氷の副社長は、熱に浮かされた私を帰さない
 その後、洗面所でさらに追い打ちを食らった。
 鏡の前には、敏感肌用の化粧水と乳液が新品で並んでいた。刺激の少ないものを選んだのだろうけれど、そこまで用意する必要があるのかと、もう考えるのも怖い。

 タオルはふわふわで、歯ブラシは三本立っていて、ヘアオイルまである。

 私は鏡の中の自分に向かって、真顔で問いかけた。

 ――これは。

 これは、看病ではなく、介護では?
 いや、介護のほうがまだ節度がある。
 これは飼育……もしくは供養だ。
 誰かが私を手厚く祀っているのではなかろうか……?

 自分の家にいるときより、生活の質が三段階くらい上がっている。
 QOLが爆上げしたどころの話ではないことが、たった一晩で起きたのだ。

 おかしい。何かがおかしい。
 でも、おかしいと思うたびに、彼はいちいち理由を持っている。

 食器は紙の器が味気ないから。パジャマは同じものを着せられないから。
 果物は、企画書に書いてあったから。化粧水は――たぶん、訊いたら「必要だろう」と言われる。

 全部、正しい……のか?正しすぎて、逆にどこにも突っ込めない。

 私はタオルで顔を拭きながら、深く息を吐いた。

「勘違いするな、立花紬っ」

 あの人は、投資判断でこれをやっている。
 回収不能になりかけた資産を整備しているだけ。
 優秀な経営者は、修理にケチらないと聞いたことがある。

 それだけ。それだけだから……
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