狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二十八話 消える鈴の音
「お父様の毒殺未遂……っ? ディレイさんがそんなことするわけないでしょう!?」
大勢の近衛を引き連れて雪崩れ込んできたヴェルテウスさんに、僕は叩きつけるみたいにして叫ぶ。
「証拠ならございます。三日前、国王陛下の病状を調べていた医師の一人が、ついにその原因を突き止めました」
僕の声にもヴェルテウスさんは眉一つ動かさないまま。
手に持った紙束をめくり、淡々とした様子で読み上げる。
「陛下のお体を蝕んでいたのは、病などではありませんでした。何者かが陛下が口にする食事に毒物を混ぜ、ただでさえ衰弱していた陛下の病状をさらに悪化させていたのです」
「だから、毒殺って……!? でもだからって、どうしてディレイさんを!?」
「……」
まくし立てる僕とは違って、ディレイさんはずっと横で黙ったまま。
でも言い返せないっていうよりも、ディレイさんはなにかを考えているような……そんな風に僕には感じた。
「理由は三つあります。一つ目は、なによりその男の不可視の呪い。かつての鎧も、現在の鈴も……どちらもその男が外してしまえば、もはや誰にも陛下への犯行を目撃することはできません」
「そんな……っ!」
「二つ目。実はその男は、エルルーナ姫の護衛騎士となってから今日までの間に、何度か城に出入りする御用商人に接触していたようです。特に……陛下へ献上する品を納品する者たちに」
一つ目の理由には声を上げたけど、二つ目にはそれができなかった。
だって、知らなかったから。
僕と一緒にいないとき、ディレイさんがそんなことをしてるなんて、僕は知らなかったんだ。
「最後、これが決定的な証拠です。今回の嫌疑が明らかになった際、我々はここに向かうより先にディレイ・ハーレンの私室を徹底的に調査しました。その結果……見つかったのですよ」
「見つかったって……」
ヴェルテウスさんがさっと片手を上げる。
すると控えていた近衛の一人が、蓋の付いた小さなガラス瓶を差し出した。
「毒です。まだ詳細な結果はでておりませんが、すでに陛下に用いられた物と同じ色、香りであることは確認済み……ディレイ・ハーレン、なぜ貴様はこんなものを部屋に隠し持っていた?」
「でぃ、ディレイさんの部屋に毒……っ!? そんなの、何かの間違いです! そうでしょう、ディレイさんっ!」
ヴェルテウスさんの言う、決定的な証拠。
僕はそれでも何かの間違いだって、すぐ隣にいるディレイさんに祈るような気持ちですがりついた。
「はぁ……はっきり言って、俺にはなんのことかさっぱりです。宰相様が持ってるその瓶も、俺は今初めて見ました。それ、本当に俺の部屋にあったんですか?」
聞こえてきたのはいつもの調子の、いつもの声。
ディレイさんはいつものまま。
僕が大好きなディレイさんのままだった。
そうわかっただけで、僕の心は朝の光で照らされたみたいに明るくなるのを感じた。
「……まあいいでしょう。素直に自らの罪を認める罪人など、この世にはそう存在しないものです。ここからは、我々がお前の罪を確定させるとしましょう ……連れていけ」
「ふざけるなっ! そんなことさせるわけ――!」
ディレイさんの言葉を無視して、ヴェルテウスさんは近衛にディレイさんの連行を命じた。
だから僕は、すぐに立ち上がって近衛の前に立ち塞がった。
僕がその気になれば、相手が千人の兵士だって一瞬で倒せる。
こんなひどい言いがかりで僕のディレイさんを連れていくつもりなら、力ずくでも止めてやるつもりだった。
だけど――
「だめだよ、エルル。エルルは勇者でお姫様なんだから、そんなことしちゃだめだ」
「っ……! ディレイさん……」
まるで全身の毛を逆立てた猫みたいになってみんなを威嚇する僕の肩に、ディレイさんの手がそっと触れた。
「で、でも……っ! このままじゃディレイさんが!」
「いくら宰相さんだって、調べもしないでいきなり俺を死刑にはしないっしょ。俺からすればマジで身に覚えがないことなんだし、説明すればわかってくれるって」
肩に触れた手は、そのままなだめるみたいに僕の頭を優しく撫でた。
小さな鈴の音と足音が、一緒に僕の隣を通り過ぎていく。
「ふむ……その潔さだけは認めてあげましょう」
「ついでに俺が無実だってことも認めてほしいんですけど」
「それはこれからわかることです。それでは姫様、夜分遅くに大変お騒がせいたしましたこと、どうかお許しください――」
呪いで消えないように用意された太くて長いロープが、ディレイさんの見えない体をぐるぐる巻いて、離れた位置から近衛の人が途中まで透明になったロープの先を握った。
「ディレイさん……っ!」
僕には、なにもできなかった。
遠ざかっていくディレイさんに、一番大好きな人の名前を呼ぶことしかできなかった。
チリン、チリン……チリン。
ドアが閉まる寸前。
足音とは違うリズムの軽やかな鈴の音が、僕を安心させるように響く。
僕はその音に応えることもできずに、大きな音を立てて閉まった扉を今にも胸が張り裂けそうな気持ちで見つめ続けていた――。