氷の副社長は、熱に浮かされた私を帰さない
「……副社長。どうして……」
「渡すものがある」

 差し出された箱は、掌に載るくらいの大きさ。
 開けると、白い綿の上に一粒のパールが載っていた。

 無くしたと思っていた、私のピアス。

「……これ」
「拾った」
「どこで……」
「役員フロアのエレベーターホールだ」

 私は顔を上げた。

「いつ、ですか」

 一度だけ目を伏せ、それからまっすぐにこちらを見て言った。

「――先週の、火曜だ」

 火曜……中間報告の日で、私が倒れる三日前。
 頭の中で、この一週間が、いっきに巻き戻っていく。

 私が「なくしちゃったんです」と言ったとき。
 彼の手が止まったとき。何も言わずに、ドライヤーのスイッチを入れ直したとき。
 あのときから、この人のポケットには……?

「どうして」

 自分でもわかるほど、声が震えた。

「どうして、返してくれなかったんですか」

 廊下に、風が吹いた。
 副社長は動かないまま、はっきりと言った。

「返したら、近づく理由がなくなる」
「……え」
「二年前からだ」

 声は静かで、いつもどおりだった。
 いつもどおりなのに、逃げ場がなかった。

「役員会で、君が最後のページを読み上げた日から、俺は君を見ている」
「それって……」
「抜擢は実力だ。それは疑うな。数字も実績も、お前が出したものだ」

 息を吸う音がした。

「だが、私情がゼロだったとは言えない。それはずっと、俺の中に刺さっている」

 何も言えなかった。

「先週、廊下でお前が座り込んでいるのを見たとき、俺はもう平静じゃなかった。診察が終わったら、お前の家へ送るべきだった。それでも、自分の目の届かない場所に帰したくなかった」
「……なんで」
「一人で倒れるかもしれない場所へ、戻したくなかった」

 心臓が、痛いくらいに鳴っていた。

「あれ以外に、お前を病院へ行かせる言葉を、俺は知らなかった。頼むと言えば、お前は無理をしてでも仕事を終わらせる。心配だと言えば、お前は笑ってごまかす」

 ――全部、当たっていた。
 この人は、二年間、私をそこまで見ていた。
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