
 ありがとうございましたも、迷惑をかけましたも、あの粥はまずかったですも、ムギの話をもう一回聞かせてくださいも。

 ひとつも口から出せない。
 言ったら、余計なものまで零れてしまう気がした。

「着いたぞ」

 見慣れた、築十二年のマンション。
 エントランスの自動ドアが、いつもどおり少しだけ動きが遅い。
 七日前と何ひとつ変わっていない場所に帰ってきた。
 ドアが開けられて、荷物を降ろしてもらって、私は歩道に立った。

「本当にお休みの間、お世話になりました」

 顔を上げると、副社長は車の横に立っていた。
 何か言いたそうに、見えた気がした。

「無理をするな」
「はい」
「連休明けは、十時からだ」
「はい」
「――……」
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