狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二十九話 そのままでいい
お父様への暗殺未遂でディレイさんが投獄されてから、数日たった。
公務も手に付かなくなって、食事も喉を通らない僕の耳に届くのは、ディレイさんにとって不利な話ばかり。
僕がディレイさんと会うのは禁じられていて、いくら僕が頼んでも、牢番は僕を先に通そうとしなかった。
もちろん力ずくで通ろうと思えば、簡単にできた。
けど僕がそうしてしまったら……僕のために無抵抗で捕まった、ディレイさんの気持ちを踏みにじることになるって。
そう思って、僕は……ぎりぎりのところで、必死に耐えていた。
――――――
――――
――
「――あの男が心配ですか?」
「ヴェルテウスさん……」
ディレイさんの無事を想う日々。
お城のバルコニーからぼんやりと景色を眺めていた僕に、ヴェルテウスさんがやってきてそう声をかけた。
「姫様にはお辛いことと思いますが……捕縛以降、明らかになった証拠はあの男が陛下の暗殺を企てていたことを裏付けるものばかりです」
「……」
「数カ月もの間、同じ時を過ごした姫様があの男を信じたいお気持ちはよくわかります……ですが今、このルーナ神聖領国は支柱たるブレイアス国王陛下を失おうとしています。そうなれば姫様の双肩には、この国の全てが重くのしかかることになるでしょう」
ヴェルテウスさんの言葉を、僕はどこか遠い世界のことみたいに聞いていた。
けど僕だって、いつまでもこのままじゃいけないことはわかってる。
ディレイさんが捕まったあの日の夜。
お父様はついに意識を失って、それから今日までずっと目を覚ましていない。
だからお父様は自分が毒を盛られていたことも知らないし、その犯人としてディレイさんが捕まったことも知らないんだ。
「医師の話によれば、陛下のお命はもはや風前の灯火……このままでは姫様は、二重三重の心労を抱えたまま、新たな女王としてご即位なさることになります」
「……わかってます。僕も、もうずっと前から覚悟はしていました」
せっかくディレイさんと一緒に、頑張ろうって決めたばかりだったのに。
間に合わなくても、精一杯やろうって決めたばかりだったのに。
お母様が亡くなった時は、まだお父様の代わりに僕が大魔王を倒すんだって思えた。
悲しんでいるお父様を、僕が笑顔にするんだって頑張れた。
けど今は、どうしたらいいのかわからない。
ディレイさんと一緒に、国もみんなも捨てて逃げようと思えばできるのに。
きっとディレイさんは、僕がそんなことをしても喜んだりしない。
僕だって、そんなことしたくない。
ディレイさんと同じように、この国も、この国のみんなのことも僕は大好きで。
きっとそんな僕だから、ディレイさんは好きになってくれたんだ。
はっきりとそう言われたことはないけれど、そのくらい僕にもわかっていた。
でも、なら僕はどうしたら――
「――エルルーナ姫は、『そのまま』でいいのですよ」
「え……?」
その時。
思い悩む僕に、ヴェルテウスさんが普段とは違う、柔らかい声でそう言った。
「すでに姫様はあの大魔王を倒し、この国だけでなく全人類に希望をもたらしました。すでにただそこにあるだけで、多くの人々に勇気と活力をもたらせる存在です。貴方はすでに十分に頑張りました……もうこれ以上、無理に頑張る必要などないのです」
甘い声だった。
まるで声そのものから甘い匂いが漂ってくるような。
ハチミツみたいな……そういう声だった。
「でも、僕は……」
「すでにこの国の政務は、全てこの私の手腕によって滞りなく運営されております。姫様は以前からご自身に政務の経験がなく、国政について未熟であることを負い目のように感じておられましたね?」
「……っ」
「ですがそんなもの、エルルーナ姫が自ら行う必要などないのです。政務や国政は宰相であるこの私に全てお任せを……姫様はこれまでと同様、民の心を照らす大いなる陽光として、その美しいお姿とお心を人々に示し続けるだけでいいのです」
ヴェルテウスさんの言葉は、完全に僕の心を見透かしているようだった。
僕の負い目も、焦りも、一度も話したことなんてないはずなのに。
「どうかご安心ください。私は常にエルルーナ姫の味方です。大恩ある陛下の意志を汲み、国を富ませ、民に安寧をもたらし、姫様が姫様らしく輝けるように……私はただ、姫様という太陽の影で輝く月として、この命を捧げる覚悟でございます」
『そのままでいい』という、ヴェルテウスさんの声に。
『二人でやれるだけやってみよう』という、ディレイさんの声が重なった。
そんな気がした。
「ですが一つ……そのために、姫様にご一考いただきたいことがございます」
「僕に?」
「はい。そしてこの提案は、決して冗談などで口にするわけではありません。この私の……いえ、この国の未来を決める一世一代の提案でございます」
ヴェルテウスさんの雰囲気が変わる。
いつもは冷静な表情が、どこか浮ついて赤くなっているように見えた。
「エルルーナ姫……貴方に、私の妻となっていただきたいのです」