狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい

第四話 決意の任命


「――以上が、魔族軍の動向です。大規模な動きはありませんが、先日のエルルーナ姫への予告のように、追い詰められた魔族が奇策を弄する可能性には、今後も最大限警戒するべきでしょう」

 大きな白い柱が立ち並ぶ謁見の間に、ヴェルテウスさんの柔らかだけど鋭い声が響く。
 
 今、ここにいるのはお父様とノルン、宰相のヴェルテウスさん。
 僕とディレイさんに、宰相付きの秘書の人が一人。

 あとは数人の騎士と、文官のみんながいるくらいだった。

「私からはこれくらいかなー? 私の結界には、もう一カ月以上魔族の反応はないよー」

「二人ともご苦労。エルルーナに敗れたとはいえ、大魔王はいまだ健在。我らが平和を謳歌するには、まだしばらくの時が必要になろう。引き続き、皆には戦時同様の覚悟をもって務めを果たしてもらいたい」

 ノルンの話を聞き終えたお父様は、僕たち一人一人に目を向けた。

 ――僕のお父様、ブレイアス・ファルセイオンは、僕が生まれるずっと前から魔族と戦い続けてきた。

 力でも魔力でも劣る僕たちが百年近くも耐えられたのは、お父様がずっと先頭に立って戦い続けたからだ。
 けどそんなお父様も僕が物心ついた頃に大怪我をして、戦えない体になってしまって……。

「さて、エルルーナよ」

「はい、陛下」

「お前も知っていようが、私はもうそれほど長くは生きられぬ。お前の将器ならばなんの問題もなかろうが……それだけに、私はもしお前の身になにかあったらと心配で夜も眠れぬのだ」

「お父様……」

 僕が子供の頃、お父様の背中はなによりも大きく見えた。

 けど魔族との戦いで大怪我をして、お母様にも先立たれて。
 今ではすっかり痩せて、小さくなってしまった……。

「心配はいりません。お父様とお母様に愛されて、僕は誰よりも強くなりました。大魔王だって、他の誰にだって僕を傷つけることは――」

「お待ちください、姫様。実はその件について、私からもう一つ報告せねばならないことがございます」

 そう言ってお父様を安心させようとした僕に、横からヴェルテウスさんが声を上げた。

「エルルーナ姫の身を案じる陛下のご心労、お察しいたします。しかしながら、先日陛下が姫の護衛として招聘(しょうへい)した者……ディレイ・ハーレンについて、私の手の者より『看過できぬ報せ』を受け取っております」

「え……?」

「ふぁ~、ねむ……」

 ディレイさんのことで、看過できない報せって……まさか?

 突然の話に固まる僕に、ヴェルテウスさんはまるで『私は貴方の味方です』とでも言うみたいに、ちらりと僕を見て薄く笑った。

「どうか、ここにいる皆にもぜひ聞いていただきたい。そこにいる薄汚い鎧の男は、恐るべき『虚無の呪い』を受けた呪い持ちだ! 魔族との戦いで自らの力に溺れた末に呪われ、共に戦った多くの仲間をその呪いによって消し去った、厄災の騎士なのです!」

 な……っ!?

「い、いきなりなにを言うんですか!? ディレイさんは、そんな――っ!」

「おや? そんな……なんでしょうか? それともエルルーナ姫は、私よりもそこの男に詳しいとでも?」

 思わず声を上げて否定しようとした僕の声は、最後まで言い切る前に勢いを失う。

 だって、僕は知らないから。
 僕は、ディレイさんのことをまだなにも知らない。

 だからヴェルテウスさんの言葉を否定することも。
 別の理由を探すこともできなかった。

「私はその男について、すでに多数の者から報告を受けています。かつてはたしかに魔族との戦いで武功を上げていたようですが、呪われてからは戦いもせず、人目を避けて暮らしていたと……まったく困ったものです、敵を前に仲間を置いて逃げ出すとは、なんと恥知らずなことか」

 違う。

 あんな呪いを受けたまま戦えなんて、そんなの無理に決まってる。

 なんの根拠も知識もないけど……それでも、ディレイさんが逃げたくて逃げたわけじゃないことくらいわかる。

「その男の鎧の下にはなにもない、触れたもの全てを消し去る不気味な虚無が広がっているだけなのです。陛下におかれましては、即刻このような呪い持ちは姫の護衛から外し、我が国からも追放されますよう……」

「ふむ……」

「うひゃー……さすが宰相様、調べるのも動くのも早いねー……」

 ヴェルテウスさんの強い言葉に、お父様は深いため息をつく。

 けどお父様は、ディレイさんのことを僕よりも知ってるはずだ。 
 だってお父様はあの人の強さも、居場所もわかってた。
 だからお父様なら、きっとディレイさんを助けることが――

「宰相はこう言っているが……何か申し開きはあるか? ディレイ・ハーレン」

「あーっと、そうですね……」

 けどお父様は、話の矛先を向けただけでディレイさんを庇おうとはしなかった。

 お父様から促されて、ディレイさんは困ったように兜を指先で叩く。
 上を向いて、下を向いて、大きなため息をついて……最後に、みんなの前でゆっくりと兜を脱いだ。

「黙っててすみませんでした。そっちの宰相さんの言うとおり、俺はこういう呪いにかかってます」

「ひっ……!?」

「な、なんと……」

「か、顔がないぞ!?」

 ディレイさんの行動に、集まったみんなは一斉に言葉を失った。
 驚いていないのは、きっと呪いのことを知っていたお父様とノルンだけだった。

「ぶっちゃけ、宰相さんの話はほとんど合ってます。でも、俺の呪いはこの鎧があれば周りまで消したりはしません。だから――」

「――だから、なんだというのです? 貴方のような化け物と、仲良くしろとでもいうのでしょうか? ましてや……貴方のような不気味な呪い持ちに護衛される、姫様のお気持ちを考えたことはあるのですか?」

「あー……それはまあ、そうですね……」

 申し訳なさそうに言って、ディレイさんは兜を元に戻す。

「宰相さんの言うとおり、今の俺は化け物です。だから誰にも会わないように暮らしてきたし、この先もそうしようと思ってました。だけど――」

 その時、ディレイさんの兜の奥に広がる真っ暗な闇が、一瞬だけ僕を見たような気がした。 

「けどそんな俺を、王様はまだ必要だって言ってくれたんです。誰よりも大切な娘を、守って欲しいって言われたんです。だから……俺はここに来ました」

「ディレイさん……」

 静かだった。
 ディレイさんの声だけが響いて、誰も、何も口を挟む人はいなかった。

 まだこの人についてなにも知らない僕でも、ディレイさんがお父様の期待に応えようとしていることだけは、はっきりわかった。

「くだらない……たとえどんな理由でここに来たのだとしても、貴方が呪われた化け物であることに代わりはないでしょう」 

「よい、控えよヴェルテウス。 ……ならば、エルルーナよ」

「は、はい!?」
 
 お父様に突然声を掛けられて、僕は思わず甲高い声を上げた。

「この者の去就については、お前に任せようと思う。お前がディレイにここから去れというのなら、私ももうそれ以上なにも言うまい」

「僕が……」

 お父様のかすれた声に促されて、僕は思わず少し離れた場所にいるディレイさんに目を向ける。

 けどこんな大事なときなのに、ディレイさんの顔は僕のほうを向いていなくて……。

 僕にはそれが、ひどく寂しく感じた。
 
「わかりました、お父様。僕は――」

 見えもしない視線が、そこにない寂しさを握り締めて。

 僕は一度深く息をついてから、顔を上げてお父様をまっすぐに見る。

 やっぱり、僕はもう少しだけあの人を知りたい。
 もっとあの人と話して、聞いてみたいことがたくさんあるから。

「ディレイ・ハーレン……貴方を、僕の護衛騎士に任じます」
 
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