『破滅の先で、愛を知る』 〜サレ妻の復讐劇と、危険な年下男の溺愛〜
マンションを出ると。
道路脇に、一台の黒い車が停まっていた。
街灯の下。
車にもたれかかるようにして、一人の男が立っている。
黒いコート。
夜の闇に溶け込むような姿。
律だった。
栞を見つけると、彼の目元がわずかに緩む。
まるで。
来ると分かっていたように。
「こんばんは、栞さん」
「……こんばんは」
助手席のドアを開けられる。
一瞬だけ躊躇した。
この車に乗ったら。
何かが変わる。
そんな予感がした。
それでも。
栞は乗った。
ドアが閉まる。
外の音が遠ざかった。
狭い車内。
律の香り。
花屋で嗅いだ、土と花の匂いに似ている。
「律くん――」
言い終える前に。
手首を掴まれた。
「……っ」
強くはない。
痛くもない。
それなのに、振りほどけないと直感した。
律の親指が、栞の脈に触れている。
「こんばんは」
律が微笑む。
「今日も……綺麗に傷ついていますね」
「何、それ……」
冗談めかして笑おうとした。
できなかった。
律の目が笑っていなかったから。
「顔に出ています」
「……そんなに酷い顔してる?」
「いいえ」
律の指が手首から離れる。
ほっとしたのも束の間。
その指先が、栞の首筋へ触れた。
「むしろ、綺麗です」
「……律くん」
思わず身体が強張る。
冷たい夜のはずなのに。
触れられたところだけ、熱い。
「でも」
栞は彼を見た。
聞かなければならない。
「どうして知ってるの?」
「何をです?」
「雅也が今夜、家を空けること」
沈黙。
律は驚かなかった。
否定もしない。
「急な出張だって、さっき決まったはずなのに」
「…………」
「どうしてあなたが、このタイミングでここにいるの?」
律はしばらく栞を見つめていた。
やがて。
「そんなこと」
微笑む。
「どうでもいいでしょう」
ぞくりとした。
やっぱり。
この人は何かを知っている。
自分の知らないところで。
自分の知らない何かをしている。
「どうでもよくない」
「では」
律はコートの内側へ手を入れた。
「もっと大切なものを見せます」
取り出したのは。
一冊の黒いシステム手帳だった。
「……何?」
律は答えず、栞の膝へ置いた。
栞は恐る恐る開く。
そして。
息を呑んだ。