氷の副社長は、熱に浮かされた私を帰さない
 昼過ぎ、薬を飲んで少し眠って、また起きた。
 喉の渇きでリビングに出ると、ソファの背もたれの向こうに、誰かの後頭部が見えた。
 濃い色の、少し癖のある髪。

 ――お客さん?

 だとしたらまずい。
 私、もこもこのピンクのパジャマだ。
 息を殺して引き返そうとしたとき、その人が振り返ったのを見て、心臓が止まった。

 そこには、紛れもない柳井副社長――なのだけれど。

 髪を下している。
 いつも完璧に後ろへ流されている前髪が、無造作に額にかかっている。
 着ているのはグレーのパーカーで、首元がゆるくて、鎖骨が見えていて。

 会社の、あの、氷みたいな副社長は、どこにもいなかった。
 五歳は……いや、七歳は若く見えるかもしれない。

「……すみません、どちらさまですか」

 口が勝手に動いた。

「俺だ」
「俺だ、じゃないです。詐欺です」
「何がだ」
「いえ、なんでも」

 彼は不審そうにこちらを見て、それからソファの隣を顎で示した。

「座れ。立っていると倒れる」

 言われるままに、少し離れた場所へ腰を下ろした。
 テレビの画面の中には動物の特集番組。
 画面の中で、子猫が段ボールの箱から出られなくてもがいている。

 彼は、それはもう、恐ろしく真剣な顔で画面を見ている。
 その横顔を、ほとんど無意識に見つめていた。

 ――知らない。

 この人のこんな顔……私はもちろん、きっと会社の誰も知らないはず。
 胸のあたりが、とん、と鳴った。
 熱は、三十七度二分まで下がっている。
 つまり、今のは……今のは、熱のせいなんかじゃない。
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