狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十話 求婚
「エルルーナ姫……貴方に、私の妻となっていただきたいのです」
ヴェルテウスさんのその言葉は、僕の思考を一瞬だけ完全にぴたりと止めた。
なんて……?
ヴェルテウスさんは、僕になんて言ったの?
妻?
それってつまり……ヴェルテウスさんと僕が結婚するってこと!?
「な……なんで、どうしてそんなことをする必要があるんです!?」
「姫様が驚くのも無理はありません。もちろん、お返事はすぐでなくとも結構です」
突然のプロポーズだったけど……本当に突然すぎて、僕はディレイさんのときみたいな恥ずかしさよりも、疑問と困惑で声を上げていた。
「先にお話ししたとおり、私には高名な家柄も由緒正しい血統もございません。宰相として今日まで可能な限りのことをしてきましたが……それでは限界があることも、これまで様々な場面で痛感してまいりました」
「だから僕と結婚して、ヴェルテウスさんが王族になるっていうんですか!? そんなの……僕は絶対に嫌です!!」
「どうかよくお考えください。英雄にして偉大なる名君でもあったブレイアス陛下がお倒れになった今、一日でも早く国政を立て直し、不安に怯える民の心に安寧をもたらすことが施政者の使命のはず……そのためには、姫様の輝ける威光と私の才覚が一つとなることが最善なのです」
取り乱す僕に、ヴェルテウスさんはどこまでも冷静な口調で話を続けると、最後に僕の手を取って、大げさに片膝を突いて見せたんだ。
「そしてどうか、これだけは信じていただきたいのです……私がエルルーナ姫に求婚したのは、決して王になりたいがためでも、最善の実利によるものだけでもありません。私は姫様を……エルルーナ姫を心から愛しているからこそ、こうしてお話をさせていただきました」
「ヴェルテウスさん……」
「貴方は誰よりも美しく、まばゆいばかりの輝きを放っておいでだ。貴方の輝きに比べればどのような宝石も、路上の石にも満たないでしょう。なにより、勇者として自ら民のために剣を取り、戦う強さと優しさ……私はこの世で、貴方以上に完成された存在を知りません」
僕を見上げてそう囁くヴェルテウスさんの目に、嘘の色は見えなかった。
きっとこの人は、本気で僕のことをそう思っている……それは間違いないと思った。
でも――
でもそれならなおさら、僕はヴェルテウスさんの想いには応えられない。
だって、どんなに褒めてもらっても。
どんなに優しい言葉をかけてもらっても。
僕の心はヴェルテウスさんに感謝はしても、ディレイさんに感じたような我慢できない気持ちや、今にも踊り出してしまいそうな嬉しさを……少しも感じなかったから。
「……ごめんなさい。ヴェルテウスさんの気持ちは嬉しいです。でもやっぱり、僕にはそういうことは考えられません」
「構いません。先ほども言ったとおり、今すぐ答えをいただけるなどとは考えておりません。私はただ、エルルーナ姫に私の気持ちをお伝えしたかっただけですから……」
「ありがとうございます……」
どこか寂しそうに笑うヴェルテウスさんを見てられなくて、僕は席を立ってバルコニーから城内に向かった。
「どちらへ?」
「少し、気分を変えてきます……公務だって、ずっとお休みするわけにはいかないですもんね」
「ご立派でございます。私も姫様の支えとなれるよう、今後も身を粉にして尽力させていただきます」
ざわざわと毛羽立つ心を必死に抑えながら。
頭を下げるヴェルテウスさんに背を向けて、赤い絨毯の敷かれた廊下を足早に歩いていく。
「ディレイさん……っ。会いたい……会いたいよぉ……っ」
限界だと思った。
今すぐ、ディレイさんの声が聞きたかった。
あの優しい手に触れたかった。
いろんなことを全部忘れて、ディレイさんに抱きしめられて。
二人っきりで……誰にも見えなくなってしまいたかった。
もう何度もお願いして、何度も断られているけど。
もう一度牢に行って、今度こそ……ちょっと力ずくになっても、ディレイさんに会ってやるって、そう考えていた。
だけど――
『あー……エルル? 聞こえる? おーい?』
「っ!?」
その時だった。
僕の耳……いや、違う。
僕の頭の奥の方で、絶対に聞き間違えたりしない大好きな人の声が響いたんだ。
「ディレイさんっ!? 本当にディレイさんなんですか!?」
『あ……もしかして聞こえてる感じ!? よかったぁ……エルルが元気そうで本当によかったよ……』
「ああ……ディレイさん……っ」
間違いない。
突然聞こえてきた声は夢でも幻でもない。
どうしてかはわからないけど、ディレイさん本人の声が僕に届いてるんだ。
『これ、ノルンが魔法で俺の声を飛ばしてくれてるんだ。だから牢屋の看守には俺が話してる声は聞こえないし、俺の声もエルル以外には聞こえてないと思う』
「ノルンが……」
『うん……けどそんなに長くは話せないから、手短に用件だけ話すね。実はエルルにお願いしたいことがあってさ』
「もちろんですっ! 僕にできることなら、なんでも言ってくださいっ!」
ノルンの魔法で飛ばされたディレイさんの声は、久しぶりに聞いてもかっこよくて、僕のことを本気で心配してくれてるのがすぐにわかる声だった。
声を聞いただけで涙目になった僕は、すぐに廊下から誰もいない部屋に飛び込んでディレイさんの話を待った。
『んじゃ、まずは大前提……エルルには話してなかったんだけど、実は俺が陛下から頼まれたのって、エルルの護衛だけじゃなかったんだ。陛下は自分の命が誰かに狙われていることを、「知ってた」からね』
「え……?」
『俺のこの城での役目……最優先はもちろんエルルを守ること。けどもう一つは、城の内部にいるはずの裏切り者の動きを探ることだった……だけど俺は、捕まる直前にようやくそいつらの手がかりを掴んでたんだよ』