​『破滅の先で、愛を知る』 ​〜サレ妻の復讐劇と、危険な年下男の溺愛〜

「栞……」

雅也がこちらを見た。

目が合う。

その顔を。

栞は初めて見た。

怯えていた。

「……栞」

ゆっくり近づいてくる。

「君は……知ってたのか?」

栞は答えない。

「なあ」

雅也の声が震える。

「違うんだ」

何が?

「これは……何かの間違いで」

栞は黙ったまま彼を見つめた。

「莉子とは、そういうんじゃない」

今さら。

「金だって俺は――」

「雅也さん」

静かに呼ぶ。

雅也が黙った。

栞は微笑んだ。

七年間。

この男のために練習してきた。

完璧な妻の微笑み。

「昇進、おめでとう」

「……栞?」

「それから」

一歩。

雅也へ近づく。

「プロジェクト総責任者就任も」

「お前……」

ようやく。

気づいたらしい。

雅也の顔から、血の気が引いていく。

「まさか」

栞は微笑み続ける。

「これが私からのお祝い」

「…………」

「七年間の感謝を込めて」

「栞!」

腕を掴まれそうになり。

栞は一歩下がった。

もう。

触れられたくなかった。

「どうして……」

雅也が呟く。

「どうしてこんなこと……」

その言葉に。

栞は初めて笑顔を消した。

「本当に分からない?」

「…………」

「だったら」

静かに告げる。

「最後まで、私のことなんて何も見てなかったのね」

雅也の唇が動く。

言葉は出てこなかった。

そこへ。

数人の男女が近づいてきた。

社内の監査担当者だった。

「神谷さん」

「……何ですか」

「確認していただきたい資料があります」

「今は――」

「会社資産の不正流用に関するものです」

雅也が固まった。

さらにホテルの入口付近には、事情確認のために訪れた捜査関係者の姿も見える。

「待ってくれ」

雅也の声が震えた。

「これは罠だ」

誰も答えない。

「俺は嵌められたんだ!」

栞は。

ただ見ていた。

「栞!」

最後に。

雅也が叫んだ。

「栞、助けてくれ!」

その言葉に。

胸の奥がほんの少しだけ痛んだ。

七年間愛した人だった。

幸せになりたかった人だった。

だから。

栞は最後に、一度だけ。

妻として彼を見た。

そして。

「さようなら、雅也さん」

背を向けた。
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