ねぇ、愚かな旦那様? 本当の私を知らないようですね。
5
私が踵を返すと、後ろから必死に呼び止められる。
「アナスタシア……っ、ちがっ、待ってくれ……っ、行かないでくれ……っ、う……っ、くっ」
振り返ると、エドガー様は幹の後ろから這い出してきた。
彼の瞳から大粒の涙が溢れて地面に流れ落ち、嗚咽を漏らす。
いつも虚勢を張っていた彼が、こんなにもみっともなく泣き縋るとは。
「あいつの元に、行かないでくれ、……お……俺には、お前が必要……なんだ。……俺はたしかにあいつと違って、馬鹿ででき損ないだ。お前とも……釣り合わないだろう。だが、お前を思う気持ちは本物だ。……初めて会ったときから……ぐっ」
エドガー様は顔を歪め、ズッと鼻をすする。地面に両手を付いたまま、こちらを真っ直ぐと見つめた。
「……愛しているんだ、アナスタシア……っ」
彼から告げられる愛の言葉。
それは見栄もプライドもかなぐり捨てた彼が、初めて私に見せる本心だった。
(ずっと、私を思ってくれていたの……?)
「お願いだ……、……行かないで……くれ……」
エドガー様はその場に力なく項垂れる。
頭を伏せ泣き崩れているエドガー様に、私はゆっくりと近づいた。
ボサボサに乱れた彼のダークブラウンの髪が、風にそよいでいる。
「……エドガー様……」
私の呼びかけに、エドガー様は顔を上げる。
その碧い瞳は、まるで捨てられた子犬のように弱々しく揺れていた。
私はエドガー様の目の前にしゃがみ込んだ。
「やっと、素直になりましたのね。その言葉をずっと待っていましたわ」
「アナスタシア……」
「安心なさって。今ごろ、バルツ男爵はヴィクトル様率いる騎士団に拘束されているはずですわ。エドガー様の功績として」
私はにっこりと微笑む。
「……は?」
エドガー様は私の言葉に目を丸くした。
「エドガー様は自ら囮になって、バルツ男爵の悪事の暴いたのでしょう?」
「いや、俺はっ、男爵に騙されて、父上に勘当を……っ」
「あぁ、あれはお義父様の芝居ですわ。さすがお義父様、名演技でしたわね、ふふふっ」
「……演技……だと……」
エドガー様はうまく状況が呑み込めないといった様子で、ぽかんと口を開けた。
「エドガー様からいただいたサファイアの髪飾りですが、なにかおかしい輝きをしていましたの。その宝石を鑑定依頼したところ、真っ赤な偽物だと判明しましたわ。それでお義父様に協力を仰ぎノバーン国の鉱山の調査したら、未開拓の鉱山など存在しないというのです。ヴィクトル様には、秘密裏に男爵の動向を探っていただいてましたの。……お義父様の話では、“事は順調”、つまり男爵の身柄確保ということですわ」
私の言葉を聞いて、段々とエドガー様の顔色が変わってくる。涙も引っ込んだようだ。
「な……っ、な……お前は、いったい……何を……?」
エドガー様は口をパクパクと動かしている。
「何? 別に私は、エドガー様の妻としての役目を果たしだけですわよ? 不服でしたか?」
私はエドガー様を見下ろす。彼はゴクリと喉を鳴らした。
「いや……」
「それよりも、エドガー様。先ほどの言葉は本当ですの? 私を……愛しているというのは」
エドガー様は焦ったように、視線を彷徨わせる。
「あ……いや、その、あれは……っ」
「もう一度、聞かせてくださいませ」
「え!? えっと……」
彼は顔を赤くして伏せた。
「エドガー様っ」
私が促すと、観念したように口を開く。
「あ、あ……愛している……」
ボソッと僅かに聞こえるだけの、小さな声で言った。
「ふふっ、今回はこれで許してさしあげますわ。エドガー様、私は13年前にあなたに庇っていただいたあの時から、不器用でも、みっともなくても、私のヒーローはあなただけでしたわ」
「アナスタシア……」
エドガー様は驚いたように目を見開いた。
「それなのにあなたは、素直じゃないしへそ曲がりで、私はどれほど心を痛めていたか」
「す、すまない……、それは……」
「いえ、もういいのですわ。これからは形勢逆転といたしましょう?」
私は彼の目の前にビシッと指差した。
「いったい、何を……っ」
「これからは、勝手な行動は慎んでください。悩んだ時は、ちゃんと相談してくださいませ」
「あ、……あぁ」
「あと、他人や物に当たるのはやめてください! ティーカップをいくつ破壊したと思っておりますのよ」
「あぁ、わかった」
「あとは……」
「まだあるのか!?」
エドガー様が声を上げた。私がスッと目を細めると、彼は慌てて口をつぐむ。
「……もう、離縁して、ヴィクトル様のとこへ行けなんて言わないでくださいませ」
「……っ! ……もう、二度と言わない」
エドガー様は真剣な瞳で、真っ直ぐとこちらを見つめた。
「ふふ、なら、いいのですわ」
私は安心して胸をなで下ろす。
そして、手を伸ばし、エドガー様の顎をクイッと持ち上げる。
エドガー様が驚いたように目を見開いた。
「……なっ!?」
私は冷ややかに微笑み、エドガー様の顔を見下ろす。
「エドガー様。私に一生、愛される覚悟はおありですか?」
「……っ」
エドガー様が息を呑み、小さく頷いた。
私は彼の耳元へ唇を近づけ、そっと囁く。
「フッ……、じゃあ覚悟なさい。……愚かで、愛しい旦那様?」
「アナスタシア……っ、ちがっ、待ってくれ……っ、行かないでくれ……っ、う……っ、くっ」
振り返ると、エドガー様は幹の後ろから這い出してきた。
彼の瞳から大粒の涙が溢れて地面に流れ落ち、嗚咽を漏らす。
いつも虚勢を張っていた彼が、こんなにもみっともなく泣き縋るとは。
「あいつの元に、行かないでくれ、……お……俺には、お前が必要……なんだ。……俺はたしかにあいつと違って、馬鹿ででき損ないだ。お前とも……釣り合わないだろう。だが、お前を思う気持ちは本物だ。……初めて会ったときから……ぐっ」
エドガー様は顔を歪め、ズッと鼻をすする。地面に両手を付いたまま、こちらを真っ直ぐと見つめた。
「……愛しているんだ、アナスタシア……っ」
彼から告げられる愛の言葉。
それは見栄もプライドもかなぐり捨てた彼が、初めて私に見せる本心だった。
(ずっと、私を思ってくれていたの……?)
「お願いだ……、……行かないで……くれ……」
エドガー様はその場に力なく項垂れる。
頭を伏せ泣き崩れているエドガー様に、私はゆっくりと近づいた。
ボサボサに乱れた彼のダークブラウンの髪が、風にそよいでいる。
「……エドガー様……」
私の呼びかけに、エドガー様は顔を上げる。
その碧い瞳は、まるで捨てられた子犬のように弱々しく揺れていた。
私はエドガー様の目の前にしゃがみ込んだ。
「やっと、素直になりましたのね。その言葉をずっと待っていましたわ」
「アナスタシア……」
「安心なさって。今ごろ、バルツ男爵はヴィクトル様率いる騎士団に拘束されているはずですわ。エドガー様の功績として」
私はにっこりと微笑む。
「……は?」
エドガー様は私の言葉に目を丸くした。
「エドガー様は自ら囮になって、バルツ男爵の悪事の暴いたのでしょう?」
「いや、俺はっ、男爵に騙されて、父上に勘当を……っ」
「あぁ、あれはお義父様の芝居ですわ。さすがお義父様、名演技でしたわね、ふふふっ」
「……演技……だと……」
エドガー様はうまく状況が呑み込めないといった様子で、ぽかんと口を開けた。
「エドガー様からいただいたサファイアの髪飾りですが、なにかおかしい輝きをしていましたの。その宝石を鑑定依頼したところ、真っ赤な偽物だと判明しましたわ。それでお義父様に協力を仰ぎノバーン国の鉱山の調査したら、未開拓の鉱山など存在しないというのです。ヴィクトル様には、秘密裏に男爵の動向を探っていただいてましたの。……お義父様の話では、“事は順調”、つまり男爵の身柄確保ということですわ」
私の言葉を聞いて、段々とエドガー様の顔色が変わってくる。涙も引っ込んだようだ。
「な……っ、な……お前は、いったい……何を……?」
エドガー様は口をパクパクと動かしている。
「何? 別に私は、エドガー様の妻としての役目を果たしだけですわよ? 不服でしたか?」
私はエドガー様を見下ろす。彼はゴクリと喉を鳴らした。
「いや……」
「それよりも、エドガー様。先ほどの言葉は本当ですの? 私を……愛しているというのは」
エドガー様は焦ったように、視線を彷徨わせる。
「あ……いや、その、あれは……っ」
「もう一度、聞かせてくださいませ」
「え!? えっと……」
彼は顔を赤くして伏せた。
「エドガー様っ」
私が促すと、観念したように口を開く。
「あ、あ……愛している……」
ボソッと僅かに聞こえるだけの、小さな声で言った。
「ふふっ、今回はこれで許してさしあげますわ。エドガー様、私は13年前にあなたに庇っていただいたあの時から、不器用でも、みっともなくても、私のヒーローはあなただけでしたわ」
「アナスタシア……」
エドガー様は驚いたように目を見開いた。
「それなのにあなたは、素直じゃないしへそ曲がりで、私はどれほど心を痛めていたか」
「す、すまない……、それは……」
「いえ、もういいのですわ。これからは形勢逆転といたしましょう?」
私は彼の目の前にビシッと指差した。
「いったい、何を……っ」
「これからは、勝手な行動は慎んでください。悩んだ時は、ちゃんと相談してくださいませ」
「あ、……あぁ」
「あと、他人や物に当たるのはやめてください! ティーカップをいくつ破壊したと思っておりますのよ」
「あぁ、わかった」
「あとは……」
「まだあるのか!?」
エドガー様が声を上げた。私がスッと目を細めると、彼は慌てて口をつぐむ。
「……もう、離縁して、ヴィクトル様のとこへ行けなんて言わないでくださいませ」
「……っ! ……もう、二度と言わない」
エドガー様は真剣な瞳で、真っ直ぐとこちらを見つめた。
「ふふ、なら、いいのですわ」
私は安心して胸をなで下ろす。
そして、手を伸ばし、エドガー様の顎をクイッと持ち上げる。
エドガー様が驚いたように目を見開いた。
「……なっ!?」
私は冷ややかに微笑み、エドガー様の顔を見下ろす。
「エドガー様。私に一生、愛される覚悟はおありですか?」
「……っ」
エドガー様が息を呑み、小さく頷いた。
私は彼の耳元へ唇を近づけ、そっと囁く。
「フッ……、じゃあ覚悟なさい。……愚かで、愛しい旦那様?」


