狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二十四話 透明な関係
「見て見て見てー! 大陸中の呪いの本、たくさん集めてきたよー!」
ディレイさんに好きって言われて。
僕もディレイさんが好きって言った。
二人で手を繋いで、抱きしめ合って過ごしたあの日から数日。
今日も公務の合間に図書室で呪いについて調べていた僕たちのところに、小さな荷台に山ほどの本を積んだノルンが、満面の笑顔で飛び込んできた。
「もしかして、その本の山が全部そうなんですか?」
「そだよー! ディレイがお城に来る前から、ずっとわたしとブレイアスで探してたんだよねー」
「陛下も?」
荷台の後ろに回りながら、ノルンが何冊かの本を手に取ってパラパラとめくる。
けどそのときの何気ない一言に、ディレイさんの鈴の音が一度だけ響いた。
「ブレイアスって、ああ見えて口下手だからさー……わたしが勝手に言っていいのかわからないけど、わたしの前ではいつも『ディレイに申し訳ない』って言ってるんだよー」
「……」
「このたくさんの本も、わたし一人の力じゃ絶対に集められなかった本ばっかりだよ。きっとブレイアスは、自分のせいでディレイが呪われたって思ってるんじゃないかなー……」
ノルンの返事に、鈴の音がもう一度だけ小さく鳴った。
すぐ隣にいても、僕にはディレイさんの顔も表情も見ることはできない。
だけど今のディレイさんの気持ちは、傍にいる僕まで心が締め付けられるくらいによくわかる。
英雄だったお父様が負傷して、お父様の代わりに戦場に出たのがまだ子供のディレイさんだったって聞いた。
自分が怪我さえしなければ、ディレイさんは戦わなかったかもしれないし、呪われることもなかったかもしれない。
お父様は、きっとそう考えてるんだ――
「まあだからさ、みんなでこの本を調べて、サクッとディレイの呪いも解いちゃおうよー! ブレイアスにとっても、それが一番の恩返しになると思うよー」
「僕もそう思います。みんなで力を合わせれば、絶対にできますよ。ね、ディレイさん!」
「……わかってる。ここまでしてもらって、当の俺が引きこもりのままなんてのは無しだ。ノルンも……いつもありがとう、本当に感謝してる」
「え……? うんー……なんかディレイ、雰囲気変わった?」
「まあ、そうかも。エルルのおかげかな」
「あっ……――えへへ……」
「????」
ディレイさんにそんな風に言われて、一瞬で顔がふにゃふにゃになる。
う、嬉しいけど。
とっても恥ずかしい……っ。
まだノルンだから耐えられたけど、もし全然知らない人の前だったら、全力で逃げ出していたかもしれない。
あの日から今日まで、僕とディレイさんは暇さえあれば一緒にいて、いろんなことを話した。
あまりにもお喋りに夢中になって、昨日なんて気がついたら朝だったくらい。
とにかく一緒にいるのが楽しくて、ディレイさんがなにか喋るだけで嬉しくなる。
頭の中はずっとディレイさんのことで一杯で、ディレイさんが僕の護衛騎士としていつも一緒にいられることに、今ほど感謝したことはなかった。
その……もちろん、まだ僕たちのことはみんなには言ってないし、普通の恋人同士なら当たり前にするようなことも、ちゃんと弁えて我慢してる……と思う。
「むぅ……ノルンの前で変なこと言わないでください。いきなりだと、まだ恥ずかしくて……」
「ごめんごめん。でもエルルのおかげなのはそうでしょ? 俺って正直者だから、本当に全部エルルのおかげだって思ってるよ」
「あう……」
ノルンの持ってきた本を手分けして調べる間、こっそり抗議の声を上げた僕の頭に一瞬……ほんの一瞬だけ、ディレイさんの透明で大きな手のひらが優しく触れた。
「ヤバいな……今まで『この呪いにかかってよかったー!』なんて思ったことなかったんだけど、さすがにこれは便利かもしんない。いつでもエルルに触れるし」
「ディレイさんばっかりずるいですよ……僕だって、本当は……」
僕だって、本当はいつでもディレイさんに触れていたい。
一晩中話してもまだ話し足りないし、もっともっとディレイさんと一緒にしたいことも、見たいことも、やりたいことも山ほどあるんだ。
だから――
「呪い、絶対に解きましょうね」
「うん……ありがとう」
だから絶対に、一分一秒でも早くディレイさんの呪いを解くんだ。
新しくできた、とっても大切な人……ディレイさんの心にある大きな傷を、僕も一緒に癒してあげたいから。
「――呪いとは、人の持つ想いの強さを力とする。怒り、憎悪、妬み、これら負の感情を力に変え、多種多様な現象を引き起こす。やっぱり、魔法とは全然違いますね」
「怒りとか妬みとか……ほんと『呪い』って感じ。あーやだやだ」
「でも……これ、待ってください! ディレイさん、ノルンも! この本のここ……『呪いを打ち消す術』って書かれてます!」
「えっ!? マジで!?」
本の確認を開始して一時間くらい。
何気なく選んだ一冊の本、その最後に書かれていた一文に、僕は思わず大声を上げた。
「一度発動した呪いを打ち消すには、その呪いに込められた情念を上回る強い思いが必要となる。負の呪いには強い正の感情をぶつけることで、呪いの効果は減じられる……!」
「そっかー……呪いのエネルギー源が悪い感情なら、キラキラパワーで打ち消せるってことなんだねー! やったじゃんディレイ! これ、すっごい『それっぽい』よー!」
開いた本のページに、肩を寄せ合った僕たち三人の視線が釘付けになる。
たしかに、この本に書かれてる内容はすごく理に適ってる。
火の魔法を水の魔法で打ち消すみたいに、負の感情を正の感情で打ち消すってことだから。
「いや、でもこれ……」
でもせっかく呪いを解く手がかりがわかったのに、ディレイさんはまだなにか考えてるみたいだった。
「理屈はわかったけど……『正の感情』っていきなり言われても、具体的にはどうすればいいの?」
「それは、そうですよね……」
「まあねー……わたしたちの気持ちにもいろいろあるしー……――って、あれ?」
でもその時だった。
ディレイさんの疑問に頷いて腕を組むノルンの目が、僕たちを見た途端ぎょっとなって大きく見開かれたんだ。
「ちょ、ちょちょ……ちょっと、ディレイ……っ!」
「ん? どうしたの?」
「ノルン?」
こっちを見てぷるぷる震えるノルンに、僕とディレイさんは揃って同時に首を傾げた。
ノルンはそんな僕たちの前でしばらく固まったあと、その姿勢のまま図書室中に響くくらいの大きな声で叫んだんだ。
「み、見えてる! ディレイの体……『エルルにくっついてるところだけ』、ちょっと見えてるよーーーーーーっ!!」