狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二十五話 約束
「これ、本当に……」
そう言って、僕は月明かりが差し込む窓際でディレイさんの手を取る。
すると僕の手の上にぼんやりとした光がきらめいて、手の輪郭をかすかに浮かび上がらせたんだ。
「見える……見えますよディレイさんっ! やっぱり、ノルンの言ってたとおりです!」
「あ、ああ……俺にも見えてる。少しだけど、ちゃんと俺の手だってわかるよ……っ」
光の輪郭はあまりにもぼやけていて、この月明かりの中でようやく形がわかるくらい。
だから図書室でノルンが見えるって言ったときも、はっきりとはわからなかったんだ。
「これで間違いない……! あの本に書いてあったとおり、呪いはより強い感情で打ち消せるんですよっ!」
「夢じゃないのかな……? 正直、俺もまだ信じられてなくて……って、エルル!?」
「やりましたね、ディレイさんっ……!」
チリン。
鈴の音が鳴る。
考えるより先に、僕は目の前のディレイさんに抱きついていた。
今すぐにこんな呪いなんて消してやるつもりで。
僕の体が触れてない場所なんてないくらい、ディレイさんに埋もれるみたいにして、全力で抱きついたんだ。
「嬉しい……っ。ディレイさんの呪いを解く方法が見つかって、しかも僕が役に立てるなんて……! すごく嬉しいよぉ……っ」
「エルル……」
嬉しい。
嬉しい嬉しい嬉しいっ!
嬉しすぎて、ディレイさんの胸に飛び込んだときにはもう涙が出てた。
大魔王を倒したときだって、嬉しくて泣いたりなんてしなかった。
もしかしたら、僕が物心ついてから初めて流すうれし涙かもしれなかった。
「俺のために、そんなに喜んでくれるなんて……」
「当たり前じゃないですか……!」
胸に顔を埋めて泣く僕を、ディレイさんの手と腕がそっと包んでくれた。
その感触はとても温かくて、どんな毛布やベッドよりも優しかった。
「僕、ディレイさんのことが大好きなんですよ……! とっても大切で、大事で……そんな人の呪いを治せるかもってなったら、誰だってこうなります……っ」
「うん……俺もむっちゃ嬉しい。ありがと、エルル……俺も大好きだよ」
「あ、う……はい……」
びっくりした。
ディレイさんのその声が、あまりにも甘くて熱かったから。
だから涙はそのままに、恥ずかしくなった僕はディレイさんの胸にもっと顔を埋めた。
嬉しくて、泣いて、恥ずかしくて、どきどきして。
きっと今の僕の顔は、とても誰かに見せられるような顔じゃないと思ったから――
――――――
――――
――
「んー……だめです……」
「なにが?」
少しして。
なんとか落ち着きを取り戻した僕は、今もぴったりくっついているはずのディレイさんの体を見て呟いた。
「手は輪郭まで見えるのに、体は僕がこんなにくっついてるのに全然見えないんです。言われてみれば、なにかあるような……ってくらいで」
「もしかしたら透明にするときと同じで、大きさや広さでいろいろ変わるのかな?」
「むぅ……こんなにディレイさんのことが好きなのに、それでも打ち消せないなんて納得いきませんっ!」
「ぷははっ! たしかに、納得いかないよね」
言いながら、ディレイさんは僕の頭を何度も優しく撫でてくれた。
さっきまで呪いが消えないって不満だったのに、ディレイさんにそうされただけで、僕はすぐに幸せな気持ちでいっぱいになってしまった。
「俺もさ、こんなに誰かから好きって思ってもらったことなんてないよ。だからずーっと嬉しいし、ずっとありがとうって気持ちばっかりでさ」
「ぼ、僕だってそうですっ」
「わかってるって! だからせっかくだし、一つ約束しない?」
約束?
突然の言葉に、僕はきょとんとした表情でディレイさんのお顔があるはずの場所を見上げた。
「別に難しいことじゃないよ。この先、俺もエルルもお互い無理はしない……こんなのはどう?」
「無理はしない、ですか?」
首をかしげる僕に、ディレイさんはまたすっごく優しい手つきで頬を撫でてくれた。
「今だって、エルルは呪いを解けるかもってなったら、俺をぎゅーってしてくれたでしょ?」
「しました。僕がしたいので」
「言っておくけど俺もしたいからね!? でもこの先これくらいじゃ呪いを解くには足りない、治せないってなったら、エルルはもっといろいろ試してみようとするでしょ?」
「します」
「そのときに、無理しちゃだめだよってこと! 早く治したいのは俺も同じだけど……そればっかりになって、エルルがまた悩んだり思い詰めたりするの、俺は絶対に嫌だから」
さっきの甘い声とは違う。
僕を深く思ってくれてるのがわかる、まっすぐな声。
「いろいろやってみて、それで俺の呪いが無事に解けたらいいけどさ。もしエルルが思いつく限りのことを試しても俺の呪いが解けなかったら……エルルは責任感じない? 感じそうだなー? エルルって勇者メンタルだもんなー?」
「あう……それは、そうかもです……」
「だから絶対に無理しないで。俺のことなら、焦らなくていいから」
たしかに、ディレイさんの言うことはもっともだった。
僕のディレイさんへの気持ちで呪いが解けるなら、なんだってできる。
けど、もしそれでも呪いが解けなかったら。
僕は自分の気持ちを責めて、今みたいにディレイさんと自然に寄り添うこともできなくなってしまうかもしれない。
「俺のことなら大丈夫。こんなわけのわからない体にされて、ずっとつらかったけど……エルルと会えて、今はすごく幸せだよ。こんな体でも、呪いのおかげでエルルと会えたならそれでよかったなって……そんな風に思えるようになったんだ」
「ディレイさん……っ」
思わず、また視界が滲んだ気がした。
ディレイさんは、誰かからここまで想われたことはないって言ったけど。
僕だって同じ。
これまで、姫でも勇者でもない僕として接してくれたのは、お父様とお母様以外ではノルンだけだった。
でももちろん、ノルンとはこんな深い関係じゃない。
心で触れて、気持ちで触れて……こうして身を寄せ合うような関係にまでなったのは、ディレイさんだけだったから。
「それにさ、俺たちってまだ恋人同士になって一週間くらいでしょ? それでこんなに仲良しなんだから、意外と一カ月くらいすればすんなり解けてるんじゃない?」
「なら一カ月後でもだめだったら、どうするんです?」
「そのときは一年でも二年でも、十年後でも全然へーき。だって俺、もう死ぬまでエルルと一緒にいるつもりだから」
「あははっ! それ、とってもいい考えですっ」
真剣になりすぎた空気を、ディレイさんはさらりと引き戻してみせる。
僕はディレイさんの口にした考えに笑顔で同意しながら。
この大切な人を、もっと大切にしようって、そう何度も心の中で決めていた――。