狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二十六話 願いと警告
「エルルーナよ、顔を見せてくれるか……」
「……はい、お父様」
穏やかな日差しが窓から差し込む小さな部屋。
ベッドから呼ぶお父様に応えて、僕は片膝を突いてお父様に顔を寄せた。
ディレイさんが僕の護衛騎士になって、もうすぐ三カ月。
先月から悪化していたお父様の容態はさらにひどくなって、今はもう立つこともできなくなってしまっていた。
「立派になったな……少し見ぬ間に、ずいぶんと迷いが晴れたようだ」
「っ――……そう、ですね。そうかもしれません」
弱々しく僕の空色の髪をなでるお父様の言葉に、僕は少し考えてから……今も後ろに控えている、ディレイさんのことを思った。
「……言わずともよい」
そんな僕を見て、お父様は優しくそう言った。
「たとえどのような道であろうと、お前自身が決めたことに口を挟む父ではない……あとは、その心の赴くままに生きなさい」
「お父様……っ」
まるで、僕の気持ちをすべて見通しているようなお父様の言葉。
頬に添えられた枯れ枝のような手にすがりついて、僕は必死に涙をこらえる。
そんなわけない。
あの誰よりも強くて優しいお父様が、このまま死んでしまうわけがない。
ここで僕が泣いたら。
涙を流してしまったら。
本当にもう、お父様は遠いところに行ってしまう。
そう思ったから。
僕は歯を食いしばってでも、溢れそうになる涙を押しとどめて見せた。
「いるな……ディレイ」
「……ああ」
声につまる僕に手を添えながら、お父様はディレイさんを呼んだ。
チリンという鈴の音が鳴って、ディレイさんが僕のすぐ隣に来たのが感覚でわかった。
「すまない。お前には、いつも私の尻拭いをさせてばかりだな……許してくれ」
「許すもなにも、俺は親父に拾われてなければとっくに死んでたんだ。らしくないこと言ってないで、さっさと元気になってエルルを安心させてやれよ……!」
「ディレイさん……」
三カ月も一緒にいたのに、僕はディレイさんがお父様と僕しかいないところで話すのを初めて聞いた。
少し、びっくりした。
ディレイさんって、お父様とこんなふうに話すんだって……。
「ふふ……そうだな。私ともあろうものが、少々剣を握らぬ間にずいぶんと弱気になってしまったな」
「まったく。もし俺や他のやつらに悪いと思うなら、あいつらの分まで這いつくばってでも生きるんだって……アンタが俺に教えてくれたことだろ?」
まるで、本当の親と息子みたい。
ずっと前、謁見の間での様子とは全然違うその二人のやり取りに。
僕はまるで、家族が増えたみたいな……不思議な温かさを感じていた。
「お前の言うとおりだ。エルルのためにも、まだまだ簡単に死ぬわけにはいかん」
「そうそう、そうだよ。エルルにとって、親父さんがどれだけ大切なのか……そんなの、アンタが一番よくわかってるはずだ」
「うむ……だがな、ディレイ」
けどそこでお父様は言葉を区切ると、僕の手と見えないはずのディレイさんの腕をあっさりと取って、ベッドの上でそっと重ね合わせたんだ。
「……エルルを頼む」
「親父……」
「無論、死ぬつもりはない。だが、もしこの身になにかあったそのときは……エルルを頼んだぞ、ディレイ」
鈴の音も、足音もなにも聞こえない。
けど、僕にはわかった。
お父様のその言葉に、ディレイさんがたしかに頷いたのを。
僕には、わかったんだ――
――――――
――――
――
「――もう、お話はよろしいのですか?」
「ヴェルテウスさん……」
お父様との面会を終えて。
部屋の外に出た僕たちを待っていたのは、白い執務服姿のヴェルテウスさんだった。
「もしかして、お父様にお用事でしたか? お待たせしてすみませんでした」
「いえいえ、些細なご報告が何件かありましたので。それにしても――」
チリン。
僕の後ろで不意に鳴った鈴の音に、ヴェルテウスさんは鋭く目を細めた。
「いかに護衛とは言え、エルルーナ姫と陛下の会話の場にそのような者が同席するのは感心いたしませんね」
「いえ、その……大丈夫です。そもそも、お父様がディレイさんも一緒にって……」
「陛下が?」
「んー……まあ、そんな感じです」
僕の話を聞いて、ヴェルテウスさんの表情があからさまに不機嫌になる。
僕の知ってるヴェルテウスさんは、どんなときでも冷静な人だったのに……ディレイさんが絡むことになると、あまりそういう感じじゃない。
「そういえば……貴方も陛下によって命を救われた孤児でしたか。それなら、陛下がお招きになるのも不本意ながら納得できるというもの」
でも不機嫌そうだったのは一瞬だけ。
すぐに落ち着きを取り戻したヴェルテウスさんは、手に持った分厚い紙束をぺらぺらとめくって、なにかを確認したように頷いた。
「たしかにそうですけど……いつの間にそれを?」
「貴方が姫様の護衛騎士として招聘されることになったときには、すでに調査を開始していました。だからこそ、その不気味な呪いについても当初から把握していたというわけです」
「そ、そうだったんですね」
たしかに、ヴェルテウスさんは真っ先にディレイさんの呪いを指摘して、このお城から追い出そうとした。
あのときの口ぶりからして、きっとヴェルテウスさんは、僕がディレイさんを嫌がってるのを見てあんなことをしたんだと思うけど……。
「一つ、姫様とそちらの男にお教えしましょう。実はこの私も……陛下によって戦場で命を救われ、政務を学んだ孤児の一人でした」
「ヴェルテウスさんも?」
ヴェルテウスさんは大きなため息を一つついたあと、手に持った紙束を小脇に抱え直してそう口にした。
「はい……私が今日までこの国と陛下に忠を尽くしてきたのも、全てはこの身に受けた大恩に報いるため。私にとって陛下は憧れであり、いつか私も陛下のような存在になれればと……今も、そう願い続けているのです」
「お父様みたいに……そういえば、サレンさんはヴェルテウスさんに助けられたって……」
「サレンのことも、今から思えば陛下の猿まねのようなものでした……しかし猿まねと憧れで何かを成せるのであれば、それでいいのだろうと私は思っています」
さっきまでとは違う、まるで英雄に憧れる純粋な子供のような横顔。
初めて見るヴェルテウスさんのその姿に、僕はもしかしたらサレンさんと同じように、この人とももっと仲良くなれるかもしれないと思った。
「ゆえに、その男の件は陛下に免じてこれ以上追及することはやめておきましょう。寛大なる陛下のことです。きっと私もその男も、陛下は我が子のように思っておられるのでしょうから……」
「まあ、そうでしょうね」
「……僕もそう思います」
「ああ、そうそう。それと最後に、これだけは覚えておくように」
去り際、お父様のお部屋に入ろうとしたヴェルテウスさんは足を止めて、またあの鋭い眼光で僕を……いや、僕の隣にいるはずのディレイさんを見た。
「もし貴方がこの国と陛下になにかしらの害を成すことがあれば……そのときはどんな手を使ってでも必ず貴方を排除する。そのこと……ゆめゆめ忘れぬことです」