氷の副社長は、熱に浮かされた私を帰さない
 三日目になると、熱は三十七度前後をうろうろするようになった。

 頭痛は引き、関節の痛みも薄れた。
 代わりに、やたらと時間を持て余すようになった。

 ここまでの食事は、朝と昼が沢口さんの作り置きで、夜は宅配がメイン。
 宅配といっても私の知っている宅配ではない。
 予約が半年先だという和食店の、お粥のコースが重箱で届く。
「消化に良いものを」と伝えただけらしいが、店のほうも困っただろうと思う。

 その日の夕暮れ時、インターホンが鳴った。

 柳井副社長はダイニングのテーブルで電話中。
 英語だった。何を言っているのかは半分もわからないけれど、相手が黙っているのはわかる。

 私は手を上げて、口の動きだけで「出ます」と伝えて、玄関へ向かう。
 これくらいはやらせてほしい。
 三日間、私は何ひとつしていないのだから。

「はい」

 ドアを開けると、若い配達員の青年が立っていた。紙袋を差し出しながら私の顔を見て、なぜか固まる。

「あ、えっと、こちらお届け物です」
「ありがとうございます」
「……あの」

 サインを済ませて紙袋を受け取ったところで、彼が言った。

「失礼なんですけど、その、連絡先とか、聞いてもいいですか」

 一秒、意味がわからなかった。
 二秒目で理解して、三秒目に「すっぴんでパジャマの私に?」と思った。

「あ、いえ、私は」

 そのとき、背後から腕が伸びてきた。
 私の頭の上を越えて、ドアの縁に手がかかると、そのままドアが閉まる。

 乱暴ではない。むしろ恐ろしく静かに、確実に、隙間ひとつ残さず閉められ、かちゃり、と施錠の音が耳に響いた。

 紙袋を抱えたままゆっくり振り返ると、柳井副社長がすぐ後ろに立っていた。
 いつもどおりの、何も読み取れない無表情。
 なのに、玄関の空気が三度くらい下がっている……私の熱がまだ下がりきっていないからかもしれないけれど。

「……お電話は」
「終わった」
「そうですか」
「次から、受け取りは俺がする」
「私、これくらいなら」
「俺がする」

 有無を言わせない声に、紙袋を抱え直して、おそるおそる訊いた。

「あの、怒ってます?」
「怒ってない」
「顔が怖いです」
「元からだ」

 それはそうなのだけれど。
 そのまま私の手から紙袋を取り上げ、リビングへ歩いていく。いつもより少しだけ歩幅が大きい気がした。
 なんだったんだろう、今の。

 ――まさか。

 そこまで考えて、私は自分の頬を軽く叩いた。
 馬鹿じゃないの。防犯上の問題に決まっている。
 副社長の自宅に見知らぬ女がいる、というだけで、この人にとってはリスクなのだ。
 だから顔を出すなという話で。

 うん。そうだ。そうに決まっている。
 だったら最初から私を出さなければよかったのに、とは、思わないことにした。
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