狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二十七話 両想い
「……大丈夫?」
「え? ……なにがですか?」
公務を終えて、夕食も食べ終えた夜。
いつものように、『二度のノックと一度の鈴』を鳴らしてから僕の部屋のドアを開けたディレイさんは、そう口にした。
「親父さんのこと。無理してない?」
「それは……」
「エルルのことだからさ。こんなときこそ自分が公務を頑張らないとなんて、頑張りすぎてないかなって」
足音と一緒に、ディレイさんの声が近くなる。
気配は目の前で止まって、小さな鈴の音と一緒に、僕が座るベッドのすぐ隣が重みで沈んだ。
「ごめんなさい……きっと、無理はしてるんだと思います。でも、自分でもどうしたらいいかわからなくて……」
見えない熱……ディレイさんの大きな肩が、僕の体にそっと触れた。
抱き寄せるわけでも、押しつけるわけでもない。
ただそっと寄り添うだけのあたたかさに、思わず泣き出しそうになる。
「僕だって勇者です……人が死ぬことも、命の儚さもよく理解してるつもりです。けど……あんなに辛そうなお父様に、僕はなにもしてあげられなくて……っ」
「……お医者様はなんて?」
「わからないって……体のどこかに、大きな悪い部分があるようには見えないって。強いて言うなら、血に『けがれ』が混じっているように見えるくらいだって聞いてます」
「けがれ、ね……」
僕の言葉に、ディレイさんは絞り出すような声を出した。
怪我は魔法で治せても、病気は魔法じゃ治せない。
お父様のことは国でも一番のお医者様が診てくれてるけど、そんな人でもお父様の病気についてはわからなかった。
「だけど……僕には少しわかる気がするんです。お父様はあの日から……戦場で大怪我をして僕とお母様のところに戻ってきてから、ずっと……ずっとつらそうなお顔をしてて、一度も笑ってなくて……っ」
きっと、お父様の心はずっと苦しんでいる。
僕とお母様を置いて戦場に向かったこと。
それなのに、怪我をして自分だけが戦場を離れたこと。
代わりにまだ子供だったディレイさんを戦わせて、挙げ句の果てに呪われた体にしてしまったこと……。
これ以外にも、僕が知らないお父様の苦しみは山ほどあるんだと思う。
しかもその苦しみは、僕が大魔王を倒して戦争を終わらせても消えなかった。
「僕が頑張って、お父様の苦しみを少しでも楽にしてあげられたら……そうしたら、また元気になってくれる。また昔みたいに笑ってくれるかもって……ずっとそう考えて頑張ってきたんですっ。でもこのままじゃ……僕はまた、『間に合わないまま』でっ!」
「うん……そうだな、エルルの言うとおりだ」
すがるみたいにして、見えないディレイさんの体にしがみつく。
気づいたらもう僕は泣いていて、零れる涙を拭うディレイさんの指の感覚が僕の頬に伝わった。
「だったら、俺ももう頑張るななんて言わない。エルルがしたいように、親父さんのためにできることは全部やろう。もちろん、俺も一緒にだ」
「え……でも、いいんですか?」
「それで後悔するよりずっといいっしょ! 俺たちがどんなに頑張ったって、結局なにも変わらないかもしれない……それでも、俺たちはやれるだけやったって、胸を張って言えたほうがいいに決まってる」
「……っ」
限界だった。
僕に優しく寄り添ってくれたディレイさんをそのままベッドに押し倒して、胸に顔を埋めて子供みたいに声を上げて泣いた。
だけどその僕の涙は悲しいだけでも、つらいだけでもない。
この人と会えてよかった。
この人が一緒にいてくれてよかった。
この人を好きになって、ちゃんと気持ちを伝えてよかった。
数え切れないほどのよかったと、感謝の気持ち。
ディレイさんのことを好きな気持ちが、僕にこんな泣き方をさせていたんだ。
「大丈夫……エルルがヤバくなったら俺が止める。代われることがあれば俺が代わる。だからエルルはなにも考えずに、親父さんのために全力でやっちゃってよ。その間は俺が、エルルのために全力で頑張るから」
「はい……僕、ディレイさんを好きになってよかった……っ」
「そ、そう? いやー……でもそれは俺の台詞だと思うよ。うん……」
涙をぽろぽろ零したまま、精一杯の好きを込めて笑ってみせる。
チリン、チリンって鈴の音が上の方で鳴って、またディレイさんが困って手を頭に当ててるのがわかった。
僕が触れているディレイさんの体がぼんやり輝いて、前に試したときよりもずっとはっきりと彼の体の輪郭を夜の闇の中に浮かび上がらせた。
「なら、やっぱり僕たち両想いですね」
「そりゃあ……俺もエルルのこと大好きだし。っていうか普通に愛してるし」
「えへへ……けど『普通』なんですか?」
「ごめん、むっちゃ愛してる。ぶっちゃけ好きすぎて、今もいろいろ我慢してる」
「うれしいです……実は、僕も――」
恋人同士のいろんなことは、呪いが解けてから。
別に約束したわけじゃないし、お互いそう言ったわけでもない。
お父様のこともあって、僕たちは自然とそういう感じで頑張ってた。
でも、もう無理みたい。
ディレイさんのことが大好きな僕が触れた場所は、もうはっきりとディレイさんの体が見える。
ディレイさんを苦しめてきた呪いが、僕の気持ちに怯えて逃げ出すのがわかる。
だから――
「ディレイさん……」
「ん……」
見えなくたってわかる。
というより、僕が目をつむっているし。
目を閉じた僕は、そのままディレイさんの体に顔を寄せる。
これまで何度も感じた息づかいが近付いてきて。
見えない僕には、それが目印になった――
「――ディレイ・ハーレンはいるか!?」
「っ!?」
でもその時。
あと少しで僕とディレイさんの唇が重なろうとした、その瞬間。
部屋の扉が勢い良く開かれて、数人の近衛騎士と一緒にヴェルテウスさんが遠慮無く入ってきたんだ。
「ええっ!? ヴェルテウスさん……っ!? ど、どうしたんですか!?」
「お騒がせして申し訳ございません、姫様。そして……いるな、ディレイ・ハーレン」
「はい、ここにいますけど……マジでどうしたんですか?」
現れたヴェルテウスさんは、少しだけ乱れたベッドの上に目線を向けてふんと鼻を鳴らす。
すると手に持った羊皮紙の巻物を見せ付けるように広げて、僕たちの前で大声で宣言したんだ。
「護衛騎士ディレイ・ハーレン……貴様を『国王陛下毒殺未遂』の実行犯として即刻捕縛する。無駄な抵抗はせず、大人しくしてもらおうか」