狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三話 虚無の呪い
朝だ。
広々とした自分の部屋で目を覚ました僕は、ベッドの中で今日の予定を思い出すと、体を起こして水で濡らしたタオルで顔を洗う。
そのまま掛けてあった服をひょいと掴んで、大きな鏡の前に。
死んだお母様と同じ短い空色の髪を整えたら、お気に入りの綺麗な青いラインの入った白い騎士服に着替える。
王族が騎士服なんておかしいかもしれないけど、動きやすいし丈夫だし、ドレスなんかより僕にはずっと合ってる。
着替えも終わって、身だしなみも整えた。
最後はこのルーナ神聖領国に伝わる僕の聖剣、リーナストーンを腰に差して準備完了。
よし……今日も頑張ろう。
「おはようございます、ディレイさん。今日からよろしくお願いします!」
「ふぁ~……おはよ、朝から元気だね……」
あの模擬戦の翌日。
朝の準備を終えた僕は、部屋の前で壁にもたれた眠そうな……というか、ほんとに寝ていたディレイさんに挨拶した。
「そっちはすごく眠そうです」
「眠いよ……俺は睡眠を愛してるんだ……」
「あははっ、なら今日は片思いですね。今日は朝からお父様にお呼び出しを受けているので、ディレイさんも一緒に来てください」
「ん……」
僕はすぐにディレイさんの前まで駆け寄って、兜の隙間から僕を『見ているはず』の彼の目を見てから頭を下げる。
「……っていうか」
「なんですか?」
部屋を出て、二人で並んで謁見の間へ。
長い通路には窓から綺麗な日の光が差し込んでいて、隣からは金属同士がこすれる鈍い音が同じリズムで聞こえてくる。
「君さ……」
「エルルーナです。エルルでもいいですよ」
「ぬぬ……なら、エルル……」
「はい、なんでしょう」
僕のことはエルルでいいですって、昨日のうちに言ったのに。
君とかお前とか、この先ずっとそんな呼ばれ方じゃ僕だって嫌だし。
「なんか、昨日と雰囲気違わない?」
「そうですか? 僕はいつでもこうですけど」
「……言っておくけど、同情ならいらないよ」
「してほしいんですか? 同情」
「ぐぬぬー……」
ふっふっふーん……。
困ってる困ってる。
別に困らせたかったわけじゃないけど、昨日はかなり好き放題言われたし、これくらいはしてもいいよね。
僕は少しからかうみたいにして、隣の騎士様に得意げに笑う。
それを見てディレイさんは、兜に覆われた頭をため息と一緒に横に振った。
そう、別に同情してるわけじゃない。
ただ、もっとこの人のことを知ってみたいって。
ほんの少し、そう思っただけなんだ――
――――――
――――
――
「な、なんで……? どうして、顔が……」
背筋が凍った。
昨日の夜。
僕が外した兜の向こうには何もなかった。
けどたしかにディレイさんの声はそこから聞こえていて、僕は思わず、彼の顔があるはずの場所に手を伸ばしていた。
「これ……」
「……呪いだよ。一年前、俺はこの『虚無の呪い』にかかってこうなったんだ」
僕が伸ばした手のひらに、少しだけ乾いた肌とさらさらの長い髪の感覚、体温のぬくもりが触れた。
すぐに手を戻すこともできたはずだけど……どうしてか、僕はそうしなかった。
「はい、そこまで。それ以上俺に触ってると、君まで消えちゃうよ」
「あ……」
けどそんな僕の手は、すぐに彼の手でそっと押し返された。
呆然とする僕の前で、からっぽに見える鎧の手が床に落ちた兜を拾いあげる。
「僕までって……そ、そうなんですか?」
「人くらいのサイズなら、すぐには消えないけどね……ほら」
ディレイさんは片方のガントレットを外すと、きっとそこにあるはずの手で、僕の部屋に飾られていた一本の花を花瓶からつまみ上げた。
「お花が、消えた……」
「大丈夫。今は見えなくなってるけど、俺が手を離せば――」
ディレイさんの言葉と同時。
さっきのお花が突然空中に現れて、そのまま花瓶の中に落ちた。
「どう? これが呪いの効果だよ。俺の体と、俺が触れたものを周りから見えなくする。そしてその力は、この呪いが解けるまで永遠に続く」
虚無の呪い。
その効果を聞いた僕は、なんて言えばいいのかわからなかった。
体が透明になって、誰からも、自分からも見えなくなる。
人によっては……特に泥棒さんにはぴったり、なんて思うかもだけど、きっと実際はそんなことない。
自分の思いどおりに透明になれるならまだしも、この人の呪いは、本人の意志にかかわらず発動し続けてしまうんだから。
「俺に触れて消えないのは、この鎧と剣だけなんだ。つまり俺はこの鎧のおかげで、なんとか『他人に認識してもらえてる』ってわけ」
「なにか……呪いを解く方法はないんですか?」
「さあね。俺だって色々調べたけど、今のところ手がかりはなし」
「そんな、そんなのって……っ」
ひどい。
この人はそれを『なんでもないこと』みたいに話しているけど……鎧がなければ誰にも気づいてもらえないなんて、絶対にそんな軽いものじゃない。
「こんな呪い……誰が、いったいなんのために? でもそういえば……お父様は貴方が魔族と戦ってたって言ってました。まさか、そのときに!?」
「たしかに俺は、この呪いにかかるまで魔族を散々フルボッコにしてた。だから魔族は、邪魔な俺に腹いせで呪いをかけた……なんて、そんな単純な話ならよかったんだけどね」
「なら、犯人は魔族じゃないんですか?」
「違う。俺にこの呪いをかけたのは――」
――――――
――――
――
『――人間だよ』
昨夜、ディレイさんは分厚い兜越しに呟いた。
話をしている間、ディレイさんはずっとなんでもない風にしていたけど。
最後のその言葉だけは、どうやっても隠せないくらいに……寂しそうだった。
「同情とか、可哀想とか……そういうのじゃないですから」
お父様のいる謁見の間に続く廊下を歩きながら、僕はもう一度だけ、確かめるようにそう言った。
「ふーん……なら、どうして?」
「……」
正直、自分でもよくわからなかった。
きっとディレイさんだって、みんなのために命がけで戦ってたはず。
なのに守るべき人たちに裏切られて、あんな酷い呪いをかけられた。
その話を聞いたとき、可哀想とも思ったし、同情だってしたと思う。
けど……僕からもっと踏み込んでみようと思ったのは、それだけじゃない気がした。
「理由は、僕にもよくわかりません。ただ――」
「――これはこれは。おはようございます、エルルーナ姫。今日も実にお美しい」
けどもうすぐ謁見の間というところで、僕たちは白い執務服を着た金髪の男の人――宰相のヴェルテウスさんに声をかけられた。
「あ……おはようございます、ヴェルテウスさん。今からお父様のところですか?」
「はい。姫様のご活躍で魔族が退いたとはいえ、平和への道はまだ半ば。私もより一層陛下とエルルーナ姫のお力になれるよう、身を粉にして働く所存です」
そう言って、ヴェルテウスさんは完璧な所作で頭を下げる。
お父様が怪我をして昔みたいに動けなくなってからは、国のほとんどのことをヴェルテウスさんが決めるようになった。
本当なら僕がそうしないといけなかったんだけど、その頃の僕は今よりずっと子供で、政治のこともわからなかったから……。
「で……貴方が姫様の護衛役となった、ディレイ・ハーレン殿ですか。職務に忠実なのは結構ですが、せめて城内では兜くらい脱いではどうです?」
「んー……まあ、考えときます」
「おやおや……どうやら、新しい護衛殿はあまり宮中の礼儀作法には詳しくないようだ。もちろん、なにか素顔を見せられない『特別な理由』でもあるのなら話は別ですが」
噛み殺したあくび混じりのディレイさんの返答に、ヴェルテウスさんは不快感を隠しもしないですぐに背を向けた。
「――ご安心ください、姫様」
「え?」
だけど僕が驚いたのはその後だった。
ヴェルテウスさんは僕の手をおもむろに握って、ディレイさんから引き離すように引っ張ったんだ。
「陛下のご配慮とはいえ……あのような正体の知れぬ者を御身の傍らに置かれるとは。姫様の心中を思うと、私も胸が痛みます……」
「は……? えっ?」
「あの無礼者の対処はこの私にお任せください。我が国の至宝たる姫様に近付く不埒者は、即刻排除してご覧に入れましょう」
「ちょ、ちょっと!? それってどういう――!」
すぐに呼び止めたけど、ヴェルテウスさんはそのまま振り返りもせずに歩いていってしまった。
だけどそんな彼の態度に、僕ははっとなって気づく。
昨日の僕のあんな姿を見ていたら、ヴェルテウスさんみたいに、ディレイさんを悪く思う人が出てきてもおかしくないんだってことに――。